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    KsmrLxh

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    映画後IFの無と風の話。をずっと書きたかったのですが年単位で滞っていて完成の目途が立たずにいるので、せめて一部を公開し供養とします。他者を通して「風息」を知る無限を書きたかった。
    前半:ミン先生と無限
    後半:虚淮と無限(会話なし)

    唐突に始まり唐突に終わる。

    【ミン先生と無限。事件後先生の家を訪れる無限】


     風息が【強奪】を使った相手には、ミン先生も含まれていた。
     けれど、館にミン先生から連絡があったという記録はないようだった。
     意図はどうあれ、事実がある以上は話を聞かなければならないということで、事件直後の急務をなんとか終えた後、彼を訪ねるという執行人に私も同行したことがある。
     龍遊で起こった事件の後始末は、龍遊の館でつける。本部の意向はおおむねそれであるが、稀にみる大規模な事態となったために、収拾の助けにナタが派遣されていた。けれど私は、少し立場が違う。私の任務はあくまでも風息一派の捕獲であり、それが結果として意を失った以上、任務はそこで終了していた。私自身が、何より弟子として迎え入れた小黒が事件に深く関わったことで、顛末を知る必要があるとは考えていたし、実際に潘靖にそう話し事件後もなにかと関わり続けていたが、実のところ、こういった枝葉の情報収集は本分ではなかった。それなのに多少強引に理由を付けて同行したのは、ミン先生の語る「風息」に幾分かの興味があったからだ。
     あのとき「風息」に対して、私は明確に怒りを覚えていた。怒りを補強したかったのか、昇華したかったのか、その時は自分でも掴みかねていた。
     薄曇りの日だった。空の端にぼんやりと光が灯っている。太陽の位置はわかれど、その熱は感じられない日だった。白い光は見上げても目を焼くことはなく、ただ止まったようにそこにあった。

     闊達な弟子に出迎えられ、院子に通される。
     門のところからすでに、ミン先生の二胡の音が流れてきていた。弟子の毛毛が声をかけると、余韻を引きながら音がやむ。ミン先生はゆったり振り向き、我々の姿を認めて「おお」と声を上げた。
     「久しぶりだな、無限。それから君は、龍遊の館の執行人だね。立派に努めているようだ」執行人の彼の名を呼び、穏やかに手を広げ、卓へと誘う。名を呼ばれた執行人は、拱手して応える。私は一歩引いたところで姿勢を正した。

     ミン先生は我々の訪問の意図をよくわかっているようで、お茶を勧めながら、こちらの質問にいつもと変わらぬ様子で応じてくれた。けれど風息が【強奪】を使って先生の能力を奪ったというくだりに、ひょいと眉を上げる。
     「奪われたなど、とんでもないよ。転んだ拍子に、うっかり落としてしまったんだろう。あの子はそれを拾ったんだろうよ。久しく使っていなかった能力だったからね、落としたことにも気づかなかった」
     だが、私の能力でお前は怪我をしてしまったようだ。無限、すまなかったね。
     ミン先生は頭を下げる。白い髷がじっと動かず、そのまま数秒が流れた。私は慌てて顔を上げてもらう。破れた鼓膜の痛みはとうに引き、処置も済んでいた。何より先生が謝る道理などないのに。
     館に属さないミン先生は、同様に風息たちにも与してはいないようだった。けれど過去には交流があり、幼い妖精であった時分の風息に、読み書きなどを教えていたことがあるらしい。先生はそう多くを語らなかったが、言葉の端々に、慈しみが伺えた。

     先生の屋敷を辞した後、執行人と二人で報告をまとめる。困り顔の執行人は、報告内容を整えあぐねているらしかった。ミン先生は「落とした」とそういうが、状況からみて風息が先生に【強奪】を使ったのは明白だ。屋敷の中は、話に聞いた画虎の店のように、争った跡も、破壊の跡も見られなかった。先生が自ら風息に能力を受け渡したのでは、という話すら出ていた。つまりは風息の一派だった可能性。
     だが先生はいつでも泰然と、受け入れる器だ。風息の訪いを受け、意図を察し、抵抗の無駄を悟って受け入れたのだろうと、そう思う。

     風息の末を話したとき、茶器を口元に運んでいた先生の手がふと止まった。小さく「そうか」と呟き、結局杯は干されぬまま、彼の膝に降ろされる。小さな白磁の杯の中で、琥珀が揺れていた。先生はゆっくりと息を吐き、もう一度「そうか」と、呼びかけるように声にした。サングラスで伺えぬ視線の先に、四合院の黒い瓦と鈍く光る空がある。そこには、加害者へ向ける鬱憤も、潰えた希望への落胆もなかった。ただただ、旧知を喪った哀しみがあるだけだった。
     彼の被害者としてではなく、故友として知ることを話してくれた、それは先生の優しさだ。
     風息は、誰かに優しさを向けられる妖精だった。

     ぽつりと、足元に雨粒が落ちる。いつの間にか、雲が厚みを増していたらしい。色を濃く変え、不規則にぎざぎざとシミを残した雨粒は、見ているうちにすぐに境界を曖昧にし、地面に吸い込まれていった。




    【虚淮と無限(会話なし)。虚淮の取り調べに同席している無限】

     私が取り調べに同席した例が、ひとつだけある。執行人たちが最後まで捕獲に手間取った、氷の妖精だ。彼の実力の高さは明確に知れるところとなり、万が一の時の抑止力として手近にいた私が呼ばれた。ナタが意外に彼に興味を示していたものの、結局は退いた。「自分を捕まえたナタ様がいたら、話してくれるものも話してくれないかもしれないじゃないですか!」という若水の指摘に憤慨しながら。

     氷の妖精は、こちらの予想に反しておとなしく質問に答えた。計画の概要、各々の役割、事件に至るまでの動き。彼は風息の計画を一番知る妖精だったが、外部にいるだろう協力者については「よく知らない」と答えた。念のため、心霊系の能力の執行人も同席していたが、彼の言葉に嘘はないという。協力的と言える態度だったが、むしろ機械的な印象だった。なんの主張も感情も口にすることはなく、憶測も代弁も交えない。質問には答えるものの、聞かれたことにしか答えない。補足や、こちらの意図を察しての先回りもしない。ただただ淡々としていた。ここにいるのが私でなくナタであったとしても、態度は変わらなかったのかもしれない。
     「もういいと、思ったのかもしれませんね」
     後から潘靖が、報告書に目を通しながらぽつりと口にしていた。
     「我々の欲しかった情報のほとんどに答えてくれています。けれど同時に、己の守るべきはこの中にはないのだと、言っているようだ」


     一度だけ、風息個人のことを聞かれた時だけ、氷の妖精…虚淮は、ふつりと口を閉ざした。
     凪の湖面に波紋が広がるように、その沈黙が場を揺らした。
     見られたいものでもないだろう、とそれまで私は待機していた扉の横で視線を伏せていたのだが、その時は奇妙に途切れた空白に、思わずそちらを見やった。ナタの混天綾と似た効果を持つ道具で戒められた彼は、まっすぐに背を伸ばし、顔を上げていた。熱のない表情で、視線はひたと前に向けたまま。窓のない部屋の中、額から伸びる角が鈍く光を弾いている。不自然な沈黙、けれど執行人が促すより早く、彼は再び口を開いた。
     かつて。
     「かつて地を駆け、そして斃れた獣の見ていた光景を、後から知ることに何の意味がある」
     まっすぐとした彼の視線は、けれど部屋の中のどの執行人のことも、見ていなかった。
     そうして氷妖は、その質問にはそれ以上答えなかった。
     私が見た中で、彼が揺らいだと言えるのはその時だけだった。
     

     虚淮の取り調べがひと段落し、報告書を携えてきた執行人を、潘靖は「ご苦労様でした」と労った。部屋には他にも数人の執行人が、それぞれ真剣な表情で各々の仕事に没頭していたが、そのうちにあって担当の彼は、なんとなくやるせないような面持ちで目を伏せている。それもそうだった。追えば追うほどに、風息たちの計画が確実に根を広げていたことがわかってきたからだ。無謀には違いなかった。最終的には風息、そして【領界】の力に依存する部分が大きすぎる。けれどそれでも賛同するものがいた。ことが起きるまで館側に一切を悟らせなかった。それらの理由に向き合うほどに、自分たちの足元の綻び、死角から突き付けられていた刃、気がつかずにいた数々の事実が、急に鮮明に表れてしまったのだ。
     館も、なにも数百年を安穏と過ごしていたわけではない。反抗は風息たちが初めてなわけもないし、館は館なりのやり方で、ずっと向き合ってきた問題でもある。けれどそこに初めて直面した若い執行人が、慄然となるのは無理からぬことだった。この後の指示に、気丈に返事をしながらも表情の晴れないままの執行人に、潘靖は迷いを見て取ったらしい。生真面目な目元を柔和に細め、言葉を添える。
     「もとより、我々の歩む道は、誰かの均した土地ではありません。艱難は必至。足元の揺らぐも当然です」
     それから表情を引き締めて顎を引き、それでも、と強く張りのある声を上げた。
     「それでも、我らのやるべきは変わらない。再発防止に努める。妖精と人間とのまっとうな共存のため」
     猛禽の瞳がひたと先を見据え、龍遊館館長は、目の前の執行人にだけでなく、その場にいる全員に聞こえるよう宣誓した。杖の握りに添えられた指先に、力がこもっていた。
     「そして、我らが取りこぼしてしまったもの、聞き逃してしまった声に、今度こそ向き合うためです。館は、妖精のための組織なのだから」

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    前半:ミン先生と無限
    後半:虚淮と無限(会話なし)

    唐突に始まり唐突に終わる。
    【ミン先生と無限。事件後先生の家を訪れる無限】


     風息が【強奪】を使った相手には、ミン先生も含まれていた。
     けれど、館にミン先生から連絡があったという記録はないようだった。
     意図はどうあれ、事実がある以上は話を聞かなければならないということで、事件直後の急務をなんとか終えた後、彼を訪ねるという執行人に私も同行したことがある。
     龍遊で起こった事件の後始末は、龍遊の館でつける。本部の意向はおおむねそれであるが、稀にみる大規模な事態となったために、収拾の助けにナタが派遣されていた。けれど私は、少し立場が違う。私の任務はあくまでも風息一派の捕獲であり、それが結果として意を失った以上、任務はそこで終了していた。私自身が、何より弟子として迎え入れた小黒が事件に深く関わったことで、顛末を知る必要があるとは考えていたし、実際に潘靖にそう話し事件後もなにかと関わり続けていたが、実のところ、こういった枝葉の情報収集は本分ではなかった。それなのに多少強引に理由を付けて同行したのは、ミン先生の語る「風息」に幾分かの興味があったからだ。
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