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    ニトー

    @HikNit_16_

    灰禾にとう(ハイカニトー)
    シリアス厨ド腐れ字書き
    性癖と欲望に忠実🤗
    🔞高校生含む18歳⬇の閲覧( ˙꒳​˙✖️)
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    ニトー

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    リクエスト➀「ド田舎村の土地神様ゆじくんに一目惚れした都会っ子の夏さん(ショタのすがた)が、必死に猛アタックし続けて、数十年かけてようやく神嫁(攻)にしてもらえる…」の方。リクエストありがとうございました。

    #夏虎
    xiaHu

    さらって、白昼夢 片田舎の山奥にある社はとうに朽ち果て、崩れたしめ縄と綻び続ける鳥居とで辛うじてそこが嘗ての神域であったことが察せられる。鬱蒼と生い茂る森に管理者はおらず、年老いた地主は古くからの言い伝えと村の掟とを律儀に守り、不用意に足を踏み入れる事もなかった。
     あの奥におわすは神なんぞ崇高なものではない。古くからある呪物は強固な封印をついぞ破って瘴気を撒き散らし、周辺一帯を呪霊の溜まり場にしてしまった。村人が幾人も被害にあい始めた頃、当時の長はこの呪物を祀りたて、仮の名を神とし、社を建てて事の終息を図ったのである。
     人身供養とは名ばかりの贄は両親のいない子供であった。村の為にと銘打って子供を仮小屋へ押し込め、瘴気溢れる社のその中で呪物と共に一夜を過ごさせた。子供は空腹に耐え兼ねて呪物を飲み込み、そうしてそのまま、その身は呪いの檻として社に根付いた。ひとはそれを神として崇めることで幼子への罪悪感の払拭とし、おぞましい存在による人死にがこれ以上でないことを願ったのだった。
     そうして長らくと奉られた社の中で子供は眠った。時折訪れる村人の祈りの声を聞いたり、供え物を眺めたりして時を過ごし、そうしていつかしか、社を訪れる者がいなくなったことを悟った。人々は徐々に社と贄の子供を忘れていったのである。
     社の床が抜けようと、鳥居の塗装が剥げようと、子供は何もしなかった。出来なかった。幾年月をも過ぎるのをひとりでじいっと、耐え忍ぶ他に選択肢はない。肉体が朽ち、取り込んだ呪物がすっかり馴染んでしまった頃に、子供は再び眠りについた。山間の呪霊は数を減らしていたし、訪れる者のいない社でやれることなど限られていたからである。
     ふと物音に目を覚ましたのは、それから数千年あまり経ったある日のことだった。遠く、山林を駆け抜ける足音がひとつ。草木を踏み、息切れに寄せて何かから逃げるその気配は、暫くぶりに人がこの地へ踏み入ったことを示すものだ。
     寝ぼけまなこを擦って体を起こし、悠仁は古い社の外に出た。体は青年の姿を取っている。古びたボロ雑巾のような着流しの埃を払い、煩く喚く蝉の声を聞く。ぐっと背伸びをしてから眩い太陽光と青空を見上げ、急いて近づく足音を迎えるために鳥居に張った結界もどきを解いてやることにしたのだった。

     駆け込んできたのはまだ幼い子供である。利発そうな顔立ちの少年が汗だくで社に駆けこんでくるのと入れ違いに、悠仁は子供を食らわんとしていた呪霊を祓った。横へ片手をひと払いしてやって、ビシャビシャ降り注ぐ呪霊の残骸から身を翻す。
     廃れた社の隅っこでガタガタ震える子供は、どうやら呪霊のことも悠仁のことも見えているらしかった。珍しいお客さんが来たものだと、とりあえず、悠仁は子供と距離を置いて石段に腰を下ろした。
    「大丈夫か? 怪我してねえ?」
    「……今の、なんですか」
    「今のは呪霊。オバケみたいなもんかな」
    「じゅれい」
    「ああいうの、よく見る? 普通の人はあんまし見えないんだけど」
    「……おかしいですか。あれが見えるの、変ですか」
    「いや、別に。珍しいってだけでいないわけじゃねえし」
     もてなせるものは何もない。水も食べ物も、どころか雨風を凌げるかどうかもあやしい掘っ立て小屋だ。早々に子供を村へ返すのがいいだろう。親御さんだって心配しているだろうから、山を抜けるまでは一緒に歩いていってやろうと。
     怯えながらも子供は社の隅からそうっと出てきて悠仁の隣にちょこんと座った。玉のような汗を袖で拭い、あなたは、と恐る恐るの視線が見上げてくる。
    「神主さんですか」
    「そんな立派なもんじゃないよ。忘れられちゃった神様みたいなもん」
    「神様?」
    「大きい括りで言うとね。実際はそんないい話じゃねえから、詳しく言えんけど」
    「そうですか、……あの、名前を聞いても?」
    「あー、俺、自分の名前忘れちゃったんだ。ずっと寝てたから、正直、外がどうなってるかもわからん」
     数千年前に比べて山間の様相も随分変わってしまった。動植物の種類から天候から何もかも、昔とは一変している。住み着く呪霊の種類も昔とは変わっているのだろうか。子供を追っていた呪霊は祓ってしまったから、そのあたりはわからないままである。
     社の向こうで遠く、子供を呼ぶ声が聞こえてきている。探してるからもう行った方がいい。そう諭して子供の手を取った。振り払われなかったからそのまま、手を繋いで鳥居の傍までゆっくり歩く。
    「森に入るなって言われてねえ?」
    「……言われてたけど、あんなものに追いかけられたら、逃げるしかなくて」
    「そりゃそうだ。でももう来るなよ、あぶねえから」
    「あなたに会いに来るのも、だめですか」
    「一番ダメ。たまたま今日は起きてたけど、次は助けてやれるかわからないし」
    「でも、まだあなたとお話したい」
    「ませてんなあ。大丈夫、きっと他にも見えるやつはいるよ。ひとりじゃない」
    「名前を聞きに来ます、また来年、絶対に」
     だからまた、会ってくれますかと少年は悠仁の手をぎゅっと握った。いいよ、来年また、お前が覚えてたらね。そう返して鳥居の外へと子供の背を押してやる。トン、と一歩、外へ出た子供は朽ちた鳥居から振り返り「約束して」指切りげんまん、とひとりで小指を向けるものだから、思わず笑った。


     翌年から子供は社を訪れるようになった。何度言っても聞きやしないから、仕方なく、悠仁も森からの道を整備してやる他なかったし、湧き出る呪霊をどうにかしてやって、子供のために日夜、森と社とを巡回するようにしたのだ。
     性懲りもなく子供は毎年夏の頃になると現れて、飽きもせず毎日のように悠仁を訪ねた。約束したから、来ました。子供はまっすぐ悠仁を見つめてそう言い、夏油傑ですと名乗った。この歳の子供にしては礼儀正しく、随分流暢にはきはき喋るなと思った。神様だとかそういう名の付く人ならざる存在に気安く名前を教えるものではない。釘を刺して言ったのに、私も名乗ったのであなたも教えてくださいときたものだから面食らった。神経が図太すぎる。
     傑は毎日、朝日が昇ってから太陽が高くなって暑くなる前に来て、水やお菓子、夏休みの宿題を携えて日がな一日をおんぼろ社で過ごし、夕方、暗くなる前に追い出されて渋々下山する。普段は東京に住んでいて、夏休みになると両親の親戚がいるこの田舎町に来るのだと言った。何千年も前から山を下りたことがないから、傑の言う東京がどこだかもわからない。そう言えばわざわざ地図を持って来て、ここが東京、こっちが今いるところ、なんて小さい手で教えてくれた。
    「首都です、日本の中心」
    「京都じゃないんだ」
    「そんなに昔から生きてるんですか」
    「生まれたのは昔だけど、今何歳かもわかんねえし、こうなってから〝生きてる〟って言うのかもわかんねえけど」
    「神様になるには、何千年もかかるもの?」
    「なりたくてなったわけじゃないから、そのへんはわからん」
     難儀なものだなと思う。贄として捧げられて以降、誰も訪れなくなって数千の年月が過ぎて、こうしてよく知りもしない子供と語らっているのだから、何が起こるかわからないものだ。
     崩れた社の屋根に持ってきた布を被せて日除けにし、影の下で傑は宿題を広げて鉛筆を動かした。日記を毎日書いたり、自由研究をしたり、休みと銘打つ割にあれこれやることが多い。忙しいだろうにわざわざ来なくていいよと言えば、傑はムッとして唇を尖らせた。
    「あなたに会いたくて来てます、そうじゃなかったらこんな田舎、わざわざ来ない。蝉は煩いし、虫は多いし、呪霊もすごくたくさん」
    「見えるやつってのは大変だよな。その、なんだっけ、東京だっけ。そっちにはいねえの」
    「いますよ、いっぱい。あっちはでも、人の目が煩くて」
    「そうなんだ、小さいのに苦労してんだな」
     傑の両親は呪霊が見えない。親族でも見えているのは傑一人で、昔から気味悪がられていたのだと子供は言った。短くなった鉛筆を削ってやりながら、ちょっと休憩すればと広げっぱなしのノートを閉めてやる。傑がごろんと横になり、悠仁の膝に頭を乗っけて「聞いてもいいですか」パチリと黒いまなこを瞬いた。
    「神様は忘れられると、力が弱まったりするって」
    「そういう話もあるな」
    「消えてしまうかもって聞きました。記憶から消されたら、存在もなくなる」
    「それでいいんじゃねえの。俺は元々、呪物っていうヤバいやつをどうにかしたくて、ここにいるから。そんで、記憶から消えていったほうが、村のためにもいい」
    「あなたが消えるのは、嫌だ」
    「じゃあ、傑だけ覚えててくれたらいいよ。ここで神様モドキがいたなって」
     子供の頃に見た、ひと夏の不思議な思い出にしてくれたらそれでいい。見える人間が山を出入りしていると、どうしても呪霊やその手の怪異が騒ぐから、傑はこの地に長居すべきではないのだ。
     伸びて来る小さい手のひらが悠仁の頬を撫でた。体温を感じることはできなかったけれど、あったかい手だなと思った。


    「あなたの名前を聞きました。祖父の納屋にある古い書物にあって、あなたのことだと口を割ったんです」
     学生服に袖を通した傑が社の前で言った。歳を重ねるごとに子供は子供ではなくなり、幼かった少年の面影を残したまま、大人への道を一歩ずつ進んでいるのだと感じる。大人っぽくなったな。言えば「誤魔化さないで」ムスッとして唇を尖らせるから、そういうところはまだ何も変わっていないようだった。
     六月の初旬で梅雨もそろそろという頃である。夏休みでもないのに訪れた傑は濡れた山道を通って社を訪れ、祖父が危篤でと語った。老衰に重なった持病の悪化で、村にひとりだけいる医者のじいさんが「明日か明後日が限界だろう」とそう言ったのだとか。
     神頼みなんてしに来たわけではないようで、傑は最初に言ったように、悠仁の名を知りたくて死にかけの祖父を問いただしたらしい。村に住む長老連中はとかく口が堅い。古くからの言い伝えや掟に厳しく、孫の代にまでそれを背負わせたくないのだと頑なに口を割らなかった。
     山へは行くな、あそこは神様の領域だ。むかしむかしに踏み入った痴れ者がいて、そいつは神の怒りに触れてしまった。それきりそいつは帰ってこない。あの山にひとが入れば食われて死ぬ。社は神を奉るためのつくりもの。関わるなと祖父は傑にそう言い続けていたらしい。
     とは言え傑は悠仁が見える。呪霊やそれに類する近しいものも、普通の人が目に見えぬ怪異諸々、彼にはわかってしまうのだ。祖父の言葉を信じなかったと傑は言った。それで、何か隠し事があるのだと、死にかけの老体に問い詰めたそうな。
    「どいつもこいつも、嘘つきばかりだ。あなたは、悠仁は、人身供養でここへ放り込まれたのに、どうして」
    「そういう慣習とかあった時代の話だよ。傑のおじいさんだって、悪気があったわけじゃない」
    「子供だったと聞いています、記録を読みました。犠牲を出してまで、そうまでして生き永らえたいのかと、悍ましさに吐き気がしたんです」
    「結果的に呪物は俺が取り込んで落ち着いたし、村で死人もでなくなった。いいんだよ、もう過ぎたことだ」
     お前が気にすることじゃないよ。言って、濡れた黒髪ごと頭を撫でてやる。薄暗い色のまなこが瞬いて悠仁を見つめた。畳んだ傘を足元へ放り捨て、一歩、悠仁の前に体を寄せる。
    「怒らないのは、どうして」
    「怒れねえよ。俺以外にも、たくさんの人が犠牲になってる。呪霊のせいで、いっぱい死んだ」
    「あなたが怒らないから、代わりに怒りをどうにかしたかったのに、できなかった」
    「しなくていいよ、気持ちだけで充分だって」
    「……呪術高専からスカウトがありました。私のように呪霊が見える人が他にいるって」
    「そっか、よかった。傑がひとりにならなくて、友達もできるじゃん」
    「呪霊を祓って、人々を助ける仕事だと。見える人にしかできない、特別なものだと言われました。……友達は、いりません。悠仁さえいればいい」
     あなたの傍にいたい。悠仁をひとりにする方が、消えてしまう方が何倍も恐ろしいのだと傑は言った。最初の日みたいに手を取って、ぎゅうと握り締めながら「悠仁が好きだから」なんて、むず痒いことをさらりと言ってのける。
     若さ故か、吊り橋効果的な、そういう危機的状況で助けてもらったドキドキの勘違いか。あるいは見える共通点が重なっただけの、そういう類の幻想だと言ったところで傑は聞きやしないのだろう。ませてんなあ。言って、握り締めてくる手のひらを解いた。大きくなった手のひらは悠仁と大差ない。
     また来ますとそう言って傑は山を下りた。もう来るなよといつものように背中に言ったけれど、返事はなかった。


     後輩が死にました、任務先で、報告にあったより呪霊の等級が上がっていて、太刀打ちできなかった。傑が暗い声でそう言った。呪術高専の制服に身を包んで二年目、後輩ができたのだとつい先月、巡回の折に社を訪ねてそう言っていたばかりだった。
     同級生は二人、東京の端っこにあって、都会っぽくないのだと入学した年にそう語っていたのを思い出す。ここに比べたらそこまで田舎臭くないけれど、なんだか少し懐かしい感じがしますと傑は言った。一年生とは言えど呪霊の数が多いから跋除の手が足りておらず、授業の合間で跋除に駆り出されているのだとも。
     黒い制服は中学の頃に見たそれと似通っている。とは言え呪術高専に入学してからは日頃の訓練と任務で立派な体躯となり、子供の頃の影はすっかり薄らいでしまった。いつの間にかピアスも開いていて、俗に言う不良とやらなのかと疑った程である。あんなに真面目で丁寧な物腰の少年が、こんなにも変わってしまうものかと思ったし、そうは言っても人の成長なんてそんなものかと妙な納得もあった。
     静かな夜にふらりと使役する呪霊に乗って現れた傑は顔色が優れなかった。月明かりのせいかとも思ったが、目元に蓄えられた隈は彼の不眠を物語っている。すっかり朽ちた鳥居の脇を抜けて石段に座り、わからなくなったんですと、傑は呟いた。
    「何の意味があるのか、時折、わからなくなる。術師は非術師を守るためにあるのだと、そう思っていたのに、気が付くと不条理に晒されているんです。……呪霊は非術師からうまれるのだと学びました。どうして彼らが生み出したものから彼らを守るために、術師が命を落とさなければならないんでしょうか」
    「難しいね、俺はそういうの、よくわからんから」
    「理不尽だと思いませんでしたか。悠仁が贄として選ばれた時、どうして自分なのかと、少しも疑問に思わなかった?」
    「そりゃ多少はあったかな。でも、口減らしなんだよ、体のいいこじ付け。俺親もいなかったし、親戚の家も裕福なわけじゃなかったから。いなくなった方がみんなの為になるって、知ってたから、嫌だとは言えなかったけど」
    「……そんな不条理を、どうして、受けいれたんですか」
    「昔の記憶ってもう殆ど思い出せねえんだけど、でもさ、俺、親はいなかったけど、育ててくれたじいちゃんがいたんだ。こうなる前に死んじゃったけど、じいちゃんは死ぬ前に〝人を助けろ〟って言ったんだよ。お前は強いから、助けてやれって。だからってわけじゃねえけど、俺がここに来て人を助けられるなら、それでいいかなって思うことにした」
     昔の話だよ、もう過ぎたこと。恨みも憎しみも怒りもない。だからこそ取り入れた呪物は悠仁の肉体で朽ちた。檻となったまま、長い年月を経て馴染んで根付き、人ならざるものへと変化した。
     とは言え全て結果論だ。今だからこそ、昔の話だとそう言えるだけで、現状、不条理に直面している傑には何の解決策にもなりはしない。気休めを聞きたくて来たわけではないのだろう。そういう性格だと知っている。壁にぶち当たって、悩んで、解決を試みて、どうしようもなくなって、そうして初めて傑はやっと、ここへ来られる。
     無碍にはできなかった。子供の頃から知っている。呪術高専に行って、なんやかんやと言いながら同級生と三人、楽しくやっているのだとも聞いていたから、尚更放ってはおけなかった。ようやく吐き出された苦しみを、伸ばされた手を、見なかったことにできない。
     石段に降りて隣に腰を下ろした。社は相変わらず崩れかけのボロ小屋だけど、山間はあんなに湧いていた呪霊がここ最近で数を減らし、昔に比べて随分静かになっている。定期巡回と称して傑が立ち寄り、その度に小さい呪霊も根こそぎ祓ってくれているのだ。
    「スーパーマンっていうんだっけ、前に傑が見せてくれた映画」
    「ヒーローの話ですか」
    「そうそう、超人ってか、すごいパワー持ってる系の。でもさ、別に力があっても必ず世界を救わなきゃいけないわけじゃねえじゃん」
    「……持たざる者より、選ばれていると自負があるのに?」
    「それはそれ、他所は他所。しんどいなら一回、離れてみるのもありかなって」
     お休みしてみたら、ちょっとだけ。しんどいのなくなってから、また、戻ればいいんじゃねえの。仲間が死ぬのはつらいし、悲しいのわかるけど、それで気負い過ぎてんだよ。言えば、僅かの沈黙を噛んでから「傍にいてもいいですか」隈で真っ黒にした目元を向けて傑が言った。夜風に吹かれて消えそうなくらい、小さな声だ。
    「いいよ、今更だし。来るなって言っても、勝手に来ちゃうだろ」
    「悠仁が好きだから。結婚したいけど、どうしたらいいかも、わからなくて」
    「物好きの度を越してねえ? 婿入りすんの? 土地神モドキに?」
    「悠仁と一緒にいられるなら、何でも。形式は別に拘らないから、最初は呪霊躁術で取り込めないかとも思ってました」
    「うわ、物騒。聞かなきゃよかった」
    「使役したいわけじゃないから、それじゃ意味ないので。でも、そうなったらもう、私がそっち側に行くほかない」
     どっちがいいか、決めてください。なんて冗談めいて言いながら傑がごろんと体を横たえた。勝手に悠仁の膝に頭を乗せて「少しだけ」貸してください。そう言って目を閉じる。数分もしない内に寝息が聞こえてきたから、朝までは起こさずにいてやろうと思った。


     持ち込んだ古い本を捲りながら「屠毒筆墨だよ」傑は言った。和綴じの背表紙をさらりと撫でてから、年季の入った罅割れの表と裏とを翻す。読んでいた途中のページに指で栞をし、それから一緒に持ってきた水筒を傾けてマグカップにコーヒーを注いだ。どれも傑が持って来て勝手に置きっぱなしにしているものだ。
    「とどくのひつぼく?」
    「そう。読んだ人に害を及ぼすとされる書物」
    「あぶねえじゃん」
    「噂話程度のもので、信憑性に欠ける呪物だったんだけど、取りに行ってみたらとんでもない物だったよ」
    「そんなもん読むなよ」
    「どうして? 気にならない? 何が書いてあるのかって」
    「だとしても読まねえだろ、普通」
    「文献だと記述がないんだ。紅楼夢って、清朝中期の乾隆帝時代に書かれた長篇章回式白話小説なんだけど、それにちょこっと出てくる程度で、詳しいことは何も」
    「もしかして難しい話してる? それとも俺の事バカにしてる?」
    「どっちも」
     知識のない非術師が、そうと知らずに書物を読んでしまうと影響があるのだとかなんだとか。そう言いながら古い図書館に眠っていたその一冊を跋除のためだと称して持ち出したのだと傑は言った。呪術高専の関係者ですよ、だから大丈夫、どうにかしますので、なんてうまい口八丁手八丁は常套手段だ。
     あれこれ悩んだ青い春を過ぎ、傑は結局、術師をやめた。というか昼間は別の仕事をしていて、副業として時々手を貸しているらしい。高専時代の稼ぎで土地を買って駐車場にして貸したり、株をやってどうのと聞いたけれど、悠仁には殆ど理解できない話ばかりだった。毎日一生懸命働かずとも食べていけるらしいことだけ知っている。
     フリーランスの特級呪術師なんて存在を高専が容認しているのか、勝手に傑がそういう存在を押し通したのかはさておき、昔ほど目元に隈を溜め込むこともなくなった。そうは言っても時々嫌な夢を見て魘されることはあるからと、その度に社を訪れては悠仁の膝を借りていく。そんなところは何一つ変わっていない。
     相変わらず突拍子もない事を突然やってのけるので、高校を卒業して暫く、半年ぶりに訪れた夏油があれこれ持ち込んで、トンカンひとりで社を修繕してのけたのはさすがに驚いた。雨風凌げるだけでは今の時代不十分だしなんて言って、寝泊まりするのに快適な空間をリノベーションしたのである。
     東京にはマンションがあるし、電波も怪しいこんな田舎に来る理由などないだろうに、土地の権利を買ったから私のものだし、私のものをどうしようと勝手だろうと、そう宣った。それから傑はもうずっと、この何もないド田舎に居座り続けている。観光客どころか村人だって近寄らない、辺鄙の社を綺麗にして居住地に仕立て、悠々自適な毎日を送っているのだ。
     時々高専から連絡が入るからと、その時は渋々と重い腰を上げてどこかへ出かける。特級呪術師は数が少ないらしく、厄介な呪霊の出没が確認された時だけ救助要請が入るのだとか。それで折り合いがついているのならいいんじゃないかと、傑の好きにさせている。
     昼下がりの心地よい風を頬に受けながら、傑は読み途中の本を閉じて「悠仁」柔らかな声でそう呼んだ。いつの間にか誂えた縁側からだらりと落とした膝の上、猫みたいに寄ってきて、許してもいないのに勝手に頭を乗せてくる。見上げる瞳がゆっくり瞬き、それからそうっと伸びて来る手のひらが悠仁の頬を撫でた。
    「悠仁は変わらないね。神様って歳を取らないのかな」
    「ここ数千年は変わってねえから、多分そう」
    「嬉しいな、一目惚れしたあの頃のままずっと、君が変わらないでいてくれるんだ」
    「眼科行ったか? あとなんだっけ、脳の検査とか、人間ドック?」
    「物好きなだけ。悠仁も知ってるだろう」
     ずっと好きだよ、知ってるくせに。毎年ずっと、君に会いに来てたんだから。
     会った頃は小さかったくせに、傑はぐんぐん身長を伸ばしたから、とっくに悠仁の背を抜いている。変わらないのはまっすぐ向けられる黒い瞳と、相変わらずの言葉だけだ。
    「そろそろ婿入りさせてくれる?」
    「まだ言ってたの、それ」
    「色々試してみようと思ったけれど、どれも確実性がないものばかりでさ。もうそれなら、直接求婚を認めさせるしかないかなって」
    「強引だなあ」
    「不自由はさせないよ。そこらの呪霊は祓ってあげるし、社ももっと快適にしてあげる」
    「そういうのは別に、拘らねえけど」
    「悠仁がほしいものって、ないの。私があげられるものは、何もない?」
    「いいよ、もうもらってるから」
     記憶から忘れ去られた神は消えてしまう。実際にどうだか知らないけれど、こんなに廃れた田舎の神様モドキが消えなかったのは、偏に熱心な物好きくんが求愛を続けてくれたおかげだと思っている。忘れないでくれたから、もうそれでいい、充分だった。
     春風に靡く短い毛先を撫でながら、傑が「もう諦めたら」知った風に唇を撓ませる。伝わってるでしょう、知ってるでしょう。どれだけ傑が頑固なのかも、どれだけ悠仁を一途に想っているのかも。全部皆まで言わずとも、知っているくせに。そうやって笑いながら、ぐっと頭を引き寄せる。重なる影に寄せ、薄く唇を重ねて濡らした。
    「結婚して、悠仁。一緒にいたいから、そばにいさせて」
    「仕方ねえから、あとじゃあ、百年後くらいに」
    「本当? じゃあ、約束して」
     指切りげんまん。寄せられる小指を、今度はちゃんと絡めてやった。
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    ニトー

    DONE未練タラタラ元彼夏油の話。味噌さんと交換会しよ♡っていって生まれました。漫画「やさしいミルク」のセリフに影響受けてます。続いたらどっかに収録します。
    2番までは知らない 面倒くさいことになったなと思った。嘘や隠し事がうまい方ではないから、きっとこう思っていることが顔に出てしまっているかもしれない。とは言え本音も建前もクソもなく、最高に厄介だと思っているから、そう思っていることが相手に伝わろうが構わないとも思った。
     元凶こと夏油傑は、そんな虎杖の様子を実に楽しげな様子で伺っている。虎杖の反応もこの状況も何もかもが想定内とでも言わんばかりだ。ぷかりと煙草を吹かして脚を組み替え、なんとも優雅な所作でもって夏油は「君の担当になったんだ」そう言った。嘘であってくれと願わずにはいられない。

     虎杖は呪術師だ。両面宿儺という特級呪物を抱えた特大の爆弾でもある。もちろんこうなるまでには紆余曲折があり、数多の大変なことと上層部の腐ったミカン共との闘いもそれなりにあった。障壁全てをどうにかこうにか乗り越えられたのは偏に五条や呪術高専のみんなのお陰である。宿儺の指を半数以上取り込んで尚、地下の怪しげな部屋に幽閉されることなく術師としてやっていけるのも、そういう色々を乗り越えた故だった。
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    ニトー

    DONEリクエスト➀「ド田舎村の土地神様ゆじくんに一目惚れした都会っ子の夏さん(ショタのすがた)が、必死に猛アタックし続けて、数十年かけてようやく神嫁(攻)にしてもらえる…」の方。リクエストありがとうございました。
    さらって、白昼夢 片田舎の山奥にある社はとうに朽ち果て、崩れたしめ縄と綻び続ける鳥居とで辛うじてそこが嘗ての神域であったことが察せられる。鬱蒼と生い茂る森に管理者はおらず、年老いた地主は古くからの言い伝えと村の掟とを律儀に守り、不用意に足を踏み入れる事もなかった。
     あの奥におわすは神なんぞ崇高なものではない。古くからある呪物は強固な封印をついぞ破って瘴気を撒き散らし、周辺一帯を呪霊の溜まり場にしてしまった。村人が幾人も被害にあい始めた頃、当時の長はこの呪物を祀りたて、仮の名を神とし、社を建てて事の終息を図ったのである。
     人身供養とは名ばかりの贄は両親のいない子供であった。村の為にと銘打って子供を仮小屋へ押し込め、瘴気溢れる社のその中で呪物と共に一夜を過ごさせた。子供は空腹に耐え兼ねて呪物を飲み込み、そうしてそのまま、その身は呪いの檻として社に根付いた。ひとはそれを神として崇めることで幼子への罪悪感の払拭とし、おぞましい存在による人死にがこれ以上でないことを願ったのだった。
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    ビッチング、素敵です
    ありがとう
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    「だからそれを取り消せっていってんですよ」
    「宿儺の指が受肉した人間などもう人ではない」
    「さっさと祓ってしまうのが得策だ」
    「チッ、ったく……」
     五条の表情がどんどんと険しくなっていき、目に宿る光が昏くなっていく。
     マズいなと夏油は思った。
     このまま話していけば結果は目に見えている。
     なんとかこの場を収める手立てはないものだろうか。
    (せめて、猶予だけでも……ならば……)
    「反対にお聞きしたい。あそこまで制御出来ている人間を何故消そうとするのかを」
    「そんなもの決まっている。いつ暴走するかわからないではないか」
    「私たち二人が制御出来ていると言っているのに?」
     夏油の言葉に相手が言葉を詰まらせる。
    「私たちは別に死刑自体を反対しているわけでないのですよ」
    「傑っ」
     シッと夏油は五条に目配せを送り黙らせる。
    「ただ、勿体ないと言ってるだけですよ。アレだけの器はそうは生まれない」
    「何が言いたいのだ」
     クスッと嗤う。
    「全部、集めて食べさせてから祓った方が得策だと言ってるんですよ」
    「そ、それは……妙案だが……しかし」
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