まいにち無占(じゅうさんにちめ) 包帯を巻かれた脚は、動かしてはいけないと口を酸っぱくするほど言われていた。
ただ、もう痛みはない。
時間と怪我の具合からして、もう完治したと見ていいだろう。
謝七と范八に見付けられては引き止められる。
それは過保護な二人の様子から理解していた。
そうなったら、ノワールに二人を振りほどく自信はない。
力どうこう以前に、二人を攻撃して黙らせる、ということができないと思った。
ノワールはほとんど一か月ぶりにベッドのシーツをめくった。
想像通り分厚く包帯の巻かれた脚は痛みの一つもない。
ほっと一つ息をついて、ノワールはベッドの下に足をつき──そのまま、床に崩れ落ちた。
「え」
足が痛い、とか、そういう問題はなかった。
なかったのが問題だった。
感覚はあるのに、力が入らない。
ノワールの足はふくらはぎからずれるようにしておかしな方に曲がっていた。
「これ、な、に」
血の気が引く。まさかと思って包帯をはがす。
無我夢中だったと思う。そんなはずない、と信じたかった。
毎日消毒して、添え木を当てていた──沁みたからそれは間違いない。
アルコールの臭いも、変に腫れていない足も、それを証明している。
添え木も確かに脚に添わされていて……まっすぐ、で。
「これ、曲がってる」
言って、ぞっと背筋が冷える。
折れた、とか、ノワールの動きでまがった、とか、そういうわけではない。
もともとノワールの脚を曲げるために彫って作られたようなそれに、絶望がこみ上げる。信じたくないのに、ノワールの想像が事実だという証がその添え木だった。
「あ、あぁ……あ……」
「おや、気付いたんですね」
涼しい声。それは、ノワールのすぐ右後ろから聞こえてきた。
「しゃ、」
「勝手に包帯を解いてはいけないだろう? ノワール」
「……ァ」
左隣から、范八の声。
後ろを振り返ることができない。
ガタガタと震える手をするりと掴まれ、大きな体に抱き寄せられた。
ふわりと鼻腔を満たす、スパイスにも似た、慣れ親しんだ謝七と范八の香りに怖気が走る。
骨が正しく繋がれないようにしたのは何故?
ノワールに優しくした理由は?
「さあ、ベッドに戻りましょう、ノワール」
「脚は怪我していないか?」
思えば、最初から違和感はあったのだ。
──明らかに東方の出身である謝七と范八の用意した部屋が、ノワールの過ごしやすいこちらの国の仕様だったのも、彼らがノワールの名前を知っていたのも、不思議だった。
それなのに、気にしないと流してしまった。
それは、二人が優しかったからだ。
飢えたノワールが欲しかった、愛情めいたものをくれたからだ。
だから、ノワールの意識はずうっとふわふわして、感情を簡単に発露してしまった。
違和感を見ないふりしてしまった。
「ど、して……こんな、こと」
謝七を振り仰ぐ。謝七は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにその顔を笑顔に変えた。
にっこりと微笑む、その表情が恐ろしい。
こめかみに口づけを落とされ、そっとベッドに横たえられる。
「それはな、ノワール」
范八が謝七と入れ替わるようにノワールの顔を覗き込む。
鼻の先にキスされて、ノワールの目から涙が溢れる。
──お前が愛しいからだよ。
二人の声は重なって、ノワールの耳の奥をぐわんぐわんと反響する。
そのまま三人の身体は重なった。
するりと身体を這う骨ばった手は四つだ。
どうして、こうなったのだろう。どこから間違えていたのだろう。
窓は締め切られていて、外は見えない。
「ここにいてくださいね」
「永遠に、な」
愛しかったはずの声が空々しく響いて──……最初から、彼らの手のひらの上だったのかもしれない、なんて思って、ノワールはそっと目を閉じた。