天然たらしへの助言(仮) 翠雨の節に戦争が終結し、俺たち王国軍は駐屯していたガルグ=マクから徐々に兵を引き上げた。
各々がそれぞれの土地へ帰り、ようやく少し落ち着けるようになった飛竜の節の中頃、ゴーティエ領に一通の手紙が届いた。
『シルヴァン、相談したいことがある。すまないが、近日中にガルグ=マクに来てくれないだろうか?』
これを送ってきたのは、あの戦争を王国軍の勝利に導いたと言っても過言ではない我らが恩師だ。文面や筆跡からは若干の焦りが見て取れる。
用件の内容が書かれていないのが気にかかる。
先生は大司教に就任することが決定している。戦後処理がある程度片づき、レア様の体調が回復したころ――予定では守護の節のセイロスの日に就任式が行われる。
そして、これはまだ公には発表されていないが、年明けの大樹の節には先生とリンハルトの婚姻の儀が行われるらしい。先生とリンハルトの取り合わせは意外に思った奴も多かったみたいだが、その報告を聞いた皆は彼らを祝福した。
実はこの二人が恋仲になる経緯には俺も一役買っている。もしかして、今回のこの手紙もそれ絡みではなかろうか?
なんとなく嫌な予感を覚えるが、本当に一大事だったら困るし、戦後処理の息抜きがてら、俺はかつての学び舎を訪れることにしたのだった。
そして俺は今、先生から中庭でのお茶会に招待されている。卓上にあるのは、先生が手作りしたと思われる菓子と俺の好きなベルガモットティー。
「今日は来てくれてありがとう、シルヴァン」
先生が翡翠の目を細めて、柔らかく微笑む。
「いえ、お安い御用ですよ」
――この状況、非常に既視感がある。以前は圧倒的な物資不足だったから菓子はなかったし、中庭ではなく先生の部屋だったが。
お茶会の会場が違うのは、
「リンハルトから『僕以外の人とは、密室で極力二人きりにならないでください』と言われているんだ」
だから少し寒いかもしれないが、屋外で許してくれ。ということらしい。さりげなく……はないか、がっつり惚気と牽制が入った。
ファーガスの冬と比べれば暖かいですよ、と返しはしたが、もうすでに逃げ出したい。
ほとんど執着心なんてものを見せないリンハルトだが、先生のことになると話は別だ。先生の全身に『この人は僕のもの』と書かれているような気さえしてくる。
まずは互いの近況や世間話に花を咲かせる。先生の言葉の端々にはリンハルトへの無自覚な惚気が飛び出し、これでもかというくらい幸せがにじみ出ている。
「そういえば、スレンとの和平交渉は進んでるのか?」
「長い間諍いが絶えなかったんで、一朝一夕にはいきませんね。腰を据えて頑張りますよ」
というか、わざわざこんな話を聞きたくて俺を呼んだわけじゃないだろう。あんたが聞きたいのはそんなことじゃないでしょう、と俺は切り出した。
「相談ってもしかして……リンハルトのことですか?」
そう尋ねると、先生が笑顔から一転深刻そうな顔でうなずいた。ああ、的中してしまった。
戦場では滅法強いが、色恋沙汰にとにかく疎いと定評のある我らがベレト先生は、恋愛のことなら俺に聞けばなんとかなると思っている節がある。
「俺も大した助言はできませんって」
いくら経験豊富だからと言って、俺のはほとんど遊びのお付き合いだ。相手の性別だって違う。結婚までするような本気のお付き合いをしている先生が抱えている悩みが俺に解決できるかはわからない。
それでも俺を頼ってくれているのだから無下に断ることなんてできない。
「せっかくここまで来たし、先生がお茶を淹れてくれたんで、一応話は伺いますよ」
「ありがとう」
先生の相談は、もうすぐリンハルトの誕生日だが何を贈ればいいかわからない、というものだった。リンハルトが学生のころ誕生日を一度祝っているが、今回は恋仲になってから初めて迎える誕生日だ。
「血や争いが苦手なのに、最後まで着いてきてくれた。それどころか、これからも俺と共に生きていきたいと言ってくれた。だから、その感謝も込めて、特別なものを贈りたい」
しかし、考えれば考えるほど結局どんなものがいいのかわからなくなってしまったのだとか。一人では到底解決しそうもないから、俺に助けを求めたらしい。
これはまた、俺には不向きな相談内容だ。
「そもそも俺、女の子には誕生日に贈り物なんかしないからなあ。本気にされちまうと困るし。逆にこっちが教えてほしいくらいですよ」
「流石はシルヴァン。不誠実だ」
「その不誠実な男に助言を求めてるのはどこのどいつですか!」
俺がそう返すと、先生が声を上げて笑う。こんな冗談が言い合えるのも互いの信頼関係があってこそだ。
紋章を持ちながらそれに付随するはずのしがらみを知らないこの人に、かつては一方的に憎悪と殺意をぶつけたこともあった。当時はこんなに和やかな関係を築けるとは思ってもいなかった。
それはひとえに先生の人柄の為せるわざだ。天然の人たらしなのだ、この人は。
普段は無意識に人をたらしこんでいるから、意図的にしようとすると悩んでしまうらしい。だからって俺みたいな女たらしに相談するのはどうかと思うが。
「まあ、無難なところで言えば花とか相手の好みそうな物ですかね」
「リンハルトの好みそうな物、か……。紋章学と昼寝。釣りも好きだな。甘い菓子も好きだ」
先生がリンハルトの好きな物をすらすらと挙げていく。
「だが、花も好きな物に関する物も普段からよく贈っているし、特別感が薄れないか?」
そうだった。この人は特に何もない日に誰彼構わず贈り物を渡していたんだった。俺も何度かハンカチやら盤面遊戯やらを頂いたことがある。
曰く、市場を見ているときに「これはあの子が喜びそうだな」と教え子の顔が浮かぶと、迷わず買ってしまうのだそうだ。リンハルトに対しても同じように――いや、それ以上かもしれない――贈り物を渡しているのなら、確かに特別感はあまりないかもしれない。
「うーん……リンハルトの好みそうな物、他にないんですか?」
「あとは――」
「……あとは?」
そこはかとなく嫌な予感はしたが、続きを促さないと終わらない。
先生はほんのり頬を染め、もじもじしながら答えた。
「俺」
予想どおりすぎた。
あーはいはいそうですか。もう腹いっぱいですご馳走さま、と冗談混じりに席を立とうとしたが、すかさず先生に腕を掴まれ阻止された。何か具体案を出すまでは解放してくれないらしい。
「あーじゃあ、全身にリボン巻いて『贈り物は俺だよ♡』とかやったらどうですか?」
半ば投げやりに提案する。すると先生が一瞬で真顔になった。信じられないものを見るような目で、
「シルヴァン……正気か?」
もしかして熱でもあるのか、と心配までされた。かなりのドン引きだ。いや、俺だって本気で言ったわけじゃないですよ! 恋愛指南書によくある文言を言ってみただけですよ!
「リンハルトのやつ、案外喜ぶかもしれませんよ?」
「そうだろうか……?」
先生が真剣に考え込んでしまう。あくまでも冗談だからそんなに真に受けないでほしいと付け加える。
「リンハルトの性格なら、ほとんど使い道のないような後で扱いに困るような物より、実用的な物とか消耗品なんかのほうがありがたられるんじゃないですか?」
「それは確かに」
「もうすぐ無くなりそうな物とか、壊れそうな物とか、思い当たりませんか?」
俺の質問に、先生は思案を巡らせる。
「……そういえば、香油が無くなりそうだと昨夜話をしたな」
――ゆうべはおたのしみだったんですね。
俺は空気の読める大人なので、香油を何に使うかはあえて聞かない。っていうか先生、そこは赤面せずに言えるんですか。
「でもあれは俺に使うもの……だ、し……」
しかし、羞恥心は時間差でやってきた。自分が元教え子の前でとんでもないことを口走っているとようやく理解したようだ。先生の顔はみるみるうちに耳まで赤くなる。
「大丈夫です、先生。俺は何も聞いちゃいませんから」
「……すまない……ありがとう……」
火照った顔を両手で覆いながら、呻くように先生が言った。