賛辞夜の世界を生きる吸血鬼達を相手にする退治人にとって、夜明けの瞬間を見るのはそこまで珍しい事では無い。月の輝きが薄れ、東の空が紫とオレンジが入り混じった色に染まっていくのを見てロナルドはホッと息を吐いた。
「おいロナルド」
低い声のする方へ顔を向けると、先程まで一緒に下等吸血鬼の退治をしていた半田が刀を鞘に納めている所だった。その顔には疲労が濃く浮かんでおり、そしてそれは自分も同じだろうとロナルドは思っていた。
「先程上司から連絡があった。大量発生していた吸血アブラムシはほぼ回収、駆除が完了したそうだ」
「良かった……今回は退治してもいいって事だったからまだ楽だったな」
そう言うロナルドの口からは乾いた笑いが漏れる。何故か定期的に大量発生する吸血アブラムシの存在には慣れたが、その労力が変わる事は無い。銃を懐にしまい、その場にしゃがみこんだロナルドは呻き声を上げた。
「……疲れた。風呂入って横になりたい」
「同感だ」
いつもなら弱気なロナルドの姿を揶揄う半田だが、今日はそんな気力も残っていないらしい。ロナルドはしゃがんだ姿勢のまま顔を上げて半田の顔を見てみた。
ロナルドではなく、何処か遠くをぼんやりと眺めている半田。その横顔がオレンジ色の光に照らされ、金色の瞳がキラリと輝くのを見て、ロナルドはふと思った感想を口にした。
「きれいだなぁ」
小さな呟きは半田の耳にしっかりと届いたらしく、その目がロナルドへ向けられる。普段よりも眉間に皺が寄っていない半田の顔を見ながら、ロナルドは更に言葉を重ねた。
「半田の目、キラキラしててきれいだなぁって」
「……」
ロナルドからの突然の賛辞を受け取った半田は黙って唇を噛み締めた後、顔をふいと背けた。
「あ、ごめん。嫌だったか?……本当にそう思っただけだから」
疲労と眠気のせいでいつもより思考が回っていないロナルドは、そう言いながら立ち上がる。
「よし、じゃあ帰ろうぜ」
「……」
「半田?」
反応が無く、その場に立ち止まったままの半田を不思議に思い、ロナルドが声をかける。半田は何度か口を開いたり閉じたりした後で、目を背けたまま言葉を口にした。
「俺、は……お前も、綺麗だと思う」
「おれ?」
「ああ。お前の、瞳も髪も、とても輝いて見える」
「……そう、なんだ」
顔を朝日で赤く染めた半田にそう言われ、ロナルドは素直に嬉しいと思った。半田が嘘はつけない事はよく知っているから、これは本当の事なのだ。お世辞でも嫌味でもない半田からの賛辞はしっかりとロナルドの胸に入ってきた。くすぐったさを感じつつも、ロナルドは笑顔で礼を言う。
「へへ、ありがとな、半田」
「……ああ」
頬を緩めたロナルドと逆にしかめっ面の半田はそのまま他の仲間達と合流し、そのまま帰路についた。
数時間後、十分な睡眠を取ったロナルドは自身の記憶に頭を抱え呻き声を上げた。そして次に半田に会った時に散々からかわれると怯えたが、何故か半田の方からその日の事を追及される事は無かった。