文披31題・夏の空閑汐♂祭:Day22 大学部に併設された図書館にひっそりと存在する閲覧室。自習室とは違い1人掛けのソファと申し訳程度のようなテーブルが並べられたその部屋は、いつ来ても人影も疎で穴場のような場所だった。
汐見以外の誰も居ないその部屋を独り占めしながら、手元にあるタブレットをするりと撫でる。そこに表示されているのは一世紀半前、まだ人類が地球の周りを回る事しかしていなかった時代のエッセイを電子化したもので。オールドシャトル計画に参加した日本人の配偶者が記した軽快な筆致のエッセイは、とうの昔に紙の本としては絶版になっていて――古典ライブラリとして無料公開されている中から汐見が見つけ出したものだった。
自身の携帯端末にダウンロードしても良いのだが、シンプルなものを好む汐見の持つ端末は画面も小さいもので。メールのやり取り程度であれば苦ではない程度の大きさではあるが、長文を読むのであればタブレットの方が読みやすい。
久々に一人で過ごす昼下がりの時間に終わりを告げるのは、汐見の端末が鳴らす低いバイブレーションだった。
『終わったよ、今どこ?』
小さな画面に表示されるのは、空閑からのメッセージ。久々に使われるメッセージアプリを操作しながら、現在地を返信してやる。
『大学部図書館閲覧室』
『閲覧室? 館内でいいの?』
『いい、図書館前で待ち合わせるぞ』
『わかった!』
大学部の図書館には来たことがなかったのだろう空閑からのメッセージに、場所を教える事を面倒臭がった汐見は図書館前での待ち合わせを指定して。タブレットの電源を落としボディバッグへと収めた汐見は深く座り込んでいた一人掛けのソファから腰を上げたのだ。
「アマネ! お待たせ!」
「おう。ていうかヒロミ、卒業したのにまだ寮長会議出てるのな」
「俺の時も思ったけど、寮長はパイロットコースから選ばない方がいいと思うんだよね……」
アスリートもかくやといったフォームで汐見の前へ姿を現した空閑は、最後の一歩を跳ねるように地面を蹴って汐見の目の前にピタリと着地する。息ひとつ乱れない空閑を横目に肩を竦めた汐見の言葉に、空閑はため息混じりで言葉を溢す。
「あぁ、今年の寮長は東間だったか。今頃カリフォルニアの青い空を飛んでるだろうな」
「時差考えたら夜中でしょ。まぁそういう訳で、「前寮長が居るから任せちゃえ」って話にいつの間にかなってたんだよねぇ」
「自治権が強いのも考えもんだな」
「ほんとそれ」
ほとほと疲れたと言うようにただでさえ長身の体をぐいと伸ばした空閑は、隣を歩く汐見へと視線を向け流のだ。
「お昼済ませた? まだなら宇宙港行こ、バイク二台借りといてあるんだ」
「お、良いじゃん。そうと決まればさっさと行こうぜ」