ナンパ无风 待ち合わせ場所に着いた時、無限の姿はなかった。またか、とため息をつきかけ、思い直す。少し前に、携帯に連絡が入っていた。『着いた』。温度のない液晶画面で見るその字面からして、得意げな様子が浮かぶ。たびたび"なぜか"待ち合わせにたどり着けないことに、やつなりに思うところもあるのだろう。たまに自力でたどり着けたときには、逐一報告してくるようになった。俺が先に待っていた時には、開口一番に。俺より先にやつが着いた時には、こんな風に携帯に。
後者の状況は少ないから、よほど快挙を成し遂げた心持なのだろう。何のことはない、今日の待ち合わせ場所は、これまでに何度も使った場所なのだが。
だからまあ、今日はやつが先に立っているはずだったのに、見渡す限り姿はない。
何の変哲もない公園だ。いつもと違うところはといえば、多少遅い時間帯なことくらいか。深夜営業のラーメン屋に食べに行こう、と誘われたのだ。昼間は子連れだの犬連れだのでのんきな賑わいを見せるが、日の気配もすっかり消えて久しい夜半、出歩く人間もまばらだ。
夜を邪魔する街灯の下にひとまず立つ。連絡してみようかと携帯を手にして、確認のため再度辺りに視線を向ける。そのとき、木々のざわめく音に異物を聞き分けた。
途切れ途切れのうめき声。それも複数人。
眉を寄せて音のする方へ足を向ける。やつだとは端から思わないが、状況が似つかわしくない。
果たして植え込みの陰に、5人の男が転がっていた。わんぱん、というやつだろう。全員見事に顔の同じ一か所を殴られ、昏倒している。
「 …… 」
その鮮やかな手際に覚えのある人物を見て取る。ある意味芸術だな、と呆れて立ち上がったところで、「風息、ここにいたのか」と普段通りの声がかかった。
無限が向こうからのんびり歩いてくる。待ち合わせ場所と逆の方からだ。
「 こいつら、お前の仕業だろう 」
「 ……、ああ、そうだね 」
答えるとき一瞬間があって、その時無限は足元のごろつきと、自らがやってきた方角とを見比べていた。おそらく、思っていた方向の感覚と"犯行現場"とが違っていたからだろう。
「 私を女性と間違えたらしい。複数で囲む動作が手馴れていたから、常習かと思って警告したら、逆上して向かってきたので黙らせた 」
「 黙らせた、な 」
能力を使った形跡はないから、まったく同等の立場で対峙してのこの結果だ。同情の余地は一切ないが、その時の状況を思い浮かべると、相手にとってはまあ恐怖だったろうなと思う。暗がりにひとり立つたおやかな美女が、一瞬のちに閃く稲妻のごときスピードで拳を繰り出してきたのだ。いや異常すら感じる余裕もなかったかもしれない。自分たちは狼の気分だったのかもしれないが、せいぜい数に有利があっただけの所詮牙のない人間だったということだ。
警察にも連絡した、と涼やかな顔で言うので、ならもう構うことはないなと踵を返す。
「 今日はせっかく風息より早く着いたのに 」
「 そっちは今後お前次第でいくらでも機会があるだろう 」
空腹のスパイスにすらならなかったのだろう運動をした無限は、俺の言葉にわずか寄せていた眉をゆるませた。それだっていつもの無表情だが、いくぶん機嫌がよくなったらしい。
とるに足らない呻き声の雑音を除けば、あとは穏やかな初夏の夜だ。闇に濃くなる白い花の芳香が風に乗って届く。ぬるい夜風に促されるように、二人並んでラーメン屋に向かった。