耳かき无风 「 耳かき? 」
「 耳かき 」
「 ……耳かき? 」
きょとんとした顔で繰り返した風息は、右手をまるめて、自身の耳の辺りを引っかく動作をした。耳の後ろから前へ撫でつけるように、妖精のとがった耳が一度つぶれて、ぴょんと跳ねる……ネコ科の動物が顔を洗う仕草だ。
「 いや、そうではなくて……人間の体は、新陳代謝で老廃物が出るだろう。それが耳の中にもたまるから、道具を使ってそれを掻き出すんだ 」
ふうん……?風息は私のまるい耳を眺めながら、人間は大変だな、と呟いた。人間と妖精とでは、どうしたって体のつくりも生き方も違う。この言葉は風息がそういった違いに触れるたび、味がわからないながらもひとまず飲みくだしたときに、よく使うものだ。彼にそんなつもりはないのだろうが、たいていはそれで話題に区切りがついてしまう。
なにも、風息の膝枕で耳かきをしてもらう……なんて甘い展開を描いていたわけではなかった。まったく思い浮かばなかったかといえば嘘になるが、現実でないからこそ思い描ける夢というものもある。
任務の合間の、のんびりした休日だった。開けた窓からゆるく風が吹き込み、窓辺に並ぶ風息の植物たちの葉を揺らしていた。次いで揺れた己の髪をかき上げたとき、伸びた爪の感触が意識にとまった。そこで、ここのところ頓着していなかった自身の体を構おうと、まずは爪を整え、そうしてふと耳に意識が向いたのだった。
風息はそのとき、植物の鉢のひとつを引き寄せ、手入れをしていた。耳かき棒を探してうろつく私に気づき、声をかけてくる。そうして目的のものと、その用途と、その理由とを私は説明し、風息はおなじみの感想を漏らす。
私と話していた間手を止めていた風息は、再び植物に向き直ると、はさみを動かした。ぱちん。黄色く変わった葉先が落ちる。風息の手つきは優しく、迷いもなかった。私はその音を聞きながら、改めて耳かき棒を持ち直す。
耳かきはしなくてもいい、とも聞くけれど、まあ駄目なものでもあるまい。多少おざなりに両耳を軽く掃除し、ふと気づけばはさみの音が止んでいる。
興味深げに風息がこちらをのぞき込んでいた。
「 へえ、そうやってするのか 」
「 ……見て楽しいものでもないだろう 」
風息にしてもらいたがっていた己を棚に上げ、少し身を引く。気恥ずかしいというよりは、多少落ち着かない。耳かき棒をぬぐって、出たごみを片付ける。道具をしまおうと立ち上がると、その動作を風息の視線が追いかけてくる。
「 風息もやってみる? 」
提案してみれば、風息は盛大に顔をしかめた。
「 急所に凶器を突っ込むなんて冗談じゃない 」
凶器って。苦笑して、風息が言うところの凶器をしまい込んだ。確かに危ういところにものを入れる行為ではある。まして妖精には必要ないものだ。
「 人間の、一種のグルーミングだ 」
先ほどの風息の仕草を思い出しながら、一応付け加える。耳を清潔に見目好く保つ。あるいは、……相手に急所を預ける行為、受け入れる行為。信頼の証、愛情の印。
いずれの先に繋がればいい、と多少の下心を持って風息のきれいな耳を撫でた。むずかるように頭を振って手を避ける風息の、髪が揺れてぱさぱさ鳴る音が、私の耳に届いた。