【蛍石を溶かした泡となる】白い太陽がいつの間にか沈み、真っ暗になるかと思った外は薄青いまま暗くなっていた。
さっきまでリドルはフロイドをすぐに制止できるように近くにいた。しかしニタニタ顔のままつつかれたり肘置きにされたりで散々怒鳴り散らして疲れてしまったし、その割に外に出ようとするそぶりもなかったため『ボクの見える場所にいること』と言って距離をとったのだった。
今のリドルは部屋の隅に積み上げられていたクッションの間に潜り込んで、薄ぼんやりと月に照らされているフロイドを見つめていた。
「……ね~金魚ちゃんは寝ないの?」
「今が何時かわからない上に、キミを見ていなくてはいけない。それに……」
「そうだねぇ、眠くねーのもあるけど、こんな景色じゃ寝る気も起きねぇや」
一方のフロイドはリドルから見える場所であるリビングテーブル側の円形ラグマットの上に座り込み、クッションを抱えて窓の外を眺めていた。しばらくは代わり映えのしない外に退屈でもしたのか時折あくびをしていたが、そのうちに視線の先である薄青く仄暗い海からは、ぽつぽつと立ち上る白い光が星のように空に昇り始めた。暗くなりきらない外に蛍のような白い光、そしてここは真っ白い部屋。今いる空間の現実味のなさを一層際立たせていた。
「あっ、クジラ」
フロイドが人差し指で指した先には海の中でもないのにクジラが浮かんでいた。窓際をスレスレに泳ぎ、鈍く青色に発光したそれはこちらに視線を向けている。
「陸って空にクジラいるんだねぇ」
「いないよ」
クジラが空を飛んでいて、青く発光していて、そんなもの海の中にいるクジラとは明らかに別物だろう?と反論したいところだったが、わざわざ言ったところで無意味なことは理解している。だから否定を一言だけ返した。
「えー?いるじゃん。ホラ、クラゲもいるしイワシの群れとかもそこにさあ」
その言葉通り、立ち上る白い光に混ざってクラゲや魚の群れや何か細長い魚のようなものも空に浮かんで泳いでいた。非現実的、幻想的、という言葉で言い表すのが適当だな、と感じる光景だった。
「……ここは普通の陸ではないからね」
「……ここがどこか知ってるんだ?」
「……」
「ダンマリすんの?あっそう」
そっぽをむいてしまうフロイド。
「……変な場所だとは思っているだろう?」
「まあねぇ、あんなの見たことねぇもん」
「そうだろうね」
お互いが黙ってしまうと波が寄せては返す音がうっすら聞こえてくる。
「……ねえ、逃げねぇからさあ、ちょっと近くで見るくらいさあ、いいでしょ。あんなの海でも見たことねぇもん……」
言い切るより前に、フロイドは駆け足で扉へ駆け寄る。ああ!フロイドの好奇心を舐めていた!
クッションから立ち上がり追いかけようと足を踏み出す。当たり前だが足の長さが遥かに違う。全く距離が縮まらないうちにフロイドの手は扉へ届いた。届いたはずだった。
「えっ」
「……っ」
取手を触ろうとしたフロイドの手はどろりと溶け、落ちていくにつれ透明な水のようになり床をばしゃりと叩いた。
「……なぁにこれぇ……ねぇ~」
不愉快そうに呟いたフロイドはこちらに声をかけようと振り向く。しかし彼の困ったような表情は、リドルの顔を見るとすぐに眉間にシワを寄せた怪訝な表情へと変わった。
「……アンタ、誰だっけ」
深い溜め息をついてリドルは歩を進める。床へ足を下ろす度にピチャピチャと水がはねる。断面は揺らいだままの血肉ある人とは到底思えない、肘から先が無くなっているフロイドの腕を掴み、引き寄せながら彼を見上げて口を開いた。
「……ボクはリドル・ローズハート。キミからは『金魚ちゃん』と呼ばれている、ただの同級生だ」