月明かりの下で中太りの男
「1500万」
若い女
「1750万」
年老いた男
「1750万4000」
莫大な金額と共に番号札が次々に挙げられていく。
そう、ここはオークション会場なのだ。
俺は今まさにオークションにかけられていた。
手錠がかけられ足枷によって自由を奪われていた。
そしてその姿をスポットライトに照らされ、無数の富豪達の前に晒された。
俺は非情な家族に捨てられたのだ。
父親が生前に闇金で多額の借金をしたことが全ての始まりで。
返済不可と判断した家族は俺を売ることで借金を帳消しにしようとしたのだった。
当時俺は5歳で、奴隷としてだけではなく臓器を売るだけでも金が手に入るとして相手も取引に応じたのだという。
とはいえ、俺は今さら家族を恨みはしない。
"あの''水神家にずっと居たとしても、それはただの飼い殺しに過ぎないのだから。
どうせ何処まで行こうとも、温かく柔らかな日差しを浴びることなど出来ない人生なのだろうと。
俺はそう自分にいつも言い聞かせていた。
生きることを諦めていた。
自身に降り注ぐ多くの観衆の目を見た。
それらはギラギラと輝き、欲望に満ちていた。
若い男
「8000万」
司会
「おっといきなり8000万円台が出ましたが他の方はどうでしょう」
あまりにも唐突に価格レートが上がり、観客達の視線は一斉に番号札の持ち主に集まった。
結果、それ以上の金額を提示するものは現れず俺はその若い男の元へ引き取られることとなったのだった。
最後の''商品''であった俺が買われたことでオークションは幕を閉じた。
買われた人間は奴隷として主に一生尽くすことがほとんどであった。
俺も自分がそうなるのだと薄々気づいていた。
🎹
「(どうせ死ぬんだ...場所なんてどうでもいい)」
男の後ろについて廊下を歩いていると、紫色の髪の少年が目に止まった。
俺はその姿に見覚えがあった。
同じ施設にいた同年齢の幽架だ。
彼は誘拐されて施設に連れてこられたのだった。
そんな幽架は俺よりも先に施設を出た。
つまり先に買われたのだ。
思いがけないタイミングでの再会に咄嗟に声をかけてしまった。
🎹
「幽架」
本来なら主の指示なしに行動するのは禁じられている。
施設で身をもって教えられたことだった。
🎹
「(殴られる、いや叩かれる)」
俺は思わず目を閉じたが、男が俺に暴力を振るうことも暴言を吐くことも無かった。
若い男
「知り合いなんだろ好きなだけ話すといいさ。」
男は言い、俺から少しだけ距離を置いた。
☕
「あき...久しぶりやな...そ、その元気にしとった」
彼は少し気まずそうに俺に話しかけた。
どうやら彼は奴隷ではなく養子として扱われているらしい。
ともかく、幽架が無事だということに安堵した。
🎹
「変わらず元気だ。幽架も元気そうで良かった...。」
互いの環境の違いからか、壁で隔てられているような会話が続いた。
それでも、心の中に再会できた喜びがあった。
☕
「ごめんな。ボクにお金があったら...」
俯き、そう呟いた彼の言葉は震えていた。
雫が1滴床に落ちた。
☕
「あきも幸せになれたかもしれへんのに」
俺は施設にいた頃に彼のこんな姿は見たことが無かった。
心に鋭い痛みを感じた。
いつもの幽架じゃない。
🎹
「俺は幽架に会えただけで十分幸せだ。また」
やっと施設を出れたのだから幽架にはちゃんと自分の新しい人生を楽しんで欲しい。
俺のことも施設にいた頃のことも忘れるほどに幸せになって欲しい。
そう思った。
☕
「そうか。ボクも嬉しかった。ほなまたどっかで。」
2時間程度話した後、俺達は別れた。
それから10年経ち、俺は警察官になった。
迷宮入りとなっていた、とある誘拐事件の犯人を自分の手で捕まえたいと幼少期から願っていたからだ。
15歳の時にオークション会場で会った時以来、幽架には会えていない。
こちらから会いに行けるなら行きたいとは思っていた。
しかし山のように積み重なった借金に生活が困窮していた。
この頃メディアはこぞって怪盗に関する報道をしている。
被害額は数千億と、かなりのやり手。
🎹
「金に困っているのか俺と同じだな。着信か、もしもし......はい、任せて下さい。」