空閑汐♂デイリー【Memories】19 軍に入って二年、五年間同じ学び舎で暮らした同期をイーグルと呼ぶのにも慣れた頃。酒場ではその男の話題で盛り上がっていた。
「アイツ、またモーション掛けられてたんだってよ」
「今度は誰だ?」
「整備のクラウディア! 俺も狙ってたのになぁ」
「お前とイーグルを比べたらイーグルに行くだろそりゃ」
先輩達の話を聞き流しながら、この酒場に居ない男の事を思い出す。大胆かつ繊細な操縦はかつてのまま、振る舞いはどこか機械的になってしまった男。空閑が居なくなったというそれだけで、彼はそれまで持っていた筈の人間味を削ぎ落としていった事をこの場所でフォスターだけが知っている。
この部隊に配属された頃にはもう、殆ど笑うこともなくなっていた汐見はしかし男女問わず周囲の人間を虜にしていた。着痩せをするタイプなのだろう、細身の長身は脱げば引き締まった筋肉を纏い、その整った相貌も歳より若く見えるものの精悍な青年らしさを湛えていて。
――学院の頃からモテてたもんな、あいつは。
下は学校開放に遊びに来ていたらしい幼い迷子から上は酒場で働くお姉様方まで、汐見は面白い程にモテていた。たまに笑う所が可愛いだとか、神経質そうに見えても優しいだとか、どこかミステリアスな所がいいだとか。
そして今は――多分、空閑との別離を経たからだろうか、どこか危うい陰があり、そこにクラっと来る人間が後を立たないらしい。
「そういえば、お前よくイーグルと一緒に居るよな。お前も狙ってるのか?」
「いや、男は守備範囲外ですよ。学院の同期で元々友人だっただけです」
ビールを片手にぼんやりと会話を聞いていれば、先輩達の矛先はフォスターへと向けられる。
「それに、イーグルがモテてたのは学院の頃から変わらないので」
そう重ねれば、先輩達はだよなぁ。なんて言葉と共に頷いて。
「じゃぁ、アイツも結構遊んでたのか?」
「それは全然、どんなにモーションを掛けられても袖にするっていうか、そもそも気付いて無いからあまりにも脈が無くて相手が諦めるって感じでしたね。飛ぶ事にしか興味ないって感じで」
少しだけ嘘を交えて言葉を紡ぐ。もしかしてアイツ童貞か? なんて下世話な話題には言葉を濁して、手元のビールを空にしたフォスターは再び同じものを頼む。
「そういえば、この間アイツ男に襲われかけて相手の肩外したらしいぞ」
「まぁ……彼ならやりかねないというか」
見た目だけなら押せば行けそうと思わせる所が彼にはある。しかし、その中身は苛烈な所もある男だ。肩だけで済んだのは寧ろ温情だろう。そんな事を思いながら、フォスターは一言だけ口にして届いたビールを一気に飲み干した。
「イーグルが、この場所で誰かと関係を持つとは俺には思えないんですよ」