文披31題・夏の空閑汐♂祭:Day06 その箱の中に収められてたのは、美しい銀色のボールペンだった。部屋の照明を反射して艶やかに輝く白銀色のクロームメッキに刻まれた己の名前を見つめていた空閑は、その箱を放って渡した汐見へと視線を向ける。
「ねぇ、これってさ」
「フィッシャーのアストロノート、俺も欲しかったしな」
恐る恐る問いかけた空閑の言葉に、汐見はなんて事なくその商品名を口にする。学生の身分では思い切った買い物の部類に入るだろうその高級ボールペンは、百年以上昔に月に初めて立った人類達も使っていたそれで。
地球の重力を利用してインクを出すボールペンを無重力空間でも使えるようにと開発されたスペースペンとも呼ばれるそのペンは、その名の通り宇宙空間は勿論、暑さ寒さにも強く――本来ボールペンとしてはそんな使い方はしないだろうという上向きでも水の中であっても文字を書く事ができるという。
ペーパーレス化が推進されて久しいこの時代で、紙とペンを使う機会はめっきり減ったとはいえ、全く使わない訳ではない。しかし、高級ボールペンの括りに入るような高価なそれを手にする機会など空閑には今日この日まで訪れた事はなかったのだ。
空閑が恐る恐る箱に刻まれた溝の中にその半身を埋め込まれた白銀の光沢をつまみ上げれば、その指先にはずっしりとした重みを感じる。おっかなびっくりでボールペンを手にする空閑に、その箱を放り渡した汐見は楽しそうに笑い声を上げる。
「っていうか、何だっていきなりこんな」
戸惑いが混ざり込んだ空閑の問いに、汐見は笑い声を孕んだ声で「誕生日だろ、今日」と口にする。そんな汐見の言葉に、空閑は驚いたように深い海色をした瞳を丸くした。
「え、アマネ俺の誕生日覚えてくれたの!?」
「お前が事前に言わないから覚えないといけなくなっただろ、まぁ篠原に訊いたんだけど」
「アマネ自分の誕生日すらめちゃくちゃ曖昧だったじゃん!」
驚きの声を上げる空閑に、煩わしそうに眉を寄せる汐見に信じられないものを見るように空閑は言葉を重ねて。
「自分の誕生日はそんな興味ないけどな、お前がこの世に生まれてくれた事は祝っときたいだろ」
「今日のアマネ、一段と格好良すぎない?」
口元に弧を描き得意げに笑う汐見に、空閑はボールペンを胸元で抱きしめながら反則だ、と呟く。
「時計と迷ったんだけどさ、時計は流石に予算が追いつかなかった」
「アマネが選ぶものって、大体高いもんね」
「値段が高くても、良いものなら長く使えるだろ。そのボールペンだって百年持つらしいし、一生モンだ」
上機嫌な汐見の言葉に、再び空閑は手元のボールペンに視線を落とす。白銀の光沢を放つ無骨ながらもシンプルでクラシカルな造りをしたずっしりと重いボールペンは、汐見好みのデザインだ。そして空閑もまた、シンプルなものを好んでいる――つまり、空閑好みのデザインでもあるという事で。
普段使うような安いプラスチック製のボールペンとは全く異なる重みは、その重みの分だけ気が引き締まるように思えた。
「ありがとうアマネ、大事にするね」
「しまい込まずに使ってくれよ、ボールペンは使ってなんぼなんだからな」
嬉しさに頬を緩めながら口にした空閑の言葉に、少しだけ照れ臭そうに頬を染めた汐見は憎まれ口を叩くように言葉を返して机上に置いてあったペンで遊ぶようにくるりと回す。
彼の指の上でくるくると回る白銀は、空閑に贈られたそれと同じものだった。