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    mochi_70

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    mochi_70

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    大いなる厄災との戦いから約100年後
    晶ちゃんが転生して東の魔女になっています

    転生ファウ晶♀② 甘やかな、優しいお香の香りに包まれる時間が好きだった。
    世界でいちばん安心できる場所で、でも世界でいちばんドキドキする。
    矛盾した感情を感じながら私は目の前にある温もりに擦り寄る。彼は軽く笑って私を抱きしめる腕を強めた。
    答えをわかっているはずなのに「どうした?」と意地悪く問いかける彼にむすっと頬を膨らませる。

    「ぎゅっとしてほしいんです。」

    わかっているんでしょう?と大好きな菫色を見つめた。
    彼には素直に言うのがいちばん効く。これは最近気づいた事だ。私が素直に言葉を発すれば発するほど彼は嬉しそうに喉を鳴らし、瞳を甘やかに蕩けさせる。
    その瞬間の表情は私しか見れないんだ、と思うとつい嬉しくなって彼が望む言葉を紡いでしまう。

    「きみは小悪魔だな。」
    「ファウストが意地悪なのがいけないんです。」

    互いに顔を見渡してクスクスと笑って、もっと、もっと、って私はファウストに抱きつく。
    そんな私の首元をするりと撫でて彼は綺麗な形の眉を曇らせた。

    「……明日が、不安?」
    「……はい。」

    私の瞳が一瞬揺れたのに気づいた彼の問いかけが耳に届いた。やっぱりファウストに隠し事はできないんだな、と正直に口を開く。
    けれど発した音は自分の想定よりずっと情けなくて笑ってしまいそうだった。

    「僕たちはこの一年、しっかりと準備を進めてきた。きっと厄災に打ち勝つよ。」
    「……えぇ、信頼してます。」

    知っている。彼らがどれだけの準備を重ねてきたのか。1年間みっちりと訓練や任務に明け暮れて、ノーヴァとの激しい戦いも終えて、もう月を撃退するだけだ。
    ひとまわりも、ふたまわりも成長した魔法使い達ならばきっと大丈夫だと思う。
    誰も冷たい石にならない。
    けれど、けれども。

    「僕も怖いよ。君が消えてしまうかもしれない、君のことを忘れてしまうかもしれない、と考えてしまう。」

    私の心を読んだかのようにファウストは言葉を紡いだ。
    私の恐怖は厄災ではない。
    世界の命運がかかっているのに愛する人と離れたくない、という醜いエゴだ。
    離れたくない、というより彼に忘れられたくないのだけれど。
    前の賢者様は厄災を押し返して、気づいたらいなくなっていたそうだ。その瞬間この世界の人々の記憶から消えた。
    それが恐ろしくて堪らない。
    私がこの世界で生きたことも、愛したことも忘れられてしまう。
    私は懺悔するかのように震えた音を絞り出した。

    「……身勝手じゃないですか?私はみんなの心配よりも貴方と離れることに怯えているんです。怖くて、怖くて明日がこなければ良いって。」

    震えを止めたい。
    臆病者だと彼に罵ってほしい。
    そうすれば、最後まで強くいられる気がするから。

    「……晶。」

    「こんなこと考えちゃいけないのに。賢者だから、しっかりしないといけないのに。駄目ですよね。」

    声の震えを抑えつけようとして、それでも喉から零れる音は止まらなかった。
    溢れそうな涙を見せたくなくて顔をファウストの胸板に沈める。寝巻が汚れてしまうけど、ぐちゃぐちゃになるだろう顔を見られるよりは良かった。

    「晶。」

    俯いて目の前の胸板に縋りついていた私の頬にあたたかな手が添えられる。
    私の顔を向かせて目線を合わせると視界は菫色でいっぱいになって、近づいて、触れ合った。
    時が止まるような優しい、優しい口付け。

    それがまるで泣かないで、と言ってくれているようで。その優しさに触れてもっと泣きたくなった。

    「晶、何も駄目なことじゃないよ。僕だって明日の先を考えると世界を呪いそうになる。」

    私の瞳をじっと見据えて言葉を紡ぐ。それでも不安気にする私をより強く抱きしめて、ファウストは力強く、笑った。


    「約束するよ、晶。もし僕ときみが離れることになったとしてもー」




    ***

    暖かな陽の光の気配を感じて瞼を上げる。ぼんやりと写り始める視界に瞬きをした。
    なんだか、見覚えのある景色。
    ずいぶん懐かしい夢を見ていたから、まだ続いているのかもしれない。
    過去の、魔法舎の私の部屋に似ている。
    柔らかな色のクロスに、ひらひらと揺れる若葉色のカーテン。少し硬めのベッドと柔らかい感触のシーツ。
    そして、わたしのいちばん好きな優しい香り。

    「起きたか?」

    そう、私の大好きなー

    「………夢?」
    「残念ながら夢ではないよ。」

    本がぱたん、と閉じる音が部屋に響く。
    音の出所へと目線を向ければ夢で出てきたはずの彼が椅子に腰掛けていた。
    暖かな日差しに照らされてオリーブ色の髪が煌めく。体を中途半端に起こし、微動だにしない私にため息を零しながら夢に出てきた彼は「昨日の記憶はあるのか。」と問いかける。
    私はその質問に答えようと記憶を引っ張り出す。
    ファウストとぶつかって、フィガロに問い詰められて、ファウストに優しく手を差し伸べられて──
    うーんと唸っている私に彼はサングラスを抑えた。

    「……きみはあの後泣き疲れて眠った。魔法できみの荷物を勝手ながら回収させてもらったよ。プライベートを漁るような真似をして悪かったな。」

    少しだけ気まずそうにファウストは口を開いた。
    女性の荷物を漁ることに罪悪感を覚える質だし、出生を勝手に知ったことを悔いているのだろう。別に私は知られても嫌ではないのだけど。
    孤児院での暮らしは困ったことではなかった。
    むしろお使いのものをきちんと届けてくれたのだろうと思うから安心している。未練はないけれど、お世話になった場所だから最後の仕事ぐらいはこなしたい。
    それに、魔法使いが親に恵まれないのはよくある話だ。悲しいことだけど賢者の魔法使いだって片手で数えきれないほどなのに。
    気にしないでください、と首を横に振りつつ私は口を開いた。

    「ここは?」
    「魔法舎だ。賢者の魔法使いの存在は聞いたことあるだろう?」

    打てば響くような回答が返ってくる。
    やっぱり私の記憶通りの魔法舎だった。それは懐かしいはずだ。空間を懐かしむように大きく呼吸をする。日差しの優しさも、温かなにおいも100年以上経ってもあまり変わっていないと感じた。
    それが、少し嬉しい。

    「はい。厄災と戦う魔法使い達ですよね。」
    「あぁ、ここはその魔法使い達が集う場所だ。……この部屋は空室だから遠慮しなくていい。」

    ファウストの言葉に私は瞳をぱちくりと瞬かせる。

    「……空室?賢者の部屋じゃなくて?」
    「……なぜそう思う。」
    「あ、いや……なんとなく。」

    不審な質問をしてしまって慌てて誤魔化す。
    歴代の賢者の部屋を知っているなんておかしすぎる。よく考えれば当時も他に空き部屋はあったのだ。他の部屋が良いと言う賢者もいるだろう。
    じと、と私を見つめる瞳から目を背けつつ苦笑いを浮かべる。
    やらかしてしまった。ただでさえ不審な魔女だとフィガロに問い詰められたのに。
    沈黙が恐ろしい。私は焦りを感じてどう口を開けばわからないでいた。

    ぐぅぅぅぅ。
    静かな部屋に私の腹からのんきな悲鳴が響く。
    最初はその音の発生源がどこから出ているのかわからなかった。けれど彼が口元を隠すように笑みを溢した瞬間、顔が沸騰するほど熱を持った。

    「きみの腹の虫は存外元気なんだな。」

    くくく、と笑いを噛み殺す表情は穏やかなものに戻っていて安心したけれどそれよりも羞恥が優っていた。

    「すみません……」

    喉から音を搾り出す。
    私の顔はきっと真っ赤に染まっていることだろう。昨日の夜からなにも食べていないからって、もう少し空気を読んでほしかった。
    空気を読んだからこのタイミングだったのかもしれないけど。

    「かまわない。食事を持ってくるから大人しくしていてくれ。……部屋の外には出ないように。」
    「……はい。」

    笑みを含んだ声色のままファウストは立ち上がる。扉の方へ歩みながら私を安心させるようにファウストは言った。

    「ここには腕利きのシェフがいるんだ。」

    その言葉に知っています、と言えないまま部屋の扉がぱたんと閉じた。


    ***

    ネロお手製だろう朝食は相変わらず美味しかった。カリカリのガレットにまろやかな口当たりのコーンスープ。
    お腹を空かせていたこともあって私はペロリと平らげた。
    意外なことにファウストも私と朝食を共にしてくれた。私の記憶にある彼なら初対面の怪しい女と共に食事を摂るような人ではないのに。
    100年の月日は魔法使いすらも変えるのだろうか。
    食べ終えてハーブティーの入ったカップを傾ける彼をじっと観察する。
    見た目は私がいた時と全く変わっていない。
    けれど出会った最初の頃の人馴れしていない野良猫のような雰囲気ではなく、穏やかな家猫のようだ。
    私の不躾な視線が気になったのか、眉を寄せて彼は口を開く。

    「そういえば、きみの名前は?聞いていなかったなと思って。」

    不覚だ、と首を振りながらファウストは尋ねた。
    私はその問いにほんのひと匙の期待を込めて素直に答える。

    「……アキラ、です。」
    「アキラか。僕はファウスト。昨日一緒にいた軽薄そうな男はフィガロ。彼も賢者の魔法使いだ。」

    その言葉に私は昨日のフィガロとの会話を思い出した。冷たい瞳を浮かべながら彼は聞き逃せない言葉を発したのだ。

    「あの、私が貴方の媒介になるってどういうことですか?」

    魔法使いの媒介は髪で、血で、体液だ。その魔法使いの身体から生み出されたもの。それがあれば対象を呪えたり、魔力を高めることができたりする。
    私はファウストの媒介であるはずがないのだ。
    私の疑問と不安を読み取った彼は、サングラスの奥から瞳を迷わせて口を開いた。

    「その答えは僕も知らない。」

    「ただ、これからきみを他の国の教師役のいる場所へと連れていく。……悪いようにはしないはずだけど、質問責めになるかもしれない。歴戦の魔法使い達だからきみと僕の関係が少しはわかるはずだ。」

    彼は立ち上がって私に手を伸ばした。
    来てくれ、と請う瞳はまるで、昨日と同じようで。100年前と同じようで。

    ***

    「おや、随分と話し込んでいたようですね。」

    連れられたのはシャイロックのバーだった。少し調度品が増えた気がするけれど彼の美学で彩られた、懐かしい空間だった。
    五つの国の教師役の魔法使いが揃っていて、そこに見覚えのない青年がいた。
    興味深そうに私を見つめる瞳はまっすぐで少し驚く。もしかしなくとも新しい賢者だろう。日系のように見えるけどどうなんだろうか。

    「待たせてすまない。」

    と言いながらファウストは開いてるソファに腰掛けた。目線で座れ、と促されて私も横に座る。

    「やぁ、昨日はよく眠れた?」
    「フィガロ。」

    笑みを浮かべてフィガロは私に話しかけた。昨日の北の顔が見える笑い方ではなく、南の魔法使い然とした笑みだった。けれど、それが心からの笑みではないことを私は知っていた。
    ファウストが呆れた声でフィガロを制する。
    私はまっすぐとフィガロを見つめて「眠れました。」と声をかけた。

    「私の荷物を送り届けていただいてありがとうございました。」
    「あれはファウストがやったことだから俺にお礼を言う必要はないよ。」
    「でも、私が言いたかったんです。」

    頭を下げて私は言葉を紡いだ。
    そんな私に幼さと老練さが混ざった声がかけられた。

    「うむ、良い子じゃ。」
    「良い子じゃのう。」

    金の瞳を瞬かせながらスノウとホワイトは笑った。私の視線の先に気づいたファウストが「彼らはスノウとホワイト。北の中ではまだマシな部類だ。」と横で教えてくれる。
    その言葉で脳裏に北の魔法使い達の顔が浮かんだ。

    「お主の名を聞いても良いかの?」
    「アキラです。」
    「賢者と同じ名じゃな。」
    「そうなんですか?」

    私とホワイトの言葉に勢いよく反応した青年は人好きのする笑みを浮かべて名乗った。

    「はい、真木晶と言います!」

    本当に私と同じ名前で驚いた。
    濡羽色の黒髪に、紫がかった黒色の瞳。
    賢者は日本人の名前を名乗り、興味津々ですと言いたげな様子だった。

    「俺、まだ魔女に会ったことなかったので会えて嬉しいです。」
    「そうなんですか?」
    「はい。まだこの世界に来たばかりで、魔法舎も男性の魔法使いしかいないですから。」

    好奇心旺盛、という表現が合うだろう。
    大学生ぐらいだろうか、少し幼なげは風貌に微笑ましさを感じる。今は私の方が歳下だけども。
    私と賢者さんがニコニコと会話を続けているとフィガロがオズに話しかけた。

    「どうだオズ、何かわかったか?」

    オズはじっと私とファウストを見つめる。
    言葉を探すように何度か瞬きをした後、口を開いた。

    「……お前たちの魂が欠けている。」
    「魂が?」
    オズの言葉にファウストは目を丸くして反応した。
    「同じ形に切り取られたかのように欠けていて、その穴は互いの魂のかけらで塞がれている。」

    言葉を続けるオズを見つめながら私は混乱した。どういうことだろう。
    魂が欠けている、なんて想像がつかない。
    オズの言い方的には安定してるように思えるけど。
    横に座るファウストも驚きを隠せていない様子で考え込んでいた。
    部屋にいる全ての目線がオズに集まる。
    その視線を煩わそうに瞳を伏せてため息を吐く。

    「……まるで絡まり合った糸のようだ。無理に解こうとすると二人とも石になるぞ。」

    オズはフィガロにちらりと目線を向け、眉を寄せた。そんな姿に心外、という顔をしてフィガロは口を開いた。

    「そんな釘を刺さなくてもそんなことしないよ。」
    「まったく、初手で封印しようとした男の言い分とは思えんな、フィガロや。」
    「そうじゃのう。分別が早すぎる男じゃからの。」

    二人の反応に苦虫を噛み潰した顔をしてフィガロはため息を吐き、開き直ったような声色で弟子を心配して何が悪いんです?と呟きながらファウストに目を向けた。
    その目線に彼は居心地の悪そうな顔をしながらも少し嬉しそうだった。
    私の知らない顔を見つけた気がして少しだけ、ほんの少しだけ心臓がぎゅっと軋んだ。

    「それなら彼女はどうなる?」
    咳払いをしながら話の軌道を修正しようとファウストは歳上の魔法使い達に教えを乞う。
    私も縋るようにオズを見つめた。
    魂が欠けている、なんて普通の状態じゃないはず。私だけならともかく、愛しい彼を巻き込んでいるのは嫌だ。

    「お願いです。どうにか魂を戻す方法はありませんか?」

    私の言葉にオズは言葉を探すように赤い瞳を閉じた。沈黙がシャイロックのバーを満ちる。

    「……絡まり合った魂を解く術を探すしかない。」

    世界最強の魔法使いにも解決する方法は思いつかない、ということをその言葉は示していた。
    私は肩をがっくり落として瞳を閉じる。

    「あの……」
    年若い賢者がおそるおそる手を挙げて発言を求めた。魔法使い達の視線を一身に受けて恐縮した様子だったけれど、迷うことなく言葉を発した。

    「ファウストとアキラさんは初対面だったんですよね?知らない人と魂が混じるってよくあることなんですか?」

    賢者の言葉に双子は大きく息を吐きながら頭を抑えた。

    「……起こるはずないことじゃのう。」
    「知り合いでもありえないもんね。」
    「そもそもこんな現象、相手の強い媒介を持ちつつ、約束レベルの制約を結んで、かつ厄災の影響でもなければ説明がつかないでしょ。」

    手詰まり、と言った空気が漂う中キセルから柔らかく煙が広がった。
    ゆっくりとキセルから煙を吸い、空間ごと愛する姿は艶めかしく、場違いではあるが見惚れてしまう。
    行き詰まった空気ごと流してしまうように煙を吐きながら西の魔法使いは笑った。

    「と、言うことはどこかでお会いしたことがあるのでは?」

    どうなんです、ファウスト?とシャイロックは流し目で問いかけたが、彼は記憶を探るように眉を顰めた。少し気まずそうに、申し訳なさそうに口を開く。

    「悪いが、記憶にないな……」

    覚えがない、と言う彼から目を逸らして私はぎゅっと指先に力を込めた。気を抜くとみっともなくふるえてしまいそうだったから。
    あの柔らかい夜の記憶を憶い出す。
    私だって何を約束したのか忘れてしまったけれど、でもその温もりは憶えていたから。でも私が、憶えいればよかったのに。彼の全てを、結んだ心を。

    「……約束。」
    「なに?きみは心当たりあるの?」

    そんな私の口から無意識に音が零れ、フィガロがすかさず問いかけてきた。
    えっと、とかあの、とか言葉にならない音を繰り返す発する私を魔法使い達はただじっと見つめてきた。
    急かすこともなく、苛立つ様子もなく。
    誠実で優しい彼らの姿に勇気付けられて私はゆっくり息を吸い込み、言葉を紡ぐ。
    だって彼らは、私の魔法使い達は世界で一番信頼できるのだから。

    「私の話を信じてくれますか……?」

    言葉を発した私の手が柔らかな温もりに包まれる。その先を視線で辿れば美しい紫水晶の瞳とかちあった。
    その温もりに背中を押されて私は再び口を開いた。

    「私は昔、賢者だったんです。……前世ってことになるんですかね。不思議なエレベーターに乗って、この世界にやってきました。それで大いなる厄災と戦うために一緒に魔法舎に住んでいて、そこでファウストと──」

    「ちょっっと待つのじゃ!」
    「え、いつの賢者ちゃん!?」

    私の発言に動揺したようでスノウとホワイトが立ち上がって静止を求めてきた。私は瞳をぱちくりと瞬かせ、『信じてくれるんですか?』と逆に問うた。

    「「いや、まぁ………」」

    大きな声を出して落ち着いたのか、賢者だったのなら話の辻褄が合うし、と二人は納得したようにソファに戻った。

    「遮って悪かったの。」
    「続きを頼めるか?」
    「はい。大いなる厄災の力が強くなって魔法舎で共同生活を始めたときの……えっとフィガロ達が召喚された時の賢者やってました。聖なる祝祭をしたり、ノーヴァと戦ったり、困ったムルに困らされたり……」

    スノウとホワイトに続きを促されて、先に彼らの質問に答えているとまたもや驚きの声が上がった。
    意外にも声を漏らしたのはものすごく私のことを警戒していたフィガロだった。ぽかん、といった表現が合うだろう。

    「俺のはじめての賢者様?ほんとに?」
    「これ、話を遮るでない。」
    「それ我らが言えることじゃないと思うんじゃが。」

    いや、まあ。と双子と同じような反応をしながらフィガロは私をまじまじと見つめた。
    先ほどまでの鋭い視線から一転、困惑した視線だった。
    オズもシャイロックも驚いたように両眼を丸くしている。
    前世の記憶を保ち、かつそれが異世界からきた賢者だったというのはさすがに歴戦の魔法使いも初めての体験だったのだろうと彼らの反応から察することができた。
    当人の私だってそんなことあるの?と言いたいぐらいなのだから。
    静かになった室内に穏やかなオズの低い声が響いた。

    「約束は?」
    「……しました。」
    「どんな約束だった?」
    「すみません。そこからの記憶がないんです。
    厄災が落ちてくる前日にファウストと言葉を交わして、そこからの──」

    ベッドの中で微笑む彼の姿を必死に思い出す。今にも泣き出しそうな私の頭を優しく撫でてくれた手も、甘やかに蕩けた紫水晶も、熱を分けるように触れられた唇の熱さも憶えているのに。
    あの時、かけてくれた言葉だけがぽっかりと私の中から消えている。
    それが、寂しかった。
    言葉を止め、瞳を閉じて俯く。そうしなければ今にも瞳が潤んでしまいそうで、瞼にぎゅっと力を込めた。
    繋がれたままの手の温もりが今はどうしようもなく辛かった。

    「それで、ファウストとの関係はどのようなものだったのです?」

    柔らかいシャイロックの声が私の耳に届いた。その柔らかさにつられて私は俯きながらぽろり、と言葉を溢す。

    「ファウスト、との関係……私はファウストのこ……」
    「こ?」
    「こ………」
    「こ?」
    「こ……ね、ねこ友達ですっ!!」

    「子猫友達?ただの?」

    私の急な大声にびっくりした様子の魔法使い達は関係性を疑うように首を傾げた。
    それだけでこのような事態が起きるのか、子猫友達とはそこまで親密になるものなのか、と。
    微妙な空気を打ち消すように私は言い訳を繰り返す。

    「はい!!!猫友です!!!子猫とか!子猫以外にも!よく一緒に中庭で猫を愛でてました!」

    猫友達。
    思わずそう言って本当の関係を誤魔化す。誠実な魔法使い達に嘘なんて吐きたくないけれど、口から出てきたのは間違いではないけれど本当ではない言葉だった。
    どうしてこんな言葉を発したのだろう。
    自分でもわからないが『恋人です』と言って信じてもらえなかったらと思うとこれで良かったのかもしれない、とおそるおそるファウストへ目線を向ける。
    彼はサングラスの奥の紫水晶の瞳をまん丸とさせて、その後ふにゃりと笑った。

    「なるほどな。だからきみを懐かしいと感じたのか。」
    「ふーん。それだけ、ねぇ。随分と親しかったのかな?手を握るぐらいだもんね。」

    そんな私達を揶揄うようにフィガロが言葉を発した。フィガロの言葉を聞いたファウストは眉を顰め自身の手に目線を向ける。
    私の手の上に重ねられている自身の手をぽかん、と見つめた次の瞬間。
    猫が驚いた時の毛を逆立たせる幻覚が見えそうなほどファウストは竣敏に私から手を離した。
    ズレていないサングラスを直す動作をしながら端正な眉を困らせ、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。

    「……すまない無意識だった。」
    「いえっ!」

    「とりあえず彼女は魔法舎で暮らしてもらうのはどうでしょうか。ここで解決法を探りましょう。共に過ごすことで何かがわかるかもしれませんし。」

    気まずい空気を整えるようなシャイロックの提案に双子は頷いた。脱線しかけていた話を戻す手腕はさすがだ。

    「そうじゃのう。」
    「それが良いのう。ファウストもそれで良いか?」

    スノウの問いかけに、気遣わしげに私を見ながらファウストは頷いた。

    「あぁ。……きみが、いいのなら。」

    その言葉に驚く。
    私の知っている彼は東の魔法使いらしく孤独を好む。
    もちろん、思慮深い人だ。自分にとって嫌だ、と思うことでも理があると受け入れる。
    連れてきた責任感もあるだろう。でも、だからといってこんなに簡単に見ず知らずの賢者をかたる『東の魔女』を身近に置く許可をすると思わなかった。
    いいんですか、と問いかける。
    魔法舎に入れるのはものすごく嬉しいし、彼の側にいられるのは安心するけれど、それでファウストに負担をかけるのは嫌だった。
    真意を探るようにサングラスの奥の瞳をじっと覗く。
    ファウストと目が合い、紫水晶が柔らかく細められた思ったら、ぎゅっと端正な眉が寄せられた。
    その癖が可愛いものを見るときに顔が緩まないようにするためのもの、ということを知っていた私は呆然とした。
    どうして、そんな顔で私を見てくれるんだろう。

    「……きみが僕の媒介になるのならなるべく近くで守れた方がいい。それに僕だってきみの媒介になっているんだ。離れるのは得策じゃないだろう。魂が離れているのも良くない。」

    安心させるように理由をひとつずつ並べて、彼はすっと手を差し出した。

    「よろしく、アキラ。」

    と、握手を求めるファウスト照明に照らされてきらきら輝いていた。
    私は彼の手を握って笑みを作る。
    忘れてしまった彼らと共にいるのは苦しいことかもしれないけれど、私からファウストを解放させてあげたかった。

    魔法舎での生活がはじまる音が聞こえた気がした。
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