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    mochi_70

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    mochi_70

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    転生ファウ晶♀ 小話③ 夜が月に照らされて、涼しい風が頬を撫でる。
    私はなんだか寝付けなくて魔法舎の空を散歩していた。この前の授業で箒の乗り方を教えてもらって短距離ならなんとなく飛べるようになったからと部屋の窓から飛び出した。
    少し不安定に揺られているけれど、頑張って姿勢を保ちながら夜の海に浮かぶ。ファウストなら横向きで乗ったり人を乗せたりしたりも容易なんだろうけれど、私はまっすぐ飛ぶのが精一杯でふわふわと箒に意識を向けた。
    今夜は良い夜だ。
    静かで、澄んでいて、穏やか。
    夜の風を楽しんでいると、ふと視界の中に見られた空色が見えた気がした。
    きょろきょろと辺りを見渡すと、魔法舎の中庭の片隅に座っている人を見つける。私はその人に心当たりがあり、頬が緩んだ。
    ひとり、なのだろうか。それとも。
    邪魔になってしまうかもしれないが、少しの躊躇を好奇心で掻き消して私は地上へ向かった。

    「ネロ。」

    中庭の噴水に腰掛けていたのは東の魔法使いのネロだった。空から声をかけるとギョッとした顔で私を見つめる。なんで空から、と言いたげな視線だ。
    箒を消して地面に降りる。飛び降りるような着地にネロは慌てたように立ち上がった。万が一があれば受け止められるように手を広げていたけれど、そこで転ぶような私ではないのだ。
    少しバランスを崩したけれど、きちんと体勢を保ってネロに近づく。
    「……先生に怒られてもしらねぇぞ?」
    「大丈夫ですよ。ちゃんと飛べるようなりましたから。」
    自信満々に笑みを浮かべる。そう、この前の東の授業で教えてもらって飛べるようになったのだ。一応。
    ジュースでいい?と噴水に腰掛けながらグラスを差し出された言葉に頷いて隣に座る。 

    「いやぁ、あのあんたが自分で空を飛べるようになるとはなぁ。」

    グラスをぐいっと煽ったネロは色づいた頬を緩ませて口を開いた。ボトルの中身はすでに半分程減っていて、少し陽気になっているみたいだ。
    私は少し自慢げに鼻を鳴らした。

    「立派な魔女になりましたから。」

    魔女に生まれ変わったから魔法が使えるのだ。それに、ファウストに魔法の使い方を教えてもらってからはできることがどんどん増えていっているのが自分でもわかる。
    シュガーを出したり、空を飛んだり、祝福の魔法をかけたり。祝福の魔法に関してはファウストに褒められたりもして、嬉しかった。
    頬を緩ませる私にネロは琥珀の瞳を意地悪く弧を描いてグラスを煽った。

    「それもそうだけど、この前の授業で晶が初めて箒に乗ったとき──」

    その言葉が聞こえた瞬間、私の頬は真っ赤に染まった。恥ずかしさに負けてネロを静止しようとするけれど楽しげに紡がれる言葉は止まることがなかった。

    「わー!!わー!!忘れてください!」
    「忘れられねぇよ。まさか先生が手を離した瞬間に逆さになるなんて」
    喉を鳴らしてネロは思い返すように瞳を閉じた。

    「あのファウストの慌てようといったら、なぁ?」
    「うう……」
    「あんたがさっき一人で飛んでた、なんて知ったら卒倒するんじゃねぇの?」
    「……見なかったことに。」
    「はは。」

    確かに最初は目も当てられない状態だったけれどファウストの指導のもと、きちんと飛べるようになったのだ。
    唇を尖らせながら、楽しげに笑うネロの横でジュースの入ったグラスを啜った。

    ***

    「好きだったんだよなぁ。」

    夜が進み、ワインボトルも量の半分以上が消えて残り数センチとなったころ。
    ネロはシトリンの瞳に大きな月を写しながらぽつりと呟いた。その声がどうしてか悲しそうでなんだか目が離せなかった。
    傾けたグラスの中でワインが揺れる。
    ネロは「変な意味じゃねぇよ。」と苦笑しながら手に持つグラスを煽った。

    「晶とファウストが、さ。」

    頬をアルコールで赤く染め、目元を緩ませて困ったように笑っていた。懐かしむようにグラスに写った半月をくるくると転がしながら、薄い唇から言葉を紡ぎ出す。

    「なんつーかな。あんたらを見てると嬉しくなるんだよな。皿いっぱいに盛った好物を美味そうな顔で食べるやつを見る時みたいに。」

    「──おれ、あんたらが一緒にいるのを見るの、すきだったんだよなぁ。」

    中庭の穏やかな風が頬を撫でる。ネロ、と口の中で名を呼ぶと彼は眉を下げて笑っていた。誇らしそうに、悲しそうに。
    ネロはグラスを煽って唇を濡らした。

    「思い出したのがファウストじゃなくてごめんな。」
    「そんなこと!」
    「はは、あんたはそう言うよな。」

    困ったように笑うネロに私は懸命に首を振る。私はネロに覚えていてもらえて嬉しかったのだと伝えたかった。だって、覚えていてくれていただけで、私は救われたのだから。
    前世の記憶は私だけの幻想ではないのだと。魔法使い達と過ごして、ファウストと恋をした記憶は嘘じゃないのだと。
    ネロは「ありがとな。」と私の頭をぐしゃぐしゃと撫でて柔らかい視線を私に向けた。

    「……約束はしてねぇけど、あんたの世界には保証人?ってのあるらしいじゃん。それを聞いたとき、この世界には無いけどあんたとファウストが結ばれたって証にこんな俺でもなれるならさぁ、なんかそれって──嬉しいじゃんって思ったんだよなぁ。」
    「ネロ……」
    「湿っぽくなっちまったな。」

    今にも溶け出しそうなシトリンを伏せて、ネロは口角を歪めた。遠くの月を眺めて小さく吐息を溢す。

    「私はネロに覚えてもらっていたことが嬉しいです。ネロだから、ネロだから嬉しかった。憶えていてくれてありがとうございます。」
    「……うん。」

    中庭に静かな風が吹き込んだ。ネロは手元のグラスをぐいっと煽って中身を空にする。
    ネロが呪文を唱えたと思うと私の目の前に小さなバスケットが現れた。

    「わっ!?」

    「その中にさ、おすすめのジュース入ってるんだけどせんせぇと飲んできなよ。」
    「ネロ?」
    「あんたから誘ったら二つ返事で頷くからさ、な?」

    私の目を見ようとせずに眉を下げて瞳を伏せるネロに呆然とする。彼がくれた籠の中には美味しそうな軽食と私が先程まで飲んでいたものとは違う瓶が入っていた。
    世界でひとり置いていかれた子供のような顔をしているネロに、私は──。

    「……わかりました。」

    私は頷いて、箒を手に取る。またな、と手を振るネロににこりと笑みを向けて私は宙に浮き上がった。ここからならファウストの部屋は窓から行ったほうが近い。
    小さくなるネロのシルエットから視線を逸らして箒の速度を早めていった。

    ***

    「なんで?」

    ファウストを後ろに乗せて、中庭に舞い戻ってきた私を見てネロはぎょっとした表情を浮かべて困惑していた。
    私は得意げに鼻を鳴らしつつ、地上に降りる。そのまま無言でネロの隣にどん、と座ってバスケットからグラスを二つ取り出して、ネロがくれたジュースを注いだ。そんな私を見てファウストは涼しい顔をしながらネロの隣に座った。ネロ越しにグラスを渡すと「ありがとう。」と言葉が返ってくる。
    そのままグラスを掲げて『乾杯』と音頭を取った。ネロも空気に流されるようにグラスを掲げて小さな音が中庭に響く。
    ネロがおすすめ、と言っていただけあってとても美味しいジュースだった。柑橘系の果実が濃厚に搾り取られているのにさっぱりとして飲みやすい。
    ファウストも気に入ったようで「上手いな。」と頬を緩ませていた。

    「いや、あのーなんで俺を挟んで座るんすか。」

    頭の上に疑問符を掲げたネロは困惑したように首を傾げていた。私を見る目はそもそもなんで戻ってきた?と言わんばかり。
    私は笑みを溢しながら当たり前の言葉を紡ぐ。

    「それは私たちがネロのことが好きだからですよ。ねぇ、ファウスト?」
    「そうだな。晩酌に誘わなかったことを拗ねているぐらいにはね。」
    「……怒ってる?」
    「さぁね。」
    「どうでしょう。」

    私たちの間で縮こまるネロは猫のようだった。居心地が悪そうにそわそわしながらグラスを口元に近づける。アルコールで誤魔化そうとしているネロの頬は赤く色づいていた。
    照れているネロは可愛い。若い魔法使いからもキュートと言われるのもすごくわかる。

    「このキッシュも美味しい。」
    「どーも……」
    「僕もワインを持ってきたんだ。まだ飲むだろう?」
    「……今日、なんか近くない?」

    ファウストはふふ、と笑うだけだった。
    あの後、私はすぐにファウストの部屋の窓から声をかけた。空から来た私に面を食らった顔をしながら私の話を聞くとすぐに準備をして出てきてくれた。ファウストも思うところがあったかもしれない。
    ネロの空いたグラスにファウストは白ワインを注いだ。シャイロックにおすすめのものらしい。
    ネロはぐいっとそれを煽ってふにゃりと頬を緩ませた。困ったような表情を作りながらそのシトリンの瞳は嬉しげに蕩けていて、眉はだらしなく垂れ下がっている。
    私とファウストを順番に視界に収めて、グラスを雲ひとつない空に掲げた。
    グラスに半月を写して、口角が上がった唇から言葉を零した。

    「あーあ、ほんと敵わねぇなぁ。」

    私達はその言葉に満面の笑みを浮かべる。菫とシトリンの宝石と視線を交わらせながら今宵は良い夜だ、とそう断言できた。
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