月から来た人 ロイドたちシルヴァラントの神子一行がテセアラに来て間もなくのころ。メルトキオからサイバックへ向かう道中だっただろうか。
野営の準備をしているときに空に浮かぶ丸い月を、ロイドが不思議そうに見ていた。
「どうしたよ、ハニー? 食い入るようにお月さまなんか見ちゃって」
ゼロスは軽口を叩きながらロイドの肩に手を回した。女の子への口説き文句でも考えてたのか、と茶化す。ロイドがそんな性格ではないことは、出会ってからの数日で理解していた。単純に揶揄いたいだけだ。
「……テセアラからでも、月は見えるんだな」
しかし、ロイドの反応はゼロスが予想していたものとは違った。まさか完全にスルーされるとは思ってなかった。
「なあ、こっちでも月のことは『テセアラ』って言うのか?」
「いや、テセアラじゃ月のことは『シルヴァラント』って呼ぶんだよ」
四千年以上もの大昔、シルヴァラントとテセアラは長きにわたり戦争をしていた。古代大戦、またはカーラーン大戦と呼ばれるその戦争は、勇者ミトスによって停戦調停が結ばれた。
停戦の後、シルヴァラントの人々は月へと移住した。住処を明け渡してくれた隣人たちを思い出し、テセアラの人々はその美しい月をいつしか『シルヴァラント』と呼ぶようになったのだという。
テセアラに古くから伝わるおとぎ話をロイドに教えてやると、目を丸くして「一緒だ」と答える。シルヴァラントでは全く逆の話が伝わっているらしい。
「ま、さしずめおまえらは月から来た野蛮人ってとこだな」
「野蛮人は余計だ」
しかし改めて聞いてみると、随分とロマンチックというかセンチメンタルな話だな、と思う。
「でも、なんだか面白いよな。別々の世界に住んでるのに、同じようなこと思ってるなんて」
そうだな、と相槌を打ったものの、これが単なる偶然の一致ではなく、すべてクルシスが仕組んだことだとゼロスは知っている。
実際は双方ともに月に移住した事実などなく、エターナルソードの力で無理やりに位相をずらして世界を二つに分けただけ。一時的な措置だったはずのそれは、姉を復活させるという野望のために歪められた。
月を見て互いを想い合うどころか、互いにマナを搾取しあう関係がおよそ四千年も続くことになるとは、なんとも皮肉なものだ。
「あの月がシルヴァラントから見える月と同じかは分かんねーけど、こんなにも綺麗なんだ。今は互いの世界のマナを奪い合ってるけど、おとぎ話と同じように月を見て相手を思いやれる日が来るといいのにな」
ロイドの語るそれは理想論だ。クルシスの絶対的支配者ユグドラシルが君臨している限り、そんな時代は訪れることはない。非現実的な絵空事だ。
そう頭では理解していたが、ゼロスはロイドのその青さが嫌いにはなれないでいた。
ゼロスが監視役という名目で、体よくロイドたちの旅に同行したのはクルシスからの指示だ。マーテルの器であるコレットを確実に回収するため、密偵として潜りこむように、と。
――はじめから、ロイドたちに勝ち目などないのに。
「ああ、そうなるといいな」
若干の後めたさを感じながら、ゼロスも空に浮かぶ月を見上げた。