嵐の谷お泊まりデートのネファ♀※猫耳付き ファウストに耳が生えた。
現象だけ聞けば『なんて?』と問いたくなるようだけど、それが目の前で起こったのならば飲み込むしかなかった。
場所は嵐の谷。ファウストとネロは依頼のついでに、休暇というお家デートを楽しんでいた最中。普段はふたりきりの空間、というのは少なくて久しぶりの逢瀬でネロは心躍らせていたのに。
ふわふわとしたプラチナブロンドの髪にひょっこりと生えた三角の耳。おそらく猫耳だろう。
まろい臀部から生えたすらりと長いしっぽがゆらゆらと揺れている。
変化が訪れた当人は『あぁ。』とだけ声をこぼしただけでそこまで気にしていない様子だが。
精霊のいたずらだ、と言って解呪もせずにそのまま日常生活を始めるファウストにネロは複雑な気持ちになった。
可愛い、可愛いけどさぁ、と。
もしかしなくとも猫耳が生えるのは珍しくないのかもしれない。
ファウストの好みに合わせて姿を猫の形にしている嵐の谷の精霊達は、良かれと思って彼女を愛らしい姿に変えているのだとネロは直感的に思った。
ひょこひょこと耳を動かして、歩くたびにしっぽを揺らせる彼女はとても無防備で、ネロには刺激が強すぎた。
しかもサングラスを外して、美しい紫水晶の瞳を惜しげもなく晒している。
ファウスト曰く、「ネロしか見ていないから」なんて。そんな男殺しの言葉を言わないでほしい。切実に。
今の状況は目の毒だ。
時間が経てば戻るからと言って、二人はいつもの休日と同じ行動をとっていた。家庭菜園の収穫をしたり、ご飯を食べたり、お風呂に入ったり。
夜が訪れてもファウストの頭と臀部についた猫の名残は消えなく、そのまま二人は同じソファに隣同士に座って晩酌をしていた。
撫でて欲しそうに彼女の耳は軽く横に傾けられていて、いつもより上機嫌そうに見えた。ふわふわ、ほろほろ。
嵐の谷にいるファウストは、なんだか防壁が消えてなくなったように雰囲気が一層柔らかくなる。魔法舎にいる時だって別に壁を作られている感じはないけれど。ただ、この場にいる彼女は砂糖を塗したスフレパンケーキのようだった。
表情を緩め、甘い響きを含ませながらネロの名を呼ぶ。
刺激が強すぎる恋人から目を逸らしてネロは手元のグラスを煽った。身体に当たる小さな肩、細い腕、柔らかな膨らみを感じるだけで精一杯なのに可愛らしい表情を浴びれば理性なんて飛んでいってしまう。
「ネロ。」
ねろ、ねろ、と柔らかな声で名を繰り返される。小さな指先でネロの袖口をちょいちょいと引っ張るファウストは尻尾をぴんと立てて小刻みに震わせていた。
この悪戯は見た目だけでなく、猫の習性までも模しているようで彼女の意に反して無意識に動いているのだろう。
ん、と首を傾げて言葉を待つも「なんでもない」たくすくす笑いながらファウストはネロに体重を預けた。
「……もう酔ってる?」
「よってないよ。」
たどたどしく答える彼女の頬は赤く染まっていて、酔いが回っていることがわかった。
ネロはプラチナブロンドの髪を優しく撫でた。耳に触れると嬉しそうに撫でられる体勢へとファウストは動いた。指ざわりの良い髪も新しく生えた柔らかい猫耳も撫で心地が良くネロはすげぇな、と息を漏らした。
そんなネロの手のひらに頭を押し付けるようにしてもっと撫でてと懇願する彼女に笑みを浮かべた。
「酔ってんじゃん。そういや、猫にアルコールってやばくない?」
「僕は猫じゃない。」
むぅ、と頬を膨らます彼女はとってもとっても愛らしいが、心を鬼にしてグラスを奪い取る。
グラスの中身を飲み干して今日はもう寝よう、と声をかけようとしたその瞬間。
ネロの頬が小さな手のひらで包まれ、柔らかな唇の感触がネロを襲った。
いつものネロの真似をするかのように舌先が閉じられた唇をノックする。唇を早く開けて、と言わんばかり甘噛みする彼女に驚いて薄く口を開けてしまった。
待ってました、とでも言うように薄い舌先がネロの口内に侵入した。
「!?……っ、ふぁっす、と……」
彼女の舌先がネロの中で暴れ回る。舌を絡ませて、歯列をなぞる。
それは性感を高める動作と言うより何かを探しているみたいだったが、キスのやり方が自分そっくりなことに気づいてゾクリと腰が重くなった。
普段は自分から積極的なキスはしないのに。
尻尾が揺れていてまろい臀部が強調されている。撫でたい、という欲望に負けてそろりと尻に手を当てた。
満足したのか、ファウストが顔を上げて、自身の唇をぺろりと舐めた。
そして、蠱惑的な口元から言葉が紡がれた。
「おいしい。」
アルコールの残り香を堪能したファウストはフワフワとした笑みを浮かべてネロに擦り寄った。その動きはまさに猫のようで。
ネロは口をパクパクとさせながら戸惑いの表情を浮かべた。
これ、絶対ダメなやつじゃん。
猫の姿になってるのも相まってとんでもない酔い方をしている。
ふふん、と鼻を鳴らすファウストに「あーーーー!」と叫び出したくなるのをグッと堪えて琥珀色の瞳を閉じた。
理性と欲望の狭間に落とされたネロは自身を落ち着かせようと視覚を遮断する。見ないようにしても己の身体に触れる柔らかな肢体の感触は消えないが。
正直言って、この可愛い恋人をめっちゃめっちゃにしたい。
いや、でも据え膳だとしてもこんな右も左もわからなくなっている彼女に手を出すわけにはいかない。恋人なのだから今更だろう、と思うけど。
どうしたものか、と天井を仰ぐ。
板目の節を数えながら心を無にして欲情を落ち着かせようと口の中に溜まっていた唾を飲み込んだ。ネロの男性らしい喉仏がこくりと動く。それに──
かぷり。
「へ?」
感じたことの無い感覚にネロは思わず声を漏らした。何が起こったのかわからずに瞬きを繰り返す。
いま、何がおこった?
顎先に触れる柔らかな髪。皮膚を喰む瑞々しい何か。そして、喉仏に甘く立てられた硬い感触──。
喉を食べられてる。
脳味噌が回っていない状態でネロはそのことしかわからなかった。
彼女の唇が不規則に喰み、小ぶりな歯がネロの喉に歯をたてる。あつい舌先がちょん、と当たる感触もネロの理解の範疇の外にある。
ぞわぞわ、とこそばゆい感覚と今にも壊されそうな理性。
「ちょっ、せんせぇ!?」
ようやく動かせるようになった手で彼女の背をぽんぽんと叩く。引き離されそうなことを感じたのかファウストが抱擁の力を強めた。
ぎゅううう、と腕の締め付けを感じた瞬間ネロの心臓の音もぎゅゅんと可笑しな鼓動を響かせる。
さすがにこのまま好き勝手されたままでは理性が保つ自信は無い。
無理かも。
突拍子のない行動のせいで欲望の天秤が傾きかける。
「ファ、ファウスト!」
でも、さすがに今の正気ではなさそうな彼女に据え膳だとがっつくのは良くない気がする。好き勝手な行動をしてこの愛おしい恋人に嫌われたくないのだから。
ギリギリのところで理性を保っていると首元から微かな笑う息が聞こえた。
「ふふふ……」
とろんと蕩けた紫水晶の瞳を細めながら今度はネロの胸板にしなだれる。すんすんと匂いを嗅ぐようにする彼女におそるおそる『ファウスト?』と言葉を投げかけたが、嬉しそうに頬を緩めて満足気に笑うだけだった。
そうして、理性と欲望が戦ってネロが動けないでいるうちに腕の中にいる彼女は安らかな寝息を立て始めた。
「まじかよ……」
ネロは煩悩を殺すようにため息を吐いた。
この猫をどうしてくれようか、と。
いつものことだけどこの異性に慣れていないはずの恋人に翻弄されてばかりの日々な気がする。
前髪を退かして幼さと大人の女性の魅力がいっぱいに詰まった彼女の寝顔が見える。
この美しい頬に、紫水晶を閉じ込めた瞼に、愛らしい唇に口付けをしたい、が。
幸運?なことに明日も泊まりの予定だ。酔っ払いに手を出すのはネロの主義に反する。
とりあえず今夜はこの猫を抱えて眠ろう。
そして、明日の朝にちゃあんと責任をとってもらうことにする。