キスの日佛若♀ 腹
「美人、お体の具合は如何ですか?」
木製のロッキングチェアに腰掛け、窓の外の景色を眺める美人に声をかける。
腰の辺りまでのびた長く、結ってない髪を風になびかせながら、視線を私に移して微笑みながら頷いた。
「うん、全然平気だよ! さっきもね、お腹蹴られちゃった」
嬉しそうに腹部を摩る美人に思わず眉根を寄せ、顔を顰めながら美人の腹部に視線を移す。
「なんと……美人のお腹を蹴るなど、不敬すぎます」
「そう言わないでよ、蹴ったり暴れたりするのは問題なく健康に育ってる証だって師匠も言ってたし」
「そうなのかもしれませんが……」
ゆったりとした白のワンピースに身を包み、線の細い美人に不釣り合いの大きく膨らんだ胎。わたしにはその胎が異物にしか見えず、耐えられなくて視線を逸らした。
「……もうすぐ産まれるのですね」
「うん、師匠もその心積りでいろって言ってた。きっと産まれてくる子は幸せだろうなぁ。私が産まれた時みたいに空桑の家族皆から祝福されるのだから」
椅子を揺らしながら、歌うように言葉を紡ぐ美人の姿は、まるで聖母のようで眩しすぎた。
「そう、ですね……では他の者よりも先に祝福を贈られてください美人」
美人の前で屈み、胎をそっと優しく撫でる。
そしてそのまま、美人の胎に口付けを落とした。
「ありがとう佛跳牆! 貴方に祝福されたならきっと美しくて、優しい子になるよ」
目尻に皺が出来るほど蕩けた笑顔で礼を言う美人に、無理矢理口の端を上げる。今、自分はうまく笑えているのだろうか。
美人、許してください。わたしはわたし以外の男から宿された子供など、祝福する気など微塵もないのです。願ったのはただ、美人と添い遂げられないのなら、美人が孕んだ子に生まれ変わりたい……ただそれだけなのです。
喩若♀ 鎖骨
太陽がすっかり空高く昇る頃、私は阿喩を起こす為に一度だけ扉を叩いて、阿喩の部屋へと入る。
返事を待たずに室内に入ってしまったが、予想通りベッドの中が膨らんでるのを確認して腰に手を当てる。どうやら阿喩は、まだ夢の中なのだと溜め息を吐いた。
「阿喩起きて、もうとっくに日は昇ってるよ!」
「ん〜……」
そっとベッドに近づき、布団に包まる阿喩の身体を軽く揺すってみる。しかし、起きる様子はない。ただ、身動ぎするだけだった。
「やっぱりこんなんじゃ起きないかな……布団引き剥がしてみよう」
春も間近だとはいえ、朝と晩は冷える。もしかしたら、寒気で目が覚めるかもしれない。可哀想だが、ふかふかの掛け布団を剥がす。が、起きる様子もなければなんの反応もなかった。
「はぁ……もしかして情ちゃんを起こすよりも至難の業なのでは」
そこでふ、と情ちゃんを起こすみたいにスープという餌で釣るのはどうだろうかと脳裏をよぎる。
阿喩にスープを作るという餌は通用しないだろう。ならば、何が有効だろうか。ベッドに腰掛け、腕を組みながら首を傾げる。
「そうだ、あれなんかどうかな……ねえねえ阿喩、今すぐ起きてくれたら私のこと好きにして良いよ! なんてね」
以前なにかの雑誌で読んだ〝男性が喜ぶ言葉特集〟の中の台詞の一部を抜粋して、阿喩の耳元で小声で囁いた。
台詞を呟いてから、こんな言葉で起きてくれるから苦労しないなと苦笑しながら身体を離そうとした瞬間、視界が反転した。
いつの間にかベッドの上に背を縫い付けられて、私の視界に広がったのは、天井と先程まで睡眠を貪っていた筈の阿喩だった。
「あ、阿喩……!起きてたのっ」
「はは、まさか朝からあんな熱烈なおねだりが聞けるとはな〜! 寝たふりをしていた甲斐があった」
「騙すなんて酷い!」
頬を膨らませてじろりと睨みつけるも、阿喩は気にする様子もなかった。ただ、悪戯っぽく目を三日月の形に細めて口の端を上げた。
この顔は知っている、何かを企んでいるときの顔だ。嫌な予感がして起きあがろうとしたが、両腕を押さえつけられて身体を動かす事が出来なかった。
「それで、今ちゃんと起きたんだから勿論君の事を好きにしてもいいんだよな〜?」
「っ、最初から起きてたんだから無効だよ!」
ニヤリと笑う阿喩の姿に焦り冷たい汗が一筋背中を伝う。カーテンの隙間から漏れる光が阿喩の銀白色の長い髪が反射して、キラキラと輝いている。
その光景に見惚れていると、不意に襟元をずらされて鎖骨に温かく柔らかいものが触れ、驚いて目を見開いた。
「な、なにしてるの」
「ん〜……?君を好きにしていいって言われたからなぁ〜。印をつけさせてもらったぞ」
「印って一体なんのこと」
「それは君が何故、俺がここに印を残したのか、理解したときに教えるさ。なに、君は優秀な〝助手〟だからすぐ答えに気付くだろうさ」
目を白黒させ、呆気にとられて口を開け間抜け面を晒している間に、意地悪な怪盗はあっという間に部屋の窓から飛び去ってしまった。
喩若♀ 首
小さな宝石が散りばめられている夜空を背に、闇夜に紛れ手慣れた様子で灯が消えている目当ての部屋の窓をするりとくぐり抜けた。
部屋の中へ無事侵入した男……三鮮脱骨魚は、被っていたフードを外して辺りを見回す。
外から見た通り、既に部屋の灯は消えて寝台の方からすやすやと穏やかな寝息が耳に入る。
足音を立てないよう、気配を消してそちらに近づいてもこの部屋の主である少女は、あどけない寝顔を晒して長い睫毛を振るわせるだけだった。
「おいおい、こんな無防備だと襲われても仕方ないぞ〜?まあ……今起きて見つかるのは避けたいけどな」
悪役でも英雄でもないただの〝阿喩〟になれた時こそ再会しようと言った手前、まだ出会いべきではない。自嘲混じりに小さく呟きながら寝台に腰を掛ける。
ギジリとマットが軋む音と、衝撃にも何も反応を示さない少女の顔を至近距離から覗き込んでみる。
どうやら寝たふりをしている訳ではないようだった。
そこで、ふわりと嗅ぎ慣れない甘ったるい香りが鼻腔を掠めた。匂いの元を目で追うと、寝台の横に置いてある卓には香炉が一つ置いてある。
そこから煙がふわふわと漂い、寝台の周りを匂いで覆い尽くしているような感覚に陥り、目を細めた。
「……そういえば、調香を得意とする食魂と懇意になったと言っていたな」
表立って少女に会いに行く事は出来ないが、その動向は逐一把握していた三鮮脱骨魚は面白く無さそうに、吐き捨てるような物言いで香炉を睨みつけた。
香りを贈るなどと、深い意味はないのかもしれないがその贈り主がもし、この少女にマーキング紛いな事をしていたらと思うと腹の底がぐつぐつと煮えたぎる様な心地になっていく。
「……どうか俺が正々堂々と君に会いに行く日が来るまで、誰のものにもならないでくれ」
我が儘なな願いをこめて、少女に覆い被さりって白く細い首筋にそっと唇を落とした。
佛若♀ 足のつま先
ほっそりしているようで程よく筋肉のついた美人の触り心地のが良い脚は、まるで陶器のようだと思う。太ももに触れれば、きめの細かい雪のような肌と弾力。思わずその脚に、貪るように接吻の雨を降り注いでしまった。
「佛跳牆は、私の脚が好きなんだね」
寝台に寝転び、美人はクスクスと小さな笑みを漏らした。あどけない笑みの中にそこはかとなく、艶かしさも混じっているような気がした。
「ええ……美人の脚もわたしにとって大切な宝物ですから」
太腿から膝へ、そして爪先へと唇を移動させて微笑んだ。