空閑汐♂デイリー【Memories】09 掲げられるグラスの数は四。高師だけが居ないその席でフェルマーは上機嫌だった。
「兎にも角にも、卒業おめでとう」
「ありがと! アマネとヒロミはあと一年だね」
カルアミルクをちびりと飲みながら上機嫌で頷くフェルマーを空閑は不思議そうに見つめて。
「ヴィン、高師と別の会社に行くっていうのに、寂しがらないんだね」
空閑の疑問は尤もだとフェルマーは頷いて「寂しいは寂しいし、今日来なかったのも意地っ張りだなぁって思うけど、ボクらは結局同じ場所を目指してるからね。すぐにまた逢えるでしょう?」と笑う。
高師と篠原はフェルマーが採用された企業の同業他社への入社を決めていた。それでも、同じ業界でこれからも暮らす事が分かっていれば、そこまで寂しさはない。
「もしもこれで、シュンメが日本に帰国して別の業種に就くなんて事になったらボクだってここで大泣きしてたと思うケド、そうじゃないからねぇ」
同じ分野を専攻にし、同業に進んだのであれば――会社は違えど、向かう先は同じだろう。「ま、シュンメの噂はコースケが教えてくれるだろうし」と重ねた言葉に篠原は呆れたように肩を竦めるだけの反応を返す。
フェルマーが口にしたその思想に、それもそうかと頷いた空閑に投げられた「俺らだって似たようなモンだぞ」という汐見の言葉に空閑は驚いたように瞳を丸くしていた。
「来年までは同じ学校だから行動範囲も変わらんだろうが、卒業すれば就職先が違うかも知らんし、同じ会社に就職できたとしても同じスケジュールで行動出来るとは限らんからな」
重ねられた汐見の指摘に「そうかぁ……」と空閑は少しだけ沈んだ声を漏らし、フェルマーはパライバトルマリンを思わせる瞳を瞬かせる。
――あぁ、彼は、まだ別れを知らないのか。
けれど、そうだろう。二十を過ぎたばかりの青年には、まだ別れの痛みも喪失の恐怖だって必要ない。フェルマーは、ただ余計なものを知ってしまっているだけなのだ。だからこそ、高師と道が少しばかり別れる程度では揺らがない。
「ま、結局同じ場所に手を伸ばしていれば、いつかはそこでまた逢えるように出来てるんだよね」
フェルマーがわざとらしく気安い調子で紡いだ言葉で、汐見の言葉によって翳っていた空閑の表情にもようやく笑みが浮かんだのだ。