空閑汐♂デイリー800字チャレンジ:02 道場の片隅に詰まれた畳が、激しい音を立てる。その音に、汐見の手は思わず額へと伸ばされた。
「俺、お前の面だけは絶対に受けたくないんだが?」
「えぇ? 良いセン行ってると思ったんだけどなぁ」
分かりやすく途方に暮れたように額に手を当てながら、溜息混じりで告げられた汐見の言葉に空閑は心外だとでも言うように首を傾げる。そんな空閑の言葉に「ポジティブシンキング野郎かよ」と呆れ返った声色で返した汐見は空閑の隣で手にした竹刀を畳に向かって構えて見せる。
トントンと位置を確認するように幾度か剣先で畳を捉えた汐見は、その竹刀を振りかぶる。一閃。空気を切る音に次いで、竹刀が畳を叩く軽やかな音が響いた。
「こうだ。お前のは、こう」
再度振りかぶった汐見の竹刀は、鈍い音と共に畳の上へと下される。
「そうだね……」
再び両手で竹刀を握りしめた空閑がその竹刀を振り下ろせば、空気を切る音と共に鈍い破裂音が響く。
「……クソ握りでその速度が出るのは凄いんだがな、お前は相手の頭蓋でも割るつもりなのか……?」
大きなため息と共に、竹刀を握る手を空閑へ見せた汐見は言葉を重ねる。
「握るのは左手の小指薬指中指の三本だけ、他の指と右手はほぼ添えるだけ。卵持ってると思っとけ。振るっていうより、手首を使ってしならせるんだ」
「難しい事言わないでよ!」
「基礎中の基礎だ! お前がやりたいって言ったんだろ!」
唇を尖らせ文句を口にする空閑へ叱りつけるように吠えた汐見は、外野である所の先輩から「もっと優しく教えてやれよ! 同級生でルームメイトなんだろ!」と野次を飛ばされ再び大きく息を吐く。
入学式前の武道場、経験者として招集された汐見に着いてきた空閑は剣道部への入部を宣言していた。そんな空閑と共に、卒業した先輩のものだという竹刀を渡され指導を任されたのは汐見で。
「今年の新入生はお前の他にもう一人経験者居るらしいから、空閑が入れば団体フルメンバーになるんだよ」
「死人が出る前に諦めた方が良いと思いますよ」
面白がる調子で汐見へと声を投げる先輩――剣道部長の言葉に、汐見は肩を竦める。
「ていうか、空閑お前中学までは何やってたんだよ」
「中学はサッカー部だったよ」
何となしに掛けられた汐見の問いへ、笑みを浮かべながら言葉を返した空閑へ汐見は「あぁ」と気のない返事を溢し「それっぽいな」と頷く。
「そうかな」
「何かあれだろ、ボールは友達コミュ強リア充ポジティブシンキング野郎って感じだろ」
「サッカー部への凄まじい偏見を感じるね」
苦笑を浮かべて手の内にある竹刀を揺らした空閑は、少し考えるように手の元を見つめ――再びその竹刀を振りかぶる。
今度は空気を切り裂く鋭い高音に次いで、畳が打たれる軽やかな音が響いた。
「「それだ!」」
「なんか分かった気がする!」
部長と汐見がユニゾンする声と、空閑の明るい声がリンクする。
「やればできるじゃないか、その面なら受けてもいい」
「じゃぁ入部していい!? 汐見くんと同じ部活なら楽しそうだし!」
「入部は決定事項だろ! フルメンバーが掛かってんだ!」
汐見と空閑の言葉に、部長は鼻息荒く空閑の入部を歓迎するのだ。