君の言うとおりある日、父が仕事場でもらったと真っ白い箱を持って帰ってきた。
中を開けていいぞと言われ、兄弟を代表して遊斗がその役を引き受けた。
丸い形のシールを剥しそっと開いた中には甘い世界があった。
いちごのショートケーキ、ザッハトルテ、ベリータルト、マスカットのオムレット。
開いた箱の中身を皆で覗き込みそれぞれが目を輝かせる。
ケーキは母が作るホットケーキをよく食べるが、市販のケーキとなるとなかなか食べる機会がないもので誰かがツバを飲み込んだ音がよく聞こえた。
その中でも人一倍目を輝かせて見つめるのは末っ子の遊矢。
そんな姿を遊斗は微笑ましく見つめる。
「遊矢、どれがいい?」
「え!オレ?」
名前を呼ばれ勢いよく顔を上げた遊矢は驚きに目を丸くする。
箱の中と遊斗を交互に見つめながら慌てている。
「好きなの選んでいいぞ」
勝手に話を進めるな、なんて抗議するやつは一人もいない。
末っ子には優しく、でもあるが遊矢を優先として生活が回っている三人からしたら自然のこと。
オロオロと兄達を見回す忙しない遊矢を楽しそうに眺めていた遊里は早く選ばなきゃねと頬をつつき、今にも大声で笑い出しそうな遊吾は遠慮すんなっと頭を撫でられる。
観念したのか遊矢はそろりと箱の中に視線を戻す。
「ほんとうに、オレがきめていいの?」
そろりと伺う上目遣いに揺る頬を抑えることが出来ないみっともない兄達の気持ちなどわかってないだろう。
「ああ、いいぞ」
「かまわないよ」
「好きなのえらべよ!」
遠慮なんてしなくていい、遊矢が好きなものを選べて笑ってくれ。
だって遊斗も遊里も遊吾も遊矢が一番なんだから。
そんな兄心をまだ知らない遊矢だが兄達が笑っているなら自分も嬉しい。
遊矢の顔に笑顔が戻り、箱の中の甘い誘惑に目を輝かせる。
「じゃあね、コレ!」
声高く宣言し指差したのはザッハトルテ。
なかなかに渋いものを選んだものだ。
おそらくビターチョコだろうから少し苦いはずだから注意をしておくくらいいいだろう、と遊斗が声をかける前に遊矢が顔を向けた。
「ゆーとはコレ!」
「わ、私の?遊矢が選んでいいと言っただろ」
「うん!オレがえらんだ!」
意図が読めずオロオロと他の兄弟を見ると遊吾はわからないと首をふるが、遊里はなにか思案していたが直ぐに笑顔になった。
「ねえ遊矢、僕のは?」
その問いかけに遊矢は迷いなくベリータルトを指差した。
「ゆーりのはこっち!」
「どうしてそれにしてくれたんですか?」
「ゆーりのおめめのいろ!」
「へぇ、遊矢はセンスがいいですね」
「えへへへ」
遊里に頭を撫でられ自慢げになりながら喜ぶ遊矢を見てやっと意図を掴んだ遊吾は机の上に身を乗り出した。
「なあ遊矢!俺のは!」
「ゆーごはこっちー!」
ニッ、と歯を見せながらオムレットを指差した。
「すげーうまそう!いいのか!」
「いいよー!ゆーごのかみのいろとおんなじ!」
「ありがとな!」
少し照れた遊にお礼と共に頭を撫でられ、より一層楽しそうに笑う遊矢は残ったイチゴのショートケーキを指差す。
「オレのはこれ!」
やり遂げだ満足感と早く食べたい興奮で頬を染める遊矢に兄達は耐えきれず笑いだす。
それは嬉しさと、照れ隠しだ。
本当にこの子には敵わないな。
優先したい、甘やかしたい、そんな意気込みを飛び越えて驚きと愛しさを与えてくれる。
そんなの、勝てっこないじゃないか。
「ねえ!はやくたべよ!」
早く早くと遊斗の服を掴み急かす遊矢を落ち着かせ、それぞれの取り皿にケーキをのせる。
「このイチゴ、遊矢の目と同じ色だな」
遊斗はそう言って遊矢の前にショートケーキを差し出すと、艶やかなイチゴと同じ赤い瞳が振り向いた。
そして遊斗の前に置かれたザッハトルテを指差し笑うのだ。
「ゆーとのふくとおんなじ。かっこいい!」
「ありがとう」
不意打ちの褒め言葉に上手くお礼を言えただろうか。
遊里と遊吾には照れてることくらいお見通しだが、遊矢には隠しておきたいな。
「いただきます!」
今日一番の楽しい声に笑いがとまらない。
四人は甘くて、優しい時間を味わった。
***
その日は朝から曇り空だった。
せっかくの週末だが特に用事もなく、それぞれが寛ぐ姿を見ながら遊斗は頼まれた家事を終わらせて一息ついた。
少し喉が乾きお茶でも飲もうかと冷蔵庫に触れると同時に玄関ドアが開く音がした。
おそらく母だろうとしばらく待っているとリビングに入ってきたのは父だった。
今日は遅くまで仕事だと言ってなかっただろうか。
少し驚く遊斗に父は手に持っていた白い箱を手渡し、母さんには内緒だぞ、と悪戯っ子のように笑った。
どうやら忘れ物を取りに戻っただけのようで父は直ぐに出かけていった。
遊斗達はそんな父を見送り再びリビングに戻る。
そういえば父からもらった箱の中身はなんだろうか、と皆で囲みながら箱を開けた。
そこにはカラフルな甘い世界があった。色とりどりのフルーツが飾り付けられたムースたちはどれも美味しそうだ。
赤、黄色、紫、オレンジ、緑、小さなカップにそれぞれの色の世界に遊矢が声を上げた。
「これって最近人気のやつじゃないかな!学校で話題になってた!」
すげー!と瞳を輝かせる姿にくすりと笑ったのは遊斗だけではない。
「遊矢、好きなの選んでいいぞ」
「え?またぁ?」
箱の中から視線を上げた遊矢は少し困った顔をしている。あの日と変わらない。
「さぁ遊矢、選んでください」
「とびっきりのやつ選べよ!」
遊斗も遊里も遊吾も変わらない。
遊矢を優先させること、喜んでくれること、そしてなにより君が選んでくれることで特別になることが嬉しくてしかたないんだ。
「もぉ、しかたない兄さん達だなぁ」
少し照れたように笑う遊矢は兄達の心をもう理解しているのか、まだなのか。
それは本人にしかわからない。
終