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    イロドリ

    プロフ画は(相互さんが描いてくれたイラストの)マイイカ君。

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    イロドリ

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    吸血鬼パロこへ長の進捗。冒頭。

     ────夜。それは逢魔ヶ刻を過ぎた時間。

     魑魅魍魎が、怪異が、闇の中で跳梁跋扈する刻。


    「うぬ」


     聳える建物に宿る明かりやそこ行く道の街灯がいくら夜を真昼のように照らそうと、遠ざけられない者がそこに在る。

    「其処なうぬ。人間だな」
    「……っ、……!?」


     青天の……暗天の霹靂。突然くらやみから姿を現したソレに、少年は腰を抜かしていた。


    「寝ない子、悪い子、どこの子だ? こんな時間に童が出歩くもんじゃあないぞ。特にうぬのような美味そうなやつは尚更だ! さもないと」


     その視線の先で電柱のライトが照らし出した、影を持たぬ青年。輝く満月を溶かし込んだ金色の魔眼と牙を覗かせた三日月の口が、嗤う。


    「こうして吸血鬼に捕まってしまうからなあ」


     ────二つの人影が、薄ら寂しい路地裏に消えた。





    グヂュ。

    「……ぃ゙、あ゙ッ」

     遠くからぽつりと街灯が差し込むだけの、夜影の海に沈んだ路地裏。叩きつけられるように壁に追いやられた少年はそのままずるずるとへたりこむが、身動ぎすら許さないとばかりに全身で押しかかられ。無防備に曝されたその細い首筋に顔を寄せた吸血鬼の欲望に濡れた牙が、ついに少年の柔らかい皮膚を食い破った。

    ず、ずる……ズル……

    「……、っ、…………、……!」

     ドクドクと逸る心の臓から送り出されるさま、首筋から際限なく血が失われていく。血と共に熱も意識も流れ出していくかのような壮絶な感覚は、胸板を押し返そうとしていたわずかな抵抗の芽すら散り散りに霧散させた。一つに結われた栗色の髪が、深く吸いつかれる度にゆらゆらと揺さぶられる。人ならざる怪物が己の血を啜る音を聞いている……

    「ぅ……っく、う」
    「呻くな。このまま首をへし折るぞ」
    「!」

     ずちゅ、とねとつく耳障りな音を立てて不意に口を離したかと思えば、首に耐え難い痛みが走って世界が傾いた。男が少年の頭に手をかけ傾がせているのだ。もしほんの少しでも声を上げれば自分は死ぬと、幼い子どもの本能にすら憚る怪力で。とはいえ、叫びたくても中々どうして怯えきった喉はきつく締まっており。吸血鬼がこんなことをしなくても、この口から音が飛び出すことはないのだろう。
     痛みに呻くな、恐怖に声を上げるな、などと。何という無理強い、何という暴論、何という暴君ぶりか。……けれど、まだ死にたくない。こんなところでこんな風に殺されたくはない。ただ味気ない日々を送っていただけなのに、急に非日常に襲われて誰にも気づかれることなく死ぬなんて、そんなのは嫌だ。
     そんな生への執着を胸に抱きながら、再びずぷりと食い憑かれて痛みと恐怖の時間をやり過ごす。首筋に顔をうずめて動かない男のぼさぼさと長い髪束をただ見つめ続けること、数十秒。

    「……、……」
    「……こんなところでいいだろう」

     ぬちゃ、と糸引く血を舐め取りながら体を離した。朦朧とする意識の中で確かな輪郭を保ち存在を主張する男は、血を吸う前以上に凄味を増している。

    「呻くなと言いはしたが……うぬ、よくあれを耐えたな! 唾液の媚毒を使わないでする私の吸血は、大の人間でも悶絶するようなものだぞ?」
    「……」
    「なははっ、口も利けないか! おうおう、涙まで流して……まこと無様で愛い奴よな」

     屈託のないその笑みはあたかも太陽、満開の向日葵のようである。しかし今はその面影すらない冷えきった夜。男の底知れぬ影を落として見せつけられるそれは、笑顔の主のせいで生死の境を垣間見た少年にとって、恐怖そのものでしかなかった。

    「……上質で私好みの血だった。一夜限りのものにするにはあまりに口惜しい……」
    「……?」
    「よし、決めた!
     今宵よりお前は私のものだ!!」
    「!?」

     もそもそ何か呟いていたかと思えば途端の大声。言うが早いか吸血鬼は再び少年の首筋に口を寄せてくる。もういいと言ったはずなのにまた吸われるのかと、少年は身を強ばらせた。
     が、耐えんとしていた痛みは一向に訪れない。代わりに男の唇が先の噛み跡に触れた柔い感覚があり……そして強く、強く皮膚を吸われた。

    「ふふん。初めてやってみたが存外上手くいくものだ。さて人間、これから私がお前にありがたーい話をしてやろう! 一度しか言わないからその耳かっぽじってよく聞けよ?
     先の口づけで、私はお前に跡を残した。この人間は私の餌だ、お前の命は私のものだ、と示す印だな。そして、今からこの印を呪印に変える」

     立ち上がろうとする気力すらなく、ぐったりと壁に寄りかかる少年。力なく項垂れた首に残る噛み跡にトン、と爪先鋭いヒト差し指が触れ、強く押し込まれた。

    「『一つ。私が空腹を感じると、お前の呪印が熱を孕む。その熱を感じたならばお前は直ちにこの路地へ赴き、その血を私に捧げろ』」
    「……」
    「『一つ────お前は、私に出逢ったことを誰にも話すな』」

     降り注ぐ月光。
     緋色の魔眼。

    「『だが、まあ? どうしてもというなら話しても構わん! お前が責任を持って好きにしろ! その時はお前諸共、お前が口を滑らせた者すべてを殺す。漏れなく。一人残らず。骨まで残さず喰ってやろう。
     私はずっとお前を見ているからな』」

    血迷っても私の支配から逃れようなどと思わないことだ。

     ドクン、と一際強く心臓が鼓動した。首筋から生まれたじゅくじゅくとした熱が脳髄を痺れさせ、ガク、ガク、と身体を痙攣させながら少年の全身に広がっていく……しかしある瞬間、急速に治まる。これはいわゆる鳴らし、模擬試験というやつだろうと、息も絶え絶えの中、少年は吸血鬼からその身に受けた呪いを生身で感じていた。

    「わかったか?」
    「……、っ、……!」
    「お前に聞いている。返事をしないか、人間」
    「〜〜、〜〜〜ッ!!」
    「そんな目で見ても無駄だぞ。目は口ほどに何とやらと言うが、代わりにはならん。口封じの呪いをかけられているのでもあるまいに────あ゙」

     しまった、という幻聴さえ聞こえてくる一声。吸血鬼が真一文字に指を軽く振った。

    「っはあっ! はあっ、っは、はッ、はあっ」

     それだけで、見えない手に絞められているかのようだった喉が開放された。ずっと息を詰められ生殺しにされていた少年は、溺れていた人間も斯くやとばかりに必死で呼吸を繰り返す。

    「そういえば私、お前に口封じの呪いをかけたか! いやーすまんすまん、そりゃ口が利けないわけだ! まあ言葉は封じたが発声を禁ずる作用はないから、結局お前は自力であの吸血を耐えたんだな。偉いぞ、よく頑張った!
     それで、返事は?」
    「は、はい……! わかり、ましたっ……!」
    「ならば良し!」

     またあの笑顔をしてみせた吸血鬼は立ち上がり、徐に身なりを整え始める。少年はようやく、その全貌をまじまじと見る機会を得た。

     現代ではとんと見かけぬ和装である。それも着流しなどではなく、松の紋入り羽織と袴を纏った正装。そして全てが黒、黒、黒。そんな男……否、青年ほどであろうか。とまれ彼の発する気位と品位、そして荘厳さたるや、現代でも稀に見かける昔気質な壮年の男たちに引けを取らぬものがあった。
     皺一つ見当たらない袴。そこから伸びる足は一切の素肌を曝さず、その全ては黒い足袋に覆われ、やはり黒檀のように艶やかな草履を履きこなす。解いた元結を口に咥えて結い直す傍ら、髪を束ねるべく腕を持ち上げた。黒い襦袢、黒い着物がずり落ちて惜しげなく曝された前腕は、意外にも筋肉質で健康的な血色だ。袖のない羽織の裾が、秋の寂しさを想わせる夜風にはためいていた。
     しかし、どうしたことだろう。……吸血鬼の出で立ちをよく見てみると、羽織も着物も黒色ではないことに少年は気がつく。夜闇に紛れて黒色とほとんど見分けがつかない、深緑であった。
     身繕いに満足がいったのか最後に一つ前髪をかき上げる。ざり、と草履がコンクリートを踏み締めこちらに向き直れば、細められていた目もすっかり真ん丸の元通り。たったそれだけの仕草が大人顔負けの色気を放つ。ゆらゆらと捉えどころのない衣で身を包もうとも、隠し切れない力強さ。それはまさに益荒男振りと讃えるにふさわしい。同性であるはずの少年でさえも思わず目を奪われてしまうほど。自分ともさして歳が離れているようには見えないのに、何がこの青年をこうも男たらしめるのか……それとも。

     それ自体が、この男の魔性そのものなのか。

    「改めて言っておこう。お前の血は本当に美味かった。だからこそその血を他の何にもくれてやるつもりはない! だからお前も、私の家畜として『相応しい』振る舞いを心がけるといい。どんな行為で私の逆鱗に触れるかわからんぞ?」
    「……わかった。私は、あなたの言いつけを守る。だから私以外の人たちには手出ししないで」
    「おう。私は守れない約束はしない男だ! では今宵はもう解放してやろう、だがゆめ忘れるなよ、人間」

    お前は、私のものだ。
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