まいにち無占(ふつかめ)「お前は誰だ……」
唸るようにノワールが言うと、男は一瞬きょとんと目を瞬いた。
けれどそれからすぐに愉快そうな顔になって、ふふ、と笑う。
「なに、」
「ああ、すみません。自己紹介がまだでしたね。私は謝必安と言います」
「……しゃ……?」
「謝七、でもかまいませんよ。あなたなら」
ベッドのわきに手をついてノワールの顔を覗き込みながら、謝七と名乗った男はゆるりと目を細めた。
「ああ、そうだ。そろそろ食事ができる頃です。おなかが空いていますよね。もうじき来ると思いますから……」
「何を……」
「──謝七、ドアを開けてくれ」
何をしようとしている。そう聞こうとした瞬間だった。別の男の声が聞こえてノワールは身体を強張らせる。
「范八」
ドアの向こうから現れたのは、謝七と背格好のよく似た男だった。
浅黒い肌と桃色がかった白髪の青年で、黒い服を着ている。
どちらもノワールを簡単に抱え込めてしまうほど上背があった。
そしてどちらにも隙がない。まるでこちらでいう軍人のようだ。
隙を見て逃げ出すつもりでいたノワールは死刑を待つ囚人のように項垂れた。
どのみち、この脚では逃げられたとしても遠くまではいけないだろうと理解できていたし、何よりそもそもこの二人に抵抗して勝てるイメージが湧かなかった。
そんなノワールを見てか、范八と呼ばれた男が首を傾げる。
「謝七、説明していないのか」
「ええ、まだ起きたところですから」
「そうか。怯えているように見えるのはそういうわけか」
もう一人の男──范八はひとつ頷いて、ノワールの横たわるベッドのサイドチェストに盆のようなものを置いてその場に膝をついた。
ノワールに目線を合わせたのだ、とわかった。
どうして、と思う。殺すためならこんなことはしない。