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    カスピエルとフェニックスが髪の手入れについて話す話

    愚者の贈り物アジトの見張りにたまに立つ、年若い処刑人の長くまっすぐ伸びた黒髪。
    カスピエルはたまに、その黒髪に心臓をひねられるような気持ちになる。


    *****


    カスピエルの転生後の育ちは悪い。なんせ物心ついたころには名前一つを持たされて、過酷な貧民街での孤児暮らしを余儀なくされた。生き延びるためには体が動かなくなる前に食料を確保せねばならないが、カスピエルはなんというか───運が悪かった。
    なんせ生まれつきの奇抜な見た目である、青味がかった赤毛・・・・・・・・に左右で色の違う瞳。オマケで両の頬に変な形の痣がある。幼いころのカスピエルは、その見た目のおかげで孤児のグループの中で自然に「囮役」になっていた。妙な見た目で目を引いて、わざとバレバレの盗みを働いて殴られて、その隙にほかの子供が金や食べ物を盗んでいく。カスピエルの体はいつも傷だらけでボロボロだったが、転生メギドの性質なのか妙に頑丈で治りも早く、そのおかげで何度も囮として殴られることができた。

    「ほかのガキじゃこうはいかないね。あんたの才能だよ、誇りなカスピエル」

    雨水で濡らした襤褸布でカスピエルの傷口を拭いながら、孤児グループのリーダーだった少女はカスピエルに何度も何度もそう言った。少女は髪を短くざんばらに切って、わざと低い声を出す子供だった。

    「あんたがいなくちゃオレたちは飯が食えないの。だからいてもらわなきゃ困る。ここにいてよカスピエル、……」

    少女はよくカスピエルの名前を呼んで、腕を痛いほど握りしめて、手に入れたパンのひとかけをほかの子供より多く分けてくれたのを今でもぼんやりと思い出す。少女のところでカスピエルが得たものは、自分の名前がカスピエルであることと、自分の見た目には利用価値があることと、どうやら自分の居場所はここらしいこと、その三つだ。
    カスピエルの前髪を錆びかけた鋏で切りながら彼女がしていた話を思い出す。

    「オレはさあ、いつか髪の毛を伸ばしてみたいと思うんだ。こんな暮らしじゃ髪なんか伸ばしたらどんな目に合うかわかんないだろ、逃げるときにつかまれたりさ、それに、……それに髪が長いのって金持ちみたいでうらやましいじゃん!金持ってる女って大抵髪が長いんだぜ、覚えとけよカスピエル。オレはいつか金持ちになって髪の毛を足首まで伸ばしてやるんだ。そしたらお前たちのこともちゃんと食わせてやりたいな。……覚えとけよ、オレはいつかさ、いつか……」

    そう言って口をつぐんだ彼女の揺れている声は思い出せるのに、カスピエルは彼女の名前を思い出せない。覚えていることと言えば、彼女が突然いなくなってから数日後、ゴミ捨て場に彼女が着ていたオーバーオールが落ちていて、記憶にある通りの汚れ方をしていたのになぜか股のところにだけ血がついていて不思議に思ったことぐらいである。


    その頃にはカスピエルの体も大きくなっていて、やたら殴られ続けた体は幸いなことにまっすぐ伸びており、しかし髪と目と顔は依然目立つそれのままだった。奇抜なそれを理由に同年代から意味不明な因縁をつけられることが増え、カスピエルは仕方なく自分で髪を切ることになる。
    目立つ髪と目はどうやら高貴の象徴に見えるらしい。染めたり加工したりして、髪や目の色を変える技術があるらしいことは薄汚い路地裏にも広まっていた。カスピエルはこれは地毛なんだとの証明を行うために、孤児グループのリーダーだった彼女が残した錆び鋏でそおっと自分の髪を切った。
    当然、うまく切れるはずがない。右と左で長さが違うし、ところどころに地肌が見えている始末。切った髪がぱらぱらとくすぐる体を掻きながら、カスピエルは割れ鏡に映る自分の顔を見る。鋏の持ち主だった子供に、目元がちょっと似ている気がした。

    さて、髪をざんばらに切ったカスピエルは、そのまますくすくと不健康に育つ。いなくなったリーダーの代わりに子供たちをまとめ上げ、ものの盗み方を教え、率先して囮になり、あるいは誰かを囮にし、そうしてうまく生きていたが、うまくいきすぎて欲を出し、地元のゴロツキにうっかり手を出して死にかけた。

    おれが指示しましたあいつらは関係ないごめんなさいごめんなさいころさないでおれもあいつらも、いたいいたいやめてくださいおねがいしますおれはころさないであいつらはすきにしていいから。

    多分何人かは好事家に売られて、何人かはなぶられて死んだ。お前が売ったガキの肉だぞと投げられたそのペーストを、生き延びるために笑顔で食んだ。本当に人の肉だったのかは知らないが、あれより味のしないものをカスピエルは食べたことがない。生き汚さと見た目の面白さをゴロツキに買われ、飼い犬として見えない首輪をつけられるようになったのが、カスピエルがおよそ十五になった年の春である。とてもとても死んでしまいたかったが、死ぬのだけは猛烈に嫌だったので、カスピエルは生き延びることにした。

    生きて、どうにか生きて、他人に頭を下げながら生きて、下げた頭を殴られながら生きて、そうしているうちに殴られる頭が前より痛くないことを知る。髪が伸びていたのだ。頭を振るたびにばさばさと揺れるそれがどうにもうっとおしいことを売女に話すと、親切にもその売女は髪の結び方を教えてくれた。上機嫌な女の指が頭皮の上をなぞるたび、カスピエルのみぞおちはスッと冷えていくような気持ちがした。
    髪の長さが不揃いで結びづらいわ。ねえカスピ、わたしが切ってあげようか。短く切りそろえれば結ばなくたって済むようになるわよ。
    親切にもそう提案したその女を、そんなことをしたら殺してやると脅してそのまま娼館を出た。自分がなぜそんなに怒ってしまったのかは終ぞわからないままだったが、なぜか幼いころに見た錆びた鋏と少女の声を思い出していた。

    金持ってる女って大抵髪が長いんだぜ、覚えとけよカスピエル。

    カスピエルは、もうこの髪は切るまいと、その時心に決めたのである。


    *****


    そんなわけでカスピエルには「長い髪」には一家言ある。髪を長くまっすぐに伸ばすのは大変だ。まずもって根気が必要であるし、髪質にさえ左右される。カスピエルの髪は緩やかに癖がついていたので、手入れを怠ったまま寝た次の日の朝などは寝癖を直すのに毎度四苦八苦だ。さらに伸びれば伸びるほど、洗髪材にも気を配らねばならないようになってくる。アーバインに憧れて強い男になるために、その手段のひとつとしてナンパ術を磨いたカスピエルは、髪の綺麗さが清潔感に、ひいては初見での好感度アップにつながるということを経験で学び、必死で髪質に合うシャンプーを探したのである。
    髪の手入れには手間がかかる。質を上げようと思えば金が要る。確かに金持ちにならなければようよう髪など伸ばせないだろう。それでも腰に届くほど長く伸ばされたカスピエルの髪は、ひそかな自慢の髪である。

    だから、多分これは嫉妬とかそういう感情に近いのだろうな、とカスピエルは長い黒髪を───フェニックスの長く伸ばされた艶やかな黒い髪を眺めて、手にした酒をちょびっと啜った。フェニックスは未だ十代、カスピエルが髪を伸ばし始めた歳とおおよそ同じ年の頃である。
    あの歳であの長さの髪、その上手入れが行き届いているであろうあの艶やかさ、明らかに人の手が入れられている。身なりがきちんとしていて所作もキレイなフェニックスのことを、カスピエルはいいカモ……もとい、育ちのいいお坊ちゃんだと認識していた。想像してみる。育ちのいいお坊ちゃんが、浴室でメイドに髪の手入れをされているところを。他人の手で丁寧に洗われ、櫛を通され、保湿ののちにゆるく編まれる長い髪。

    「……ええなあ」

    誰に聞かせるともなく呟く。他人に世話をされることが当たり前のような生まれ育ちのことを、カスピエル自身は何とも思っていない。僻みも妬みもしていない。ただ、少しだけ、うらやましかった。



    そうしていたら、フェニックスが一度燃えて生き返ってきた。
    ウェパルの前例もあることだし、死んだ、もしくは死にかけた仲間がリジェネレイトで戻ってくるというのはそう珍しい事でもない。それでもみんなフェニックスの帰還を喜んで、まあ、酒盛りになった。未成年であるフェニックスは酒宴の中心で困ったように笑いながらキッシュの端を崩していて、カスピエルはいつものバカと連れ立ってそんなフェニックスの肩を小突き、そのまま酔いつぶれてソファで寝た。

    その翌朝からアジトで見かける頻度が増えて何とはなしに首を傾げていたが、どうやら仕事を辞めてきたらしい。
    というか、家と縁を切ってきたらしい。
    フェニックスに何があったのかをカスピエルは知らない。訊けるような間柄でもないし、訊いてどうするつもりもないので訊けるわけがない。ただ、「大変そうやなあ」とだけ心の中で呟いて、そのまま放っておいていた。


    放っておいたらフェニックスの髪がどんどんパサついてきたので流石に声をかけようかと思っているカスピエルである。
    おおよそリジェネレイトから一ヶ月。清潔感は保っているので流石に風呂には入っているようだし、髪をタオルで拭っているのも見かけたことがあるので髪を洗っていないということはなさそうだが、いかんせん髪のツヤが日々失われていくのを見るのはなかなかにげんなりするところがあった。髪が長すぎて櫛を通すのに手間取るのか、結い上げた髪の結び目に絡まった髪が絡んでいるのを見たときは思わず歯を食いしばったほどである。
    せっかくの髪やんか。大事にせんかい。
    そう思っても、カスピエルにはフェニックスの髪についてなにか言ってやる義理も権利もないのである。さらに言えば、どうして軍団の仲間であるだけの相手の、たかが・・・髪にこんなにも感情を振り回されているのかもわからないまま、何か口を出せるはずもなかった。
    今日もフェニックスはアジトの見張りに立っている。その黒髪はどことなくよれよれで、寝癖はつかない髪質のようだが、まとまらなかった髪が数本髪の束から遊んでいた。



    それがどうしてこんなことになっているのか。
    カスピエルは今、フェニックスにあてがわれた個室内の浴室で二人きりである。

    鏡相手の模擬戦闘後、カスピエルはフェニックスに声をかけられたのだ。曰く、髪の手入れについて教えて欲しいと。まさか散々視線を投げつけまくっていたことがばれていたのかと思い非常に動揺してしまったが、別にそんなことはなく、単に相談相手に選ばれたというだけのことだった。断る理由は特になく、ではまた後での言葉通り、何種類かの洗髪材を抱えてバスタブに湯を張っている今である。

    「しっかしまあ、なんで俺に相談しようと思ったん?」

    サキュバスあたりのオシャレにやかましい女子メギドなんかは嬉々として髪の手入れを買って出そうなものである。そう指摘してやると、フェニックスは軽く目を伏せて苦笑した。

    「彼女たちの使うものはその、女性用でしょう。私は男性ですし、あまり可愛らしい感じにされてしまうのは少々抵抗がありまして」
    「あー、わかるわ。ヘアオイルとか花の香りにされたりな」
    「花は嫌いではありませんが、身に纏うとなるとまた別ですからね」
    「じゃあ、バルバトスは?アイツも身なりには気ー配っとるやんか」

    一度大浴場でかち合ったことがある。あの金髪になれた手つきでコンディショナーを塗っている様を見て、なんとなく気まずくなって早めに退散したのだ。その分髪の手入れが十分にできず、翌日はソロモンと大幻獣討伐の日であったというのに見栄えがキマらず支度に時間をかけてしまった。
    バルバトスの名前を出されたフェニックスはちょっとだけ下唇を出している。

    「それも考えたのですが……いらぬ世話を焼かれそうで」

    いらぬ世話の内訳を想像して、カスピエルは思わず噴き出した。確かにあのメギドは若人の世話がなんだかんだで好きなのだ。なんともじじくさいものである。フェニックスが相談しに行ったが最後、なんだかんだと相談内容に尾ひれをつけられて、最終的にモテ男コーデ一式を買いに行かされるぐらいのことはされそうである。
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