転生ファウ晶♀小話② そろそろ箒の練習をしてみようか、とファウストの一言で始まった東の授業。私は青空の下で、ファウスト達に見守られながらピカピカの箒に跨っていた。
ひとりで空を飛ぶのは初めてで心音が鳴り止まない。今までは魔法使いの彼らの後ろに乗せてもらっていたりしたからドキドキしてしまう。
大丈夫。シノとヒースにコツを教えてもらって、ネロに落ち着いてとアドバイスをもらった。それにファウストから「僕たちがいるから安心して飛びなさい。」とお言葉をいただいた。
私は大きく深呼吸をする。今日の風は心地良い。天気も良くて、風も穏やかだ。
意を決して箒に魔力を込めると身体ごとふわりと浮く。地面から足が離れる感覚にびっくりして真横にいたファウストの手を思わず掴むと、少し驚いたように菫の瞳を丸くしながらも優しく握り返してくれた。
「大丈夫だよ。」
「ひぇ……頑張ります。」
今までは誰かの箒の上に乗っていたから恐怖心はほとんどと言っていいほどなかったけれど、自分だけの力となると少し恐ろしい。
けれどファウストの温もりに背中を押されながら、箒をぎゅっと握り魔力を込める。
いけるかも、と信じてファウストから手を離すと──天地がひっくり返った。
「へ?」
地上から数メートル上昇したところまでは良い。だけど気がつけが視界が逆さになっていて、唖然としている東の魔法使い達の顔がよく見えた。間抜けな声を漏らしながら私は瞬きを繰り返す。
そして自分の置かれている状況を理解した瞬間、恐ろしさで箒にしがみついた。
落ちるかもしれない恐怖で目を閉じているとふわりと柔らかな風が頬を撫でる。力強い腕で身体を引かれたと思ったら私は安心する胸板の中にいた。
「まったく、きみは……」
「ふぁ、ファウストっ!」
呆れの色を含んだファウストに救出された私は安心感から彼の衣服にぎゅっとしがみつく。そんな私の背を安心させるよう、ポンポンと叩きながらファウストはゆっくりと降下して行った。
地上に足がつくと安心感に息が溢れる。
「びっくりしました……」
「お前、やばいな。」
「こら、シノ!」
「ヒースだって内心そう思ってるだろ。」
二人の言葉に苦笑いを浮かべるしかない。呆れた顔をして私にばっさりと言葉を浴びせるシノと、言葉を選ぶように困った顔をするヒースと、顔を背けて笑いを堪えているネロと、口元にを隠して考え込んでいるファウストを見て遠い目をしてしまう。
「やばいですよね、はは……」
乾いた声が喉から漏れる。前世で箒に乗せてもらうことが多かったから、と油断していたのも悪いけれどまさかこんな、こんな醜態を晒すとは思わなかった。
簡単に空を飛んでいるように思える魔法使い達の初めての飛行はどうだったのだろうか。だけど彼らの反応を見る限りここまで酷いのはなかなか無いように思える。
あはは、と声を溢していると菫色の瞳が私を射抜いて、その真剣な眼差しにドキリとする。
「……もう一度、飛んでくれないか。」
怖いかもしれないけれど。とその言葉に私はゆっくりと頷いた。諦めるのはまだ早すぎると覚悟を決めて再び箒へと手を伸ばす。
私も彼らと共に空を飛びたいのだから。
箒に跨って魔力を込めようと手に力を入れると後ろからふわりと馴染みのある体温と優しい香りが私を包んだ。
手をぎゅっと握られて驚きで声も出ない。ひゅう、と楽しげな音が聞こえた気がするけれどそれに意識を向ける余裕は無くて。
「ふぁ、ファウスト!?」
あまりにもの近さに仰天してしまう。吐息が耳をくすぐって、優しいお香のような彼の香りがダイレクトに伝わってくる。後ろから抱きしめられているみたいで、どうしていいかわからなくなってしまった。
──近いです、ファウスト!
息を止めながら箒の柄をぎゅっと握る。私のこの爆音で鳴り響く心音はこの近さだとファウストにも伝わってしまっているだろうに。
彼は何事もないような声色で私を包み込んだ。
「力みすぎだ。もっと風を感じて。大丈夫、不思議の力はきみを見放したりはしない。」
力を緩めさせるように私の手をするりと撫でる手にぴくりと反応した。平常心を保とうと呼吸を整えて手の力を抜く。
今は授業の時間だ。後ろの人は東の先生。
そうやって『好きな人』から『頼もしい先生』だから、と。そう思って、深呼吸を繰り返す。
「それに、僕が後ろにいれば怖くないだろう?」
菫色の瞳が柔らかく細められる。私がこくり、と頷くと「いい子だ。」と唇が形を変えて耳殻をくすぐった。
「あいつ、本当に引きこもりか?」
「ファウスト先生だから……」
「っ、ふは……っふ……」
「……ネロ、笑いすぎじゃない?」
ヒソヒソと呆れた声の三人も見守ってくれている。暴れ出す心臓を無理矢理鎮めて、覚悟を決めて魔力を込めた。
地面から足が離れて、ふわりと宙に浮く。バランスを崩さないように意識を向けながら少しずつ上昇する。先程とは違い、安定感が私を包む。
気がつけば数十メートル浮き上がっていて、美しい景色が眼下に広がっていた。
「わぁ!」
魔法舎が小さく見える。地上ではネロ達が手を振っているのがわかった。
「ちゃんと飛べてるじゃないか。」
「ファウスト。」
背後から優しい声をかけられて振り向くと、今日いちばん柔らかい色を浮かべた菫が私を見つめていた。『アキラ。』と綺麗な唇から名を紡がれてこそばゆくなる。
私はふわりと笑みを浮かべて彼を見つめた。飛べた嬉しさで浮かれてしまう。
「きみはやっぱり笑っている方がいいな。」
緩んだ私の頬にファウストはそっと手を添えてするりと撫でた。
その行動に驚いて、私は──。
ガクリ。
動揺で数メートル箒が落ちた。立て直したけれど、私の顔は真っ赤に染まっているだろう。このバクバクとした心臓は急に落ちた恐怖からか、それとも。
熱を持った頬を抑えながら、私は小さく息を吐いた。
「……勘弁してください。」