盗蜜 ぎし、とベッドの軋みが背に響き、なまなましい衣擦れの音が室に広がって消える。
シーツの海に泳ぐアゼムを、ヒュトロダエウスが押し倒していた。
重力にしたがい、アゼムに落ちる紫の影。ずり落ちる仮面を避けながら、彼は手を伸ばす。みょうな既視感が胸を襲っていた。
ふれた紫髪は指さきでほどけてあまい香りをほのかに散らす。花のかおりだ。彼は既視感の正体に気づく。
……ああ、わかった。そうだ、花。
「どこか覚えがあると思ったら、ウィステリアだ」
「なんのはなし?」
つぶきを拾い、指さきに頬をすり寄せながらヒュトロダエウスが尋ねる。
「この雰囲気のなかで考えごと?」むらさきの眼差しはゆがんだ愉しみに満ちていた。
「ヒュトロの髪が、このあいだハルマルト院で見かけたウィステリアという花に似ていたから」彼の頬に顔を寄せ、キスを与えたアゼムは続ける。
「きれいな花だったんだ。花々が連なって、タペストリーのように咲く。風に吹かれると可憐に揺れて、あまい香りが満ちてね。なにより色がきみのいろなんだ」
「ああ、その花ならたしかにこの間視たよ。局員にも人気だったね」
「存外、局員たちもきみを想像してわきたっていたりして」
いたずらに笑いかけるアゼムにヒュトロダエウスは笑い返し、髪にふれたままの指を絡めとって握ると、そのままアゼムの頭上へとやってしまった。片腕を封じられ、おもわず「今日はそういう趣向?」と尋ねた。
「最初はそんなつもりじゃなかったけどね」
「じゃあ僕がきみの気分を損ねてしまったのかな」
ローブの合わせをたぐり、素肌をひらいていく指に身が震える。舐めるような視線に「ねえ」と聞くと、ようやく目があった。
「狭量だと笑ってほしいな。せっかくの夜に、恋しいひとが花のひとつ思うだけで、底なしにいじめたくなるような人間を」
腰骨にふれ、きわどくなぞる手から逃れようと身をひねるも、「だめだよ」といなされて視線のもとに晒される。
アゼムは彼の欲情があけすけに刺さる様子に喉を鳴らして、そうして笑った。自分の身がまさに食べられようとして、本能的に震えるのがわかった。
「どうしてきみを笑えるだろう。嫉妬をさせようとわざと花の名を口に出した、この僕が」
脱げかけたローブをより開いて、ようく見えるようにしてやる。降り注ぐ花の視線のもと、ちゃんとぜんぶ食べてもらえるように。
「さあどうぞ、召し上がれ。花は陽の光を浴びて育つものでしょう」
「キミってひとは、本当に最高で困るよ」
悔しそうな表情の彼の口もとをぺろりと舐めれば、あとはなし崩しの溺れるような夜が訪れるだけだった。