形なき骸、心なき獣 小銭を入れて何を飲もうか迷う間に、後ろから伸びてきた手が勝手にココアを押した。あっという間だった。何を言う前に自販機からガコンとホットココアが吐き出される。非難めいてジロリと睨めばココアを取り出し口から拾い上げた羂索が「好きだっただろう」ほら、とプルタグを開けた。
「いつの話してんだよ」
「まだ君がもう少し小さくて、泣きべそをかいていた頃かな」
「もう俺、中学生なんだけど」
「人の子は成長が早いね。図体だけ大きくなっても、中身は子供のままじゃないか」
「取り替えてよ、これ」
「お子様にはそれで十分だろう」
深夜帯とあって公園のベンチは人っ子ひとりいない。仕方なくホットココアを片手に座れば、さも当然のように羂索も隣に座った。袈裟を翻して脚を組み「一口くれる?」ニコニコと唇を撓めて笑う。
「飲みてえなら自分で買えば」
「生意気になったものだね。君ひとりで大きくなったとでも思ってるのかな」
「頼んでねえよ。俺の両親が死んだのも、じいちゃんが死んだのも、どうせお前のせいだろ」
「さあね、そう思うならそれでいいさ。でも育ててあげたのは私の慈悲だよ」
「恩着せがましいって言うんじゃねえの、そういうの」
「おや、外見ばかりじゃなく学も身についたんだね、嬉しいよ。いつまでもおねしょしてピーピー泣かれていたんじゃ、どうしたものかと思ったけど」
「だから、いつの話をしてんだって」
抗議の声を途中に、ココアが横から掻っ攫われた。何を言う前にぐびぐびと喉を鳴らして熱々だろうココアを飲み流す。甘いな、こんなものが好きだなんて、どうかしてるよ。そんな風に呟きながら半分に減ったココアが手元に返された。文句を言うくらいなら飲まなきゃいいじゃん、なんて言葉を返せば「どんなものかと思ってね」悪びれた風でもない。
羂索の足元から呻き声が漏れた。ついさっき、数分前に襲い掛かってきた呪術師のひとりである。正当防衛だと思って返り討ちにしたのは虎杖だが、生温いよねとそう言って足元の一人以外を呪霊に食わせたのは羂索だ。
「そこまでする必要あんの」
「あるさ、一人は口をきける程度に生かしてやって返さないと。手足はいらないから捥いだけれど、歯と舌があれば伝達には事足りる」
「だからさ、可哀想じゃん」
「可愛い我が子の我儘を聞いてあげたいのは山々だけどね、こればかりはこちらにもルールがあるんだ。ここで無傷で返せば倍になって戻ってくることは容易に想像できるだろう」
「ふうん?」
「君に宿儺の指を与えたのは彼らだけれど、どうして与えておいて奪うのかと思わなかったかい」
「なんで」
「だからさ、君のご両親をどうにかしたのは私かもしれないけれど、その後、君をどうにかするためにおじいさんを手にかけたのは、もしかしたら呪術師の方かもしれないよってこと」
「そうなん?」
「さあね、君が信じたい方でいいよ」
帰されたココアを呷った。さっき買ったばかりなのに寒さでもうぬるくなっている。ドロドロ底に溜まったココアの甘ったるい濁りを喉に流し込んで「約束してよ」缶を放り投げた。自販機の真横にあるゴミ箱にスコンと空き缶が入る。
「約束?」
「俺がその、両面宿儺の指を全部食ったら、その体、返すって」
「ああ、そんな話もあったかな。あの双子に何か言われたの」
「よく知らんけど、それ、死んだ人の体なんだろ。よくねえだろ」
「聖人君主にでもなったつもりかい。今更、ご尤もな方便を垂れるじゃないか」
「じゃあ縛りでもいいよ」
「そう簡単に口にするものじゃないって教えたばかりだろう」
「じゃあ、もっかい教えて。やり方も実地で」
「懲りないなあ、本当にいつまでも成長しないよね」
仕方ないねとそう言って羂索が脚をどけた。瀕死だった呪術師が地面から現れた呪霊にバクリと飲み込まれる。生かすんじゃなかったの。公園を出て行く羂索の背に問えば「気が変わったんだ」わざとのように額の縫い目から歯を覗かせて振り返る。
「ついておいで、仕方ないから縛りってやつを結ぼうか」
「いいの、俺、それよく知らんけど」
「その代わりきっちり働いてもらうよ。指を食べるだけじゃ、割に合わない」
「何したらいい?」
「教えてあげよう、本当の愛ってやつを」
「なにそれ、よくわからん」
「ふふ、そうだろうね、私もどんなものだったか、もうすっかり忘れたよ」
だから一緒に探してくれるかいと羂索が言った。