賞金を手に入れ、ゲームに勝ち進んだ僕は明日この荘園を出て行く。
告知は1週間ほど前からされていた。
ジャックには誰よりも先にこの事を伝えたけれど、返ってきたのは「そうですか」とだけの簡素な答えで、僕らの関係は僕が思っていた物とはどうにもかけ離れていたみたい。
僕はその夜1人で泣いた。
翌日もジャックからはなんの言葉も無く、その後も特別何か動きがあったわけでもない。
やっぱり、ただの気まぐれだったのだ。
これまでのオモチャよりも丈夫だっただけで、僕は今まで彼が手にしてきたテディと同じ。
荘園という特殊な場所で彼が起こした気まぐれを、僕が勝手に勘違いして思い上がってしまっていただけ。
僕の彼への想いは、ばらばらに砕かれてしまった。
ーー初めてはずたずたに切り裂かれた。
2度目は彼の性質をよく調べておいたから、彼が得意とする壁越しの霧は全て避けた上で磁石を使ってたくさん壁とハグさせた。
3度目は彼が僕について調べたらしくて、またボコボコにされた。
そんな事を何度も繰り返しているうちに、彼から僕に話しかける事が増えてきて。
彼の気まぐれな声掛けに、僕も答える事が多くなっていって。
そうした日々が重なっていったいつかのある日、彼の優しいテノールが僕を好きだと奏でたあの日。
僕は彼に恋をしていた事を自覚した。
それから僕の部屋には、一輪の薔薇が色を灯すようになったんだ。
今日は優鬼ですと言いながら雪玉を背中に投げつけられたり、他3人を飛ばしておいて優しくしてあげるなんて宣って失血死直前にハッチに放り込まれたり。
部屋に招かれて、いい香りのする紅茶と甘酸っぱいクランベリージャムと濃厚なクロテッドクリームの添えられたスコーンをご馳走になったこともある。
どっちもジャック……リッパーが作ったのだと聞いて驚いたっけ。
たまには遊ぼうと無理矢理メリーゴーランドに乗せられた時は、気恥ずかしかったけれど僕の乗る馬に歩を合わせてくれる彼が嬉しくて、いつか2人で乗りたいだなんて我儘を言ったりもした。
一緒に夜を過ごすようになって、風呂上がりに手入れをしてもらうようになって。
いつしか僕の指先はほんの少しだけ柔らかくなった。
リッパーと過ごすうちに、僕は愛される事、愛することを覚えていった。
……そう思っていたけど、あの日の彼の言葉も、2人で過ごした時間も彼と僕とでは温度が違ったみたい。
ただの気まぐれだったんだと頭では理解しても心が追いつかなくて、涙は何度拭っても止まりやしない。
結局1週間まともに寝る事は出来なかった。
出立当日、残っているサバイバーのみんなと、これからもここに居続けるハンター達に挨拶をした。
リッパーはもうオモチャへの興味は全く失せてしまったようで、部屋から出てくる事もない。
美智子さんが呼びに行こうとするのを止めて、僕はハンターの館を後にした。
さようなら、美しい思い出をありがとう。
荘園の扉をくぐり、僕は冷たくも甘い時を過ごした箱庭に別れを告げた。