ルーティン。♦︎H♦︎
パシャンパシャンと規則的な音を立てながら、稀咲が泳いでいた。
毎朝の日課にしているそれは、前日どんなに遅く就寝しようと変わらなかった。
普段は部屋でその帰りを待っているのだけれど、今朝は何となく目が冴えてしまって、その姿を追った。
「稀咲さ〜ん、まだですかぁ?」
何度目か分からないターンに溜息混じりに声をかける。
聞こえているかは微妙だけれど、付いてきた手前、勝手に帰るのも癪でプールサイドで身を屈めた。
住人専用のプールはしっかり25mある割に誰にも会った事がない。
時間が早いせいか稀咲のせいかは知らない。
「…先に戻りまぁす」
声をかけてからもう一回ターンされて、まだ終わらないのだと無言の圧。
ノルマは絶対なのだろう。
諦めて、遠くなって行く姿に言葉を投げた。
ゆっくり立ち上がって伸びをする。
ついでに出た欠伸を噛み殺して、泳ぐ稀咲にもう一度目をやってからプールを後にした。
♦︎K♦︎
珍しく半間がプールへ付いてきた。
泳ぐのかと思ったがそこまではしないらしく、シャワー室やらロッカーをウロウロした後、休憩用に設置されているチェアに長い足をだらしなく伸ばして座っていた。
朝は必ずひと泳ぎしてから朝飯を食べる。
ここを買った決め手はそれだった。
ジョギングより人目に付かず、体力維持にも最適。
最初こそ半間が付ける傷跡を隠すのが面倒な事もあったが、一年も同じ時間に泳いでいれば住人の中で序列が出来、俺専用の時間帯が完成した。
「…先に戻りまぁす」
いつの間にかプールサイドまで来てきた半間の、間延びした声が聞こえた。
40分ほど経っている事を思えばなかなか保った方だろう。
ストロークの間に一瞬目をやり、歩き出した事を確認してスピードを速めた。
「お帰り〜。朝飯できてんぜ」
ノルマを終え、部屋に戻った。
心地よい疲労感は頭を冴えさせてくれる。
ゆっくりと廊下を歩き、リビングへの扉を開けると、キッチンから半間が顔を覗かせた。
漂ってくる香りから米が炊かれた事が分かった。
「昨日も一昨日もパンだったじゃん? なんか味噌汁飲みたくて、今日は米にしたぜ♡」
「悪くねーな」
甲斐甲斐しくテーブルへと料理を運ぶ姿はどこか滑稽であり、板についた姿でもあった。
食べられれば何でもいい。と言っていた頃から思えば本当に面白い。
荒んだ生活の中で、誰よりも忠実で凶暴なコイツと過ごす日々が当たり前に続く事が当たり前でなくなるまでは、このままで良いと思う事にした。
了