沈黙は金なり。「テディーは居るか?」
昼も半ばになった頃、捜査係の事務所に顔を出した俺は間髪入れずにそう口にした。
「係長なら出てますよ。また何かありましたか?」
俺の問いかけに返答したのは出入り口から一番近いデスクに座っていた菱尾で。昼飯時だからか、菱尾の他にデスクの前に座る職員は居なかった。「いつ頃帰ってくるかわかるか?」と更に問いを重ねれば、菱尾は首を傾げ、奥から二人分のカップを持ってきた金髪の男が「係長なら渋い顔して出て行ったから長くかかるんじゃないかなー?」と俺と菱尾の会話に参入する。
「遅かったか……」
小さく呟いた俺の言葉に両手に持つカップの一つを「ハイ、アーンちゃんの分」と菱尾のデスクに置いていた金髪の男――アルトゥーロ・セッティマは「それ、どういう意味?」と目敏く反応を返すのだ。
「この間の事件でテディーが武器使用許可出したろ、どうせ査問になるから先に口裏合わせとこうと思ったんだが、局長室の動きの方が早かったな」
こういう時だけ動きの速い局長室の面々に対し隠すことなく舌打ちをしながらそう答えれば、「あれは妥当な判断でしょう」と菱尾は冷静に答える。
「勿論妥当だろう。あの場面で許可出さなかったら俺がアイツを殴ってる」
俺の言葉に「過激だねぇ」とコーヒーを啜りながらセッティマは笑う。「俺にも紅茶貰えるか」テディーが戻ってくるまでここで時間を潰してやろうと近くにある空いたデスクの椅子を引っ張り出して座りながらセッティマへと告げれば「自分でやればいいじゃない」と返される。
「自分が淹れましょうか」
「アーンちゃんはやらなくていいよ」
席を立とうとした菱尾にセッティマは即座にそう返す。俺は椅子に下ろそうとしていた腰を上げ、奥に簡易的に設置されている給湯室に向かう。使い捨てのカップと棚の中に入っていた安物のティーバッグを突っ込み適当に湯を注ぐ。そうして彼らの元へ戻れば、心なしか顔を青くした菱尾がセッティマを殴るという摩訶不思議な状況となっていた。表情をあまり変えない菱尾がその表情を大いに崩しているのも可笑しいし、思いっきり殴られたらしいセッティマがニヤニヤと笑っているのは……まぁここはいつもの事だろうか。
「アーサーお前はそこまで馬鹿だったのか!?」
声を荒げる菱尾というのもまた珍しい。というよりも、俺が給湯室へ引っ込んでいた少しの間に一体何が起こっていたというのだろうか。そんな二人を呆然と見ていた俺に気づいたセッティマがいつものようにヘラリと「突っ立ってどうしたの」と首を傾げる。腫れている片頬を隠さずに笑うセッティマは全く格好がつかない。
「いや、痴話喧嘩でもしてたのかと思って様子をだな」
元々座ろうとしていた椅子に戻れなかった理由をそう答えれば「そんなんじゃありません」と幾らか冷静さを取り戻したらしい菱尾からピシャリと言葉を返される。
「そもそも痴話になるような痴情もないしねぇ?」
ケラケラと笑うセッティマに心の中でだけ、お前が何かしたんだろう。と突っ込みながら、俺はやっと椅子へと腰を下ろす。そうすれば「ルイじゃないか、どうしたんだ?」とランチから戻って来たらしい捜査係の職員が数名事務所へと戻ってくる。
「あぁ、テディーに用事があってな」
俺の答えに「あぁ、係長な。あの人貧乏クジ引きがちなんだからお前も無茶ぶりはやめてやれよ」と顔なじみであるその職員は笑う。「まぁ、こないだのリントヴルムは仕方ないやつだけどさ」と重ねながら。
「忘れなかったらな」
彼にそう返してやれば「胃に穴が開かない程度に覚えといてやれよ」と笑うのだ。
「セッティマもヒシオもランチまだだろ? 行って来いよ」
彼が二人にそう告げれば「そうですね、それじゃぁ行ってきます」と菱尾は席を立ち、「ルイさんもランチまだなら行きませんか?」と俺にそう問いかける。
「いや、俺はテディーを待とうかと」
「多分まだまだ掛かりますし、良いじゃないですか」
有無を言わさぬ口調で彼は俺の言葉に被せ勝手に話を進めていく。これは断り切るのも面倒な奴だろう。と俺は渋々座った椅子から腰を上げ、淹れたばかりの紅茶を飲み干し空になったカップをティーバッグごとゴミ箱へと放る。
「アーンちゃんどこでランチするのー?」
続いて椅子から腰を上げたセッティマは菱尾の肩を抱きながらそう問えば「リブラですけど何か」と返し「暑苦しい」と彼の肩を抱くセッティマの顔を手のひらで向こう側へと押しやるのだ。
「ルイさん行きましょう」
「あぁ……」
行先を答えればたぶんこのままセッティマは付いてくると思うんだよな。そんな言葉はしっかりと胸の中で飲み込んで俺はセッティマとは逆隣りで菱尾を挟むように彼の隣に並ぶ。
「ちょっと着いてこないでください暑苦しい」
「いーじゃん、行先も戻る先も同じなんだしー?」
そんなやり取りを隣で聞かされる俺の身にもなってくれ、その言葉を飲み込んで俺は二人と連れ立ちリブラへと向かうために地上へと向かうのだ。
沈黙は金なり。その言葉を実感しながらも俺は思わずにはいられない。これが痴話喧嘩でなければ何なのだ、と。
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フォロワーさんキャラ化で作った7氏と菱くんを書きたくてつい。
多方面に土下座しながら多分7菱はこんな感じかなって。
(ただし:付き合っていない)
距離が近いので傍から見たらカップルかよってなる7菱はおいしい。
(2017-07-08)