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    mochi_70

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    mochi_70

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    転生ファウ晶♀④ 賢者であった頃、憧れだった。
    心と自然を繋げて使う魔法が、心を大切にして約束を結ぶ彼らが、心のままに生きる眩しい彼らが。
    箒で自由に空を飛ぶこと、精霊と触れ合うこと、呪文を紡ぐことを賢者として間近で見て、憧れていた。
    だって彼らはかっこいい。自分自身を信じて生き抜く魔法使い達は皆、かっこよかった。
    私は生まれ変わって魔女になったとはいえ、生まれがちょっと魔法使いにとって良くなかったからこの十数年間、まともに魔法を使ったことはない。
    だから、東の授業に混ぜてもらえると言うのは本当に願ったり叶ったりなのだ。
    まずは座学から、と言うことで私たちは図書室に来ていた。 昔と変わらず二階に部屋を用意してもらっていたから、シノとヒースと共に食堂にいったり、図書室までの道を歩いた。
    魔法舎の図書室の風景もそこまで変わりはない。おそらく蔵書は増えているだろうし、歴代の賢者の書も増えているだろうから後で探してみたいな、なんて思った。

    ***

    「魔法は心で使う。」

    東の授業。
    シノとヒースに挟まれて席についた私に向けて、教壇に立った彼が私の眼をしっかりと見据えて言葉を紡いだ。
    教師然とした雰囲気に自然と背すじがぴんと伸びる。

    「きみの得意な魔法は?」
    「あ……あの、私ほとんど魔法を使ったことがないんです。」
    おそるおそる告げた言葉にファウストは菫の瞳を少しだけ見開いた。
    「シュガーも?」
    「はい。幼い頃に一度だけ空中に浮いてしまったっきり……」
    「そう。」

    魔法を使わずに人間に擬態して生きてきた。
    まさか、自分が人間の振りをするようになるなんて思わなかったけれど幼い時期に住む場所がなくなるのは困ることを知ってしまっていたから。
    記憶が無ければ無鉄砲に、大胆に、自分の心に従って生きることができたのかもしれないけれど、私はそうする勇気が出なかったのだ。
    本当は、孤児院に行った後一回だけシュガーを作ろうと見様見真似で魔法を使ったことがある。
    まともな形にならないどころか、味も全然しなくて落ち込んだけど。

    「すみません。」
    「謝ることじゃない。」

    自分の不甲斐なさから発した言葉をファウストはぴしゃりと遮った。そして、サングラスの向こうの菫色にふわりと柔らかな笑みを浮かべて言葉を続ける。

    「きみの好きな物は?好きなことでもいい。それを呪文にするんだ。精霊達に自分の心を伝える言葉を考えなさい。」

    「自分の心……」

    彼の言葉で私は考えた。
    私の好きな物はなんだろう。
    私の心とはどんな形をしているのだろう。
    昔、ヒースクリフには『魔法使いになったら猫の名前を呪文にすると思う』だなんて言ったことはあるけれど、実際に魔女になってみると悩んでしまう。
    猫は好きだけど、と唸る私に東の魔法使い達が柔らかい視線を向ける。その視線を感じながら頭を悩ませる。
    その中で脳裏に過ったのは美しい菫色と、陽だまりに包まれるようなあの時間だった。

    「ウィオラ・カロラ……」

    思いつくまま、ぽつりと溢した言葉にファウストは頑張ったな、とでも言うかのように私の頭に軽く触れた。
    「良い呪文じゃないか。ほら、やってみて。」
    手のひらに優しく魔力を込めるんだ、と教えられて私は目を閉じて呪文を紡いだ。
    そうして、ゆっくりと目を開けるとそこには小さなシュガーが手のひらに乗っていた。
    小さくて、少し歪で、お世辞にも綺麗とは呼べない代物だったけれど、私の目にはキラキラしているように見えた。

    「できた……!」
    「おめでとうございます。」
    「良かったな。」
    「おめでとさん。」

    シュガーを除きこんで3人が声をかけてくれて、頬が緩んだ。
    まだ不出来な代物だけれど、はじめて成功した魔法なのだから。
    褒めてもらいたくて目の前のファウストに目を向けると優しい笑みをうかべていた。
    食べてみなさい、と促されて私はおそるおそるシュガーを口に含んだ。
    甘い。
    これが、私のシュガーの味。
    ざらざらして舌触りも悪いし、大きさだって賢者の魔法使い達には及ばない。
    けれど、けれど。

    「ありがとうございます、ファウスト!」
    「きみの努力のおかげだよ。」

    さらり、と告げるファウストに笑みを向けて私は再び呪文を唱えた。

    「ウィオラ・カロラ!」

    先程より強く心をこめると少しだけ形がまとまったシュガーができた。
    食べてほしい、と彼を見上げる。
    ファウストは菫色の瞳を瞬かせた後、嬉しそうに綻ばせた。

    「ありがとう。貰うよ。」

    私の作ったシュガーが端正な唇に喰まれる。
    味は変じゃないかな、固すぎないかななんて思いながらじっと見つめた。

    「美味しいよ。」
    花丸をあげよう、だなんて軽口を言いながら彼は私の頬に手を伸ばした。節くれだった指先が頬を伝う。

    突然の触れ合いに戸惑っていると横からひゅう、と軽快な口笛の音が聞こえた。
    シノがニヤニヤしながらこちらを見ている。
    それに気づいた私は顔を赤く染めた。ファウストもすぐに私から手を離してそっぽを向く。
    「シノ!」
    と、叱る声が静かになった図書室に響いた。
    少しだけ頬を染めながらヒースは言葉を続けた。

    「お前、空気読めよ!」
    「読んだから盛り上げようとしたんだ。」
    「どうして!?」
    「あの堅物のファウストに春が来たんだぜ。なぁネロ。」
    「俺を巻き込むなよ……」

    突然話を振られたネロは少しめんどくさそうな顔をしたけれど、気にせずシノはネロの肩を組んでファウストを見つめた。

    「で、どうなんだ。」
    「……すまない。無意識だった。」
    「……あの、もしかして魂のかけらに惹かれてるんじゃないですか?魂がひとつになろうとしてる、とか。」

    無意識に動いてしまう、と言うファウストにヒースは真面目な口調で自身の考えを告げた。
    たしかに、それならばファウストの距離の近さにも納得ができる。普通ならば東の魔法使いらしくパーソナルスペースは広いはずなので。

    「なんだ。春が来たんじゃないのか。」
    「お前は何を期待してるんだ。まったく……」

    肩透かしだと残念そうにするシノにファウストは大きなため息を吐く。
    苦笑いを浮かべて周りを見渡すとある事に気づいた。
    シノの奥にいるネロが、物言いたげな瞳で彼らを見ている。私の視線に気づくとへらり、と笑ってしまったけれど。
    彼は私とファウストが恋人同士だった事を知っている。
    だから今の状況に思うところがあるのだろう。黙っていてくれている彼に感謝の念を送りながら再びシュガーを作る。少し小さめのシュガーが手のひらに3つできた。それをヒース達に配るとシノが楽しそうに口を開いた。

    「ファウストとネロが俺たちを子供扱いしたがってた気持ちが少しわかる気がする。」
    「たしかに……」
    「安心しなさい。ヒースもシノも僕らから見ればまだ子供だ。」
    「もう俺たち100歳は超えてるんですけど……」
    「お前らは可愛い歳下のままだよ。」

    今の私の年齢はシノとヒースが魔法舎に来た時とそう変わりない。きっと当時の事を思い出したのだろう。
    そう思っているとネロが頬杖をつきながらファウストに声をかけた。

    「なぁ、せんせ。晶に魔道具用意してやんねぇの?」

    魔道具。
    すっかり忘れていたけど魔法を使うには魔道具が必要だった。
    ファウストなら鏡、ネロならカトラリー、ヒースクリフなら懐中時計、シノなら大鎌。
    気に入ったものを魔道具として魔法の補助をする。魔道具が無くても魔法は使えるけれど、あった方が安定もするし力の強い魔法も使える、と昔教えてもらった。

    「晶の気に入りそうなものなんかねぇの?」
    「……僕が用意するんじゃなくて、彼女が好きなものを選ぶべきだろう。」
    「魔道具なんて巡り合わせだろ?急にあれこれ自分で決めろって晶だって戸惑うだろ。な?」

    話を振られて私は瞳を瞬かせた。
    たしかに、魔道具を決めるだなんて自分一人だと決めきれずに悩んでしまいそうだ。
    それに好きな人に選んでもらうのはすごく嬉しいし、知識も豊富な彼ならばぴったりの魔道具を選んでくれるだろうと思えた。
    私は勇気を振り絞って口を開いた。

    「え、え……わ、私もファウストに選んでほしいです。」
    「……きみの好みはわからない。」

    おずおずと告げる私にファウストはふい、と目線を逸らした。
    困った顔をしながらチラチラとこちらの様子を気にする彼の顔をじっと見つめていると諦めたようにファウストは小さく息を吐いた。

    「……わかった。市場にでも行って気に入ったものがあればそれを魔道具にすれば良い。横で助言するだけ、という形なら同行しよう。」

    「いいんですか!?嬉しいです。」

    彼の言葉に私は自分の心が高揚するのを感じた。
    選んでもらえる。
    助言するだけ、とは言うけれどきっと私に合いそうなものを探してくれるつもりなのだろう。
    それに、一緒に買い物に行ける。
    その事が何よりも嬉しくて頬がだらしなく緩んだ。良かったな、と視線を向けられるほどわかりやすく喜んでしまう。
    色付きのサングラスに隠された菫色と目が合う。私が笑みを隠せずにいると彼も微かに微笑んでくれた。
    窓から入る柔らかな風が心地良かった。



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