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    madowarSan

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    madowarSan

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    色々小説お題ったー

    「書き置き」「一重」「サヨナラダケガ」がテーマのさがさきの話を作ってください。

    #shindanmaker

    ほぼ日更新予定
    重博♂ 絡み今のところうすい

    花に水 木に光 人に幸 日の昇りきらない冷えた執務室。
     机上に雑然と積まれた書類やタブレットに紛れて、一片のあざやかな紙があった。
     凝った色彩のそれは裏返しておかれているものの、また特異な色合いのインクがにじんでいる。
     紙片曰く、「人生足別離」と。
     重岳はその字句をようく知っていた。

     ドクターが朝のトレーニングに訪れないのは常である。秘書に任ぜられてからしばらく、重岳は鍛錬後のシャワーを済ませたその足で、まずドクターの執務室を訪れることにしていた。
     理由はふたつ。トレーニングルームから行くならばそのルートをたどる方が効率的であること。もうひとつは、遅くまで仕事をしたドクターがそのまま寝落ちているのが過去数度あったからだった。
     薄暗い室内に上下する薄い肩が見えれば、それを抱えて私室へ運んで身支度を促す。それがいなければ、そのまま私室へ向かう。秘書に選ばれたからというものの、そんな運試しの朝を繰り返す日々である。
     朝練後の廊下は人通りもそれなりにある。人波を抜けて、重岳はゆっくりと執務エリアへ向かう。
     まだしんと静かな廊下に、足音も残さず、背筋はまっすぐに、尾は揺らめいて、結わえた幅広の装飾布は空を滑る。歩むほど笑みが面にあらわれる。
     ドクターの補佐として、秘書業務の内容はある程度固まってはいるが、どこまで面倒を見るかはオペレーターによる。重岳はこのルーティンを良しとした。
     季を通じて人の身は移ろい、変わりゆく。草木と同じく時を重ねて古びていく。
     重岳にとって、秘書業務プラスアルファのドクターの世話は、鉢植えの木を朝夕眺めて水や肥料をやるようなものだ。
     昨夜はストレッチをいくらかやったから筋を痛めているだろう。成長の芽を切らないように、また今日も行わなければならない。
     前屈のときには向かい合って足裏をあわせ、腕を引っ張り合うのだが、彼はぶるぶるとふるえて、だめ、裂ける、もげる、抜けちゃうと悲鳴をあげる。
     重岳がこのまま抜いてやろうかと笑うと、ドクターは「いいのか、所望の陣太鼓を叩いてやれなくなるぞ」とこれまた震える声で文句を吐くのだ。彼が叩けるのはでんでん太鼓がいいところだろう。
     それでも重岳がストレッチを促すようになってから、枯れ木じみた身体は新芽に似たやわらかさをもつようになっていた。
     亀の歩みでも、一、十、百、千や万を重ねればその頂は近くなることをひとはいつも知らしめてくる。 
     執務室ちかくになって、重岳は靴音を起こすように歩みを変える。扉前でノックと呼びかけを行ったあと、与えられたカードキーで部屋に入る。
     冷えた空気が頬をさらった。 
     人のいないことを確認した重岳が踵を返そうとして、視線を落とした先で鮮やかな色が見えた。机上に見事な朱色。
     ドクターの忘れ物かと思うが、彼はあまり私物を持たないし、落ち着いた色合いを好む。過去のプレゼントだとしたらどこかに忘れることはないだろう。
     ならば、先に訪問した不躾な誰かの忘れ物か。
     音を潜めて室に進む。明かりをつけていない室内でもそれは一段と目立った。
     置かれた紙片。裏返しにされてなお、綴られた文字は主張する。
     人生まれては、別離足る。
     
    「ああ、うん。おおかたわかった。これは先日退職したオペレーターのものだ」
     骨ばった指が字句をなぞる。紙片が朱地に金色の墨とあって、たどる指は柳のように白く映える。
     ドクターにはこの達筆というにふさわしい筆跡に覚えがあった。 
    「さよならだけが人生だ、という文言を耳にしてね。それがある詩の解釈の一つと知って、元来の詩を読みたいものだと私が言ったんだ。彼は炎国出身だったからか、筆もインクも凝っているね。しかし退職に合わせて私のいない間に置いていくなんて」
     ドクターのくつくつと笑うのが、重岳の指先を通してわかった。
     彼の濡れた髪は、重岳の手によって丹念にタオルドライをされている。伸びたままの頭髪は枝垂れ、ドクターの視界を遮っていた。
     青々とした花の香がする。
     温室の主手製の、ドクターのためにつくられた唯一の匂いだ。
    「酒といわず、お茶を飲み交わす時さえ与えてくれないなんてね」
    「退職の理由は知っているのか?」
    「故郷に帰るらしい。前線に出ることの多い人だったけど、裏方だったり患者と接する機会も多かったからね。親御さんのこともあって、地元に落ち着いてここでの経験を活かしたいと言っていた」
     ドクターは落ちた前髪を耳にかける。うっすら笑っていた唇は潤んで、弧を深くした。
    「それと、恋人を親に紹介したいともね」
     彼のささやく声は、いたずらめいた祝福を編み込んでいる。
     出向先で出会った人と良い仲になったらしいんだ、と自分ごとのように喜ぶドクターは指先を合わせて声を弾ませる。
    「新たな道を歩むための門出か。めでたいものだな」
     重岳はオイルを手に取り、ドクターの髪にまとわせた。これもまた手製だが、普段使い用として香料は無しのものだ。
     翠の黒髪には届かずとも、抜けがちだった色素は近頃おちついている。
    「こういう知らせはいくらあっても嬉しいね」
     笑いかけるドクターの髪が一房跳ねている。
     重岳の手の中でやわらかくしなるその髪は、けれどどうしたって、いつも治らないものだった。

     花の香りがする。あたたかな日の下、丹念に手入れのされた清らかな香りだ。
     重岳は温室に訪れていた。ラナに用事がある。
    「最近退職した、炎国の人? うぅん……、風の噂で聴きはするけれど、さすがにどこの人かまではわからないわね」
     はい、とラナが重岳に手渡すのはアロマセットだ。石にアロマオイルを垂らして、香りを楽しむ初心者用のもの。
    「今回の依頼はとくに楽しかった。あなたに差し上げる香りと言ったら、まずあなたの祖国が思い浮かぶもの。そこから現在の体調、役職、行動範囲を踏まえていくのはスリリングでさえあったわ」
    「確かに受け取った。確かに貴殿の気配は香りにも似て掴みづらく、逃げ易い。私の知らぬ間にあらぬところを見られているようで、いささか躊躇いさえも覚えそうだが、……さて。待望の香りの内容を聞いても?」
     重岳の言葉にラナはスカートを持ち上げてみせる。彼女の行き届いた仕草は、場を豊かに仕立て上げた。
    「お褒めに預かり光栄よ。基本は伝統的な炎国の香りを下地にしているの。とはいえ、それだけではつまらないから、アイリスをトップに少し甘くしながらスペアミントで締めて、松脂由来のシダーが最後に残るようになってる。そう、ペッパーも少しね。龍香も面白そうだったけれど、あなたがまとえばなんであれ、そうなるもの」笑み混じりの言葉に重岳は困った顔つきになる。ラナはまた漏らした吐息で笑った。
    「龍香など焚いた日には、妹たちに三者三様の笑い方をされるだろうな。ありがとう、とても興味深い」
    「どういたしまして。あなたの日々をささやかにでも彩れるのなら、幸いよ」
     ラナに謝礼と茶菓子を渡し、暖かな室を去ろうとする重岳の背中に、また穏やかな声がかけられる。
    「いただいたお菓子にはなってしまうけれど、お茶はいかが? せっかくの機会だから、あなたともっとお話ししたいわ。最近のあなたから見たロドスと、その人々。近頃のドクターのこと。それから」
     手入れのされた口唇に自らの人差し指を当て、ラナは秘密話のページを開く。
    「花を置いて祖国へ帰った人のおはなしとか」

     焼き菓子と紅茶を綺麗にいただく間に、話が終わる。白磁のカップに残った琥珀の輪はすっかり乾いて、重岳は落葉を踏んだときの感触を思い出した。
     若々しい葉は翠緑から真朱となり、やがて落ちる。踏めばがさりと音を立てて散っていき、雨に濡れれば足を滑らせる罠となる。
     茶に伴われたのは、ある人の恋の始まりとその終わりだった。
     気勢豊かな想いは、その勢いのまま人を破り行ってしまう。想われた男は女の想いを知り、気圧されてしまった。そうして祖国に帰る決断を果たしたのだった。
     ドクターが言うように、彼は酒を勧められるどころではなかった。女から逃げるため、男は急ぎこの艦を辞したのだ。 
     だが、ドクターの話した事情はどこまでが真実だったのだろうか。
    「そんな込み入った事情を私に話したのは、ドクターの身辺に警戒してほしいということだな」
    「まさか襲いかかったりしないと思いたいけれど、恋に落ちた人って何をするか案外わからないものだから。警戒するに越したことはないかしら、と思ったのよ。今あの人の周りだと、あなたが適任だ、って」
    「秘書業務故か」
    「そう。とはいえ、秘書になったからって誰にでも話したわけではないわ」
    「貴殿の目に似合う男だったようでなによりだ。……ところで、炎国のある詩歌をご存知か?」
    「あら、何かしら」
     重岳は例の詩歌を唱える。
     勧君金屈巵。
     満酌不須辞。
     花発多風雨。
     人生足別離。
     ラナは視線を斜めに落としたまま口元を手で隠す。
    「植物に縁のある貴殿は、この詩をどう読むのだろうか。ある東洋の人は、花に嵐の例えもある、さよならだけが人生だ、と訳したらしい」
    「……そうねえ」
     残った茶を注いだ彼女は、色濃いそれを口にする。
    「昔読んだ本に、小鳥と薔薇の花を題材にした絵本があるの。小鳥は愛を示すために自分の胸に薔薇の棘を刺して、流れた血が白い薔薇を赤く染めていく。そうして赤く染まった薔薇は、小鳥の想う男の人によって手折られるけれど、女性に無碍にされた男の人はその赤い薔薇を捨てるのよ」
     にこりと笑う。
    「花の咲くころに嵐は起こるものだわ。だからこほ束の間の開花を楽しむでしょうし、どうか長くあって欲しいと願う。でも花は花だから、どうしたって散って枯れてしまう。花の一生は一番身近な生死よ。だからこそ花に惹かれる人もいるし残しておきたいとプリザードフラワーにする人もいる。ある意味、一つの縮図のように思えてくる。私が解釈するなら」
     笑みを崩す。温室の主人の顔ではない、任務の時にみる、医療者の顔をしている。
    「なみなみについだワイングラスを差し上げましょう。断るなんてしないで、一緒にいてほしいだけ。花の咲くころには風や雨が強まってはやくに見ごろを終えてしまうから、人は花見を何度重ねられるかしら。人の生には、楽しみが満ち満ちたワイングラスみたいに、別れがたくさん詰まっているのよ」
     彼女はかたりと席を立つ。「入口まで送るわ」と促される手にならった重岳は、口を閉ざしたまま席を立った。
     温室の出入口につくと、ラナは重岳に向き直る。彼女は眉を落として、笑っていた。
     温室はあたたかいが、冷えた外気の気配はすぐそこまで迫っている。
    「馳走になった。片付けまで任せてしまうが、改めて礼をさせてほしい」
    「良いのよ。私が誘って、この温室は私たちのテリトリーみたいなものだから。それに、お礼なんてもらえる立場じゃないの」
     ラナは重岳の目を見ると、声を落として続ける。
    「この艦から降りた人の話をあなたにするように言ったのは、他ならぬあの人なの」
     重岳は目を細めた。ラナはまなじりをやわらかくする。
    「……ドクターくんは植物のよわっているところを見つけるのが上手なの。不思議よね。温室にきて、散策したあとに、さっきみたいにお茶をするの。そのとき、あの木の枝が気になる、とか言って、あとで見てみるとほんとにそうなの。
    極東に桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿って言葉があって、どちらも花を咲かせる木なのだけど、枝を切るか切らないか、ふたつとも性質が違うのよね。何が必要で、逆に何がいらないのか。彼はそれがきちんとわかる人だわ。
    …………彼の植物を見る目は、人を見る目と同じ気がする」
     ラナは手を振る。
    「またいらして。お茶でも飲んで、花を見ましょう」

     ドクターの執務室に入る。人影はなく、気配もない。青々とした香りは重たさのある木精の甘さに変わり、あたりに落ちていた。
     机の上には一枚の紙片があった。
    「甲板にいます」と告げる流れるような筆跡はドクターのものだった。
     重岳はそれをしまうと、灯りを消して部屋を出る。

     甲板に出ると、乾いた風が頬を打った。航行中の艦は駆動音を響かせ、あたりには作業員の姿も見えない。砂塵が肌を叩いては去っていく。
     目にいたいほど橙に染まった夕焼けのなかで、火中の傾いた日のみが白い。
     探すまでもない。その中に彼の影がある。日の光のもと、影の色を濃くしてそこにいる。
    「やあ。お目当てのものはもらえた?」
     マスク越しの声が笑っている。重岳は苦情をこぼしながら彼の隣に立った。
    「さすがは調香師といったところだ。今夜使うのが楽しみでしょうがない」
    「良いことだ。日々の潤いは大事だからね。今度試しに香りを教えてほしいな」
    「内容を聞く限りだと植物由来の香りが多そうだった。花に始まり、松脂系統の香りで終わると。香辛料も幾ばくか香るらしいな」
    「へえ、松なら私のものとまた違うんだな。今度またラナに講義をお願いしようか」
    「好奇心が尽きることないな」
    「彼女から見たあなたの姿を私も見てみたいからね」
     日は刻々と傾き、夕光はふたりの間を通り過ぎる。
    「彼は無事に国へ帰っただろうか」
     乾いた風が唇を撫でる。ドクターは静かに答えた。
    「途中まではトランスポーターと共にするから、安心は安心かな。万全を期したとは言えないけれど、丸裸で向かうわけじゃない。二人とも戦い方を知っている人だ」
    「……ドクターは戦い方を他のものよりも大分よく知っているが、その実戦いを成すのは不得手と言えるな。彼らと同じように盾はおろか、剣も持てまい」
     重岳の言葉に、ドクターは視線を隣にやる。彼の優秀な秘書はただ地平線を眺めていた。
    「ずいぶん私を心配してくれているようだ」
    「今の私はドクターの秘書であり、ドクターの身辺に目を見張ってくれと頼まれた誇るべき男だからな」
    「人気者で困るよ」
     ドクターはおどけて両手をあげる。語尾の上がった声音は上機嫌そのものだった。
     そのまま彼はフウ、と針で突かれた萎みかけの風船みたく息を漏らすと、ポケットを漁り出す。飴やら菓子の包装紙やらに紛れて取り出されたのは、またしても一枚の紙だった。
    「またか」
    「最近書き置きをよくもらうんだ。このブームに乗っかって私も書いてみたけれど、果たしてきちんと乗っかってくれるかどうか、どきどきするね。今更だけど来てくれてありがとう」
    「どういたしましてというべきかな。それで、中身は」
     ドクターは紙を重岳に手渡した。厚紙のそれは、風にあおられても姿勢を崩さない。
    「熱烈なラブレターだよ」
     筆跡の色濃い文字列は辞職の意と、それに伴っての面談を希望する旨を記している。作戦部の部門長とは、裏方である事務系職員の面談までこなすものか。
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