魔法少女☆マジカルりっかちゃん!「魔法少女のいるかぎり!」
「この世にはびこる悪徳なーし!」
「ギャアアアーーー!!!」
ちゅどーん!
必殺技を叩き込むと、悪の組織の繰り出した巨大ロボは爆炎とともに大破する。
駆け抜ける爆風を背に決めポーズを取れば、成り行きを見守っていた人々から拍手喝采が送られる。
「ありがとう、ありがとう!」
「さすが私たちの魔法少女ね!」
「助かったよ!うちの子があのロボに連れて行かれそうになってたんだ!」
魔法でぶち抜かれたロボは光となって消えていく。魔法少女の魔法をくらえば、人々に仇なす危険なものはこうして跡形もなくなるのだ。世界の平和は、こうして守られていく。
「みんな、応援ありがとー!壊れた建物はすぐになおすね!それー!」
「怪我をした人は手をあげてください!すぐに魔法で治療しますから!」
ステッキを振るえば光の粒子が振りまかれる。魔法の光は壊れたものを直し、傷ついた人を癒すのだ。後片付けもまた、魔法少女の仕事だ。
みんなのために。平和のために。悪と戦い、街を守る。魔法少女というのは、大変だ。
「あっいけない。私、そろそろ帰らなきゃ!ごめんねマシュー!」
「分かりました!今日もありがとうございました、せんぱい!私もいつかせんぱいみたいに……!」
「うんうん、じゃーねー!」
すっかり元通りになった現場から走り去る。後輩ちゃんの声がエコーのように遠ざかる。
魔法少女の一歩は空を駆け、高速で屋根から屋根へと飛び移ることができるのだ。さすが魔法少女。すごいぞ魔法少女。
そうして駆け抜けた先、寂れた公園のドーム型遊具に潜り込む。内部からカッ!と光が迸り、落ち着いた時、遊具の中から出てきたのは、随分とくたびれた様子の女子高生だった。
「ヤバい!あと15分でタイムセール終わっちゃう!いそげ〜!」
…………本当に、魔法少女というのは大変だ。
「豆腐にネギ、糸こんにゃくときたら……今日は鍋かな?」
ふんふんふーん、と上機嫌に鼻歌を歌う魔法少女、もとい女子高生。化粧っ気もなく、髪もボサボサになっているが、楽しそうな様子には愛嬌がある、とよくおじいちゃんに言われる。
藤丸立香……魔法少女マジカルりっかとして活動する、現役の女子高生だ。
しかし今の彼女には魔法少女らしさも、なんなら女子高生らしさもない。暢気に買い物をしている、通行人Bみたいなものである。
カランカラーン
「え〜ただいまより〜、鰯〜、鰯の数量限定セールを始めます〜。お一人様3点まで〜、お求めの方は鮮魚コーナーへ〜」
「い、イワシー!塩焼き、生姜煮、炊き込みご飯!絶対欲しい!」
うおおー!と雄叫びをあげて特売セールのおばちゃんの群れに突っ込む姿は………通行人Cぐらいが、妥当なのかもしれない。
「むっふっふ〜、いっぱい買えた!」
重くなった買い物袋を両手に、ウキウキで帰り道を歩いていく。空はすっかり夕焼けに染まり、影が地面を伸びている。
子供達ははしゃぎながら家へ駆け込み、どこからか夕飯のいい匂いが漂ってくる。
「この匂いは……カレー!いいなあ、今度作ろうかな?」
この平和な街を、のどかな風景を、私たちは守ったのだ。そう思うと誇らしい。しかし同時に、少しばかり憂鬱な気分にもなる。
いつまでこんな事を続けるんだろう?高校生にもなって、魔法少女なんて。正直恥ずかしいし、進路のこととか、おしゃれのこととか、まだ今はいないけど、恋人のこととか?そういう、普通の女の子の悩みってものに、私はとんと無縁だった。このままなんとなく高校生活を送って、なんとなく大学へ行って、なんとなく就職して……そんなのでいいのかな。なにか、自分だけの特別なものを、見つけたりするんじゃないのかな、みんな。
立香が魔法少女になったのは、高校の入学式当日だった。遅刻しないよう1時間も早く家を出て、新生活にワクワクしながら電車に乗って、外を眺めていたら………どこかの工場が爆発したのだ。
電車は緊急停止。乗客は駅員の指示に従って速やかに避難するよう言われたが……何かが爆発の煙から飛び出して、近くの植え込みに落ちてきたのだ。
どうしても気になって、駅員の目を盗んで植え込みへと駆け寄って……出会ったのだ。
白いもふもふの、魔法少女のマスコットキャラに。
「たすけて。魔法少女がやられちゃう!」
起きてはいけないことだった。魔法少女が負けることは、世界のバランスが壊れること。そう教えられてきた。いつも街をめちゃくちゃにする悪い奴らを野放しになんて、何が起こるか分からない。怖かった。
だから、マスコットキャラの手を取った。
だからまあ、そんな、成り行きで魔法少女になった私は、負けそうになっていた銀髪の魔法少女のピンチに颯爽と駆けつけ、落ちてくる瓦礫やら燃える謎の紙吹雪やらを吹き飛ばしながら、2人で戦い勝利して……そのまま、魔法少女を続けている。一回だけのつもりだった。マスコットキャラにもそう言った。でも、今まで1人で戦っていたらしい銀髪ちゃんの、涙を溢しながら言われたありがとうが、握り込まれた両手の熱さが、彼女を振り解くことを躊躇わせた。壊れたスピーカーから8時のお知らせが放送されて、ようやく私は銀髪ちゃんと別れて新入生として高校へ向かったのだった。
で、今へ至る。長々と回想に付き合ってくれたみんなー!ありがとー!魔法少女りっかちゃんのプロローグ、どうだったー?まあ悪くはなかったよね!かわい子ちゃんを助けて、魔法少女デビュー!すごい!
問題はそう、今。
今の今まで、魔法少女を続けていること、だー!
高校生!!高校生なんだよこちとら!!花の女子高生、16歳!!いい歳したお姉さんが、魔法少女!!??変身していつもよりぐんと小さな子供になって戦うって、なにそれ年齢詐欺!?お子ちゃまたちにキラキラした目で見られる心苦しさとか分かってんの!?
マスコットキャラには猛抗議したい。というかした。なんでこんなことに?でも奴の答えは、「むしろ高校生の背格好のままふわっふわのロリータ服着る方が精神的に厳しいんじゃない?(笑)」とのことだった。
ムキーッ!!
それはそうなんだけど!そうなんだけど!
別にロリータじゃなくてもさあ、シュッとしたかっこいい服とかさあ……
はあ、と深いため息を吐きながら坂道を登る。坂を登った先の、さらに階段を登ったところにある住宅街に立香の家はある。両親は早くに他界して、祖父との二人暮らしだ。美味しいイワシを作ってやるのだ。塩焼きか蒲焼きかは、意見が分かれるところだが……
「おっ、と。なんだコレ?」
坂の上からゴロゴロと、小さい壺が転がってくる。サッカーボールのように足で受け止めて、拾い上げる。
黒と茶色の、怪しげな壺だ。紙で封がされ、お札が何枚も貼られている。すごく怪しい。
坂の上の方を見ると、バックドアの開いた黒い車が停まっていた。そばにはこれまた黒い服の男が立っている。荷物の整理をしていたのだろうか。慌てた様子で手に持っていた箱を荷台に載せていた。
どうせ通り道だしね。持っていってあげよう。
魔法少女らしい親切心を発揮して坂を登る。しかし車に近づくたびに、はっきりと認識できるこの男のヤバさに、余計な親切心を出した事を後悔した。
ヤバかった。何もかもが黒い。スーツもシャツもネクタイももちろん車も、全部が黒い。なんなら車の窓はマジックミラーにでもなっているのか、完全に中が見えないようになっている。なんで?開いたバックドアの荷台側から座席の様子を伺う事もできない。後部座席にカーテンが施されている。なんで?ミラーとかどうやって確認するつもりなんだろうか。怖い。
男そのものもヤバかった。デカい。遠くからではよく分からなかったが、とにかくデカい。巨人か街路樹かと思った。鍛えているのか、黒いスーツの上からもわかるほど筋肉がある。ムッキムキである。え、てか身長何メートルですか?ヤバい。
あと髪型もヤバかった。頭の半分が白髪で、もう半分が黒い。それだけなら前衛的なファッションかもしれないが、長さがヤバい。身長と同じほどに伸ばされた髪は、黒い方がシダ植物のようにぐるぐると渦巻いていて、朝からそんなセットしてるんですかってちょっと問い詰めたくなった。でも怖いからしない。
でも、怖くても、もうすぐ目の前まで来てしまっている。途中からのろのろと歩く速度を落としてみたが、なんの意味もなかった。こちらに気づかず走り去ってくれたりはしなかった。あと5歩程度でたどり着く。うえーん、天国のお父さんお母さん、立香の健闘を見守っててください。なむあみだぶつ。
ヤのつくご職業ばりにヤバい雰囲気の男の、すぐ後ろに立つ。頑張るのよ立香、あなたは魔法少女!メンチ切られてもなんとかなるわ!
「あ、あの〜……これ、落とされました、か?」
言ったああああ!言えた!偉いよりっちゃん、勇気を振り絞ったね!!あとはもう成り行き!無視されたら泣いちゃうかもだけど、怒られるよりマシ!!
心の中で盛大なファンファーレが鳴り響く中、男がようやく荷台から振り向く。ゆっくりと。ゼンマイみたいな髪は思ったよりサラサラらしい。頭の動きに合わせて、軽やかに肩を滑っていった。
しゃらん。
「…………おや。これはこれは。わざわざどうも、ありがとうございます」
「……………………あ、はい。いえ、転がってきたので」
今のは、なんの音だろう。
神社の鈴の音のようだったが。そんなものはどこにもない。男の荷物に鈴が?そうかな。そうかも。ストラップとか、あるよね。
ストラップにしては妙に大きな音だったし、なんとなく聞き覚えがある気もするが、気にしないようにする。ストラップだよ、そうに違いない。でなきゃ怖い。何もないのに鈴の音とか、ホラーじゃん。やめてよ、苦手なんだよそういうの……
固まっていると、男が立香の手から壺を受け取る。するり、少しだけ触れた手は冷たく、残暑の季節には心地よい。
が、しかしその爪はなんだ。長すぎないか?壺を荷台の段ボール箱に収めた男の、爪。長い。立香の爪の6倍は長い。それに尖っている。危ない。ネイルも毒々しく、緑と黒で、まるで、悪の組織の手先、みたいな……
「…………………あ、あの〜?」
「おや、親切な方。まだ何か?」
「いや、えーと…………今の壺、なんなのかなって……お札とか貼ってあって、なんかすごいな〜って思って」
「ハア、壺。壺ですか」
「あ、あははー、いやすみませんほんと、好奇心旺盛で……なんかこう、禍々しいっていうか……あ、悪の組織、とかが持ってそうだな〜って思って、つい……」
「…………ほぉ?」
「ヒイッッすいませんすいませんほんと適当なこと言ってすいませんすぐどっか行きますんで!」
「ふふっ、お待ちなさい。大丈夫、気を悪くしてなどいませんよ」
「ぐええ」
さっさと逃げ去ろうとしたのに首根っこを掴まれて引き止められる。ひどい。蛙の潰れたみたいな声が出た。
半泣きで男を見上げる。怒ってはいないらしいが、何故引き止めたのか。やはり悪の組織の者なのか。あるいはヤのつくご職業で、壺の危険性に気付いた立香を逃がさないってこと……!?やだあ、おうちかえる……
プルプルと震えながら男の沙汰を待つ。男は車のバックドアをばたんと閉めると、今度はしっかりとこちらに向き直り立香を見下ろした。
「……親切なお嬢さん。貴女、体に不調は?」
「はぇ?いや、なんともないです……?」
「ふむ。……では今日はなぜ、この道をお通りに?」
「ええ……いや普通に通り道だからですけど……はっ!?だ、駄目ですようちはしがない刃物屋で!袖の下とか落とし前とかそんな、そんなの無理ですー!」
「ンン、落ち着きなされ。拙僧をなんだとお思いですか」
「え、ヤのつくご職業の方……?」
「違いまする」
ぴしゃりと言い切られる。違うのか?こんなに黒づくめで怖い雰囲気で、それで違うのか?じゃあやっぱり悪の組織の?
「拙僧、近くに事務所を構える、しがない骨董屋でございます。ああ、よければ名刺をどうぞ?」
「あ、どうも……?」
男の胸ポケットから取り出された名刺を受け取る。肘に引っかかっている買い物袋がガサガサと音を立てる。
黒い男とは反対に、名刺は白かった。
習字のような字体で漢字が並んでいる。なんて読むんだこれ……
「……、や、みち、みつ……?」
「ンフッ」
笑われた……仕方ないじゃん、こんな名前聞いた事ないんだもん……歴史か古典の教科書にでも並んでそうな四文字熟語だよ……
「道満。あしや、どうまん、と読むのです」
「あしや……?」
あし屋。お店の名前だろうか。変わった名前だ。ではこれはあしや屋のどうまんさん、ということか?名刺って複雑な読み方をするんだなあ。
「つまり、コットウショー、のことをアシヤ、と呼ぶ風習がある……?八百屋みたいな……?」
「……はい?」
「あれ?」
「ンッ……………フフフフフフ!ハハハハハハハ!!」
あっ……全然違ったみたいだ。馬鹿な事を言ってしまった。自覚を持った。
もう堪えきれないと言った様子でどうまんさんが笑い始める。車にもたれて、腹を抱えて笑い転げている。馬鹿でかい声が弾けるようにそこら中に響いている。
は、恥ずかしい……そんなに笑わなくていいじゃんって思うけど、それだけ笑われるぐらい馬鹿な事を言った自覚があるので、尚のこと恥ずかしい……穴があったら入りたい。
名刺を持ったまま顔を真っ赤にして俯いついると、ようやく落ち着いてきたのか、どうまんさんが震えながら名刺を指さす。
「ン、ンン……ここ、左上の。フフ、これが、店の名前。で、真ん中の、蘆屋道満、というのが、拙僧の名前です。蘆屋が苗字、道満が、名前となります。フフフ……ッ」
「はい……はい、すみません……」
丁寧に説明されて、ますます縮こまってしまう。あしやさんは、もう箸が転がっただけでも笑いそうなくらいになっているらしい。羞恥に震える私を見てすら吹き出していた。
「ふ、フフフフ……!可愛らしいお嬢さん。よければ、今日のお礼もしたいので、お時間のある時にでも、拙僧の店を訪ねてくださいな」
「え?えーと、いや、大したことはしてませんし……その……」
親切なお嬢さん、から、可愛らしいお嬢さん、に進化している。もういやだ、私をどこかに埋めてくれ。壺だ、壺に収まりたい。真っ暗な壺の中で自分の恥ずかしい記憶を反芻しては叫びまくりたい。
「まあ、まあ。そう言わず。大事な商品の、恩人ですから。美味しいケーキと、紅茶でも用意しておりますので、ね?」
「いやあ、そういうのは」
ちょっと。と続ける前に、腹の虫がぐうと鳴く。大きな音に、収まりかけていた顔の熱が一気に戻ってくる。
「アッハハハハハハ!決まりですね!フフフフフフフ!」
あしやさんは、街に響き渡るほど大きな声で笑っている。最初の怖い印象とは裏腹に、本当に、随分と愉快そうだ。あ、サングラスを外した。涙が出るほど笑っちゃったの……?
目尻を指で押さえて、あしやさんはこちらを見つめる。目と目が合う。へにゃへにゃになっていた私の体に、電流のように危機感が駆け巡る。
「では、また後日。店で会える日を、楽しみにしておりますよ」
そう言って微笑むあしやさんの、その目は。
服よりも車よりも、真っ黒なサングラスよりもどす黒く、夜の闇よりも真っ暗な色をしていた。