そういうブラネロ2 当日お題 <やきもち?????>
土曜の昼間。ふと、ネロの飯が食いたくなって、アイツがバイトしているカフェに足を向けた。
こぢんまりとした昔ながらの落ち着いた雰囲気のカフェは昼時のせいかいつもより人が多い。木の扉をゆっくりと押し開けると、カランカランとドアベルが鳴り、マスターが白髪交じりだが綺麗に整えられた頭を上げる。俺を見ると少し驚いた顔をするがすぐに目尻の皺が深くなった。
「おぉ、いらっしゃい。昼に来るなんて珍しいね」
「あぁ、なんとなくな」
「ふふ、そうかい。でも残念ながらいつもの席は埋まっているから別のところに座ってくれ」
そう言われて、カウンターの奥に座る人影にチラリと目を向けると、ビジネスマン風の男が新聞を広げて読んでいた。
ここは家で食事を摂るという機会に恵まれなかった俺が通っている店の一つだ。マスターとは俺が幼い頃からの付き合いで、仕事でほとんど家にいなかった父親より顔を合せたかもしれない。ネロがバイトするようになってからは頻度が更に上がって、ネロがシフトにいない時以外はほぼ毎日来ている。そのせいか、カウンター奥の席はいつの間にか俺の指定席のようになっていて、夕方に訪れる俺を待つようにわざと空けておいてくれるらしい。別に頼んではないが……まぁ、厨房が見えるあの席は気に入っている。
とりあえず今日はすでに先客がいるのだ。少しすまなそうに眉を下げる店長に、気にすんなと声をかけ、わざわざそこを選んだ男が見える逆サイドの席に座った。何かが気になったのだ。でもそれが何かまでは分からなかった。
「で、今日は何にする?」
「肉ならなんでもいい。おすすめで頼む」
「はいはい。いつも通りね」
「おう。とびきり美味ぇのな」
「ネロに言っとくよ」
お冷やとおしぼりを目の前に置きながらオーダーをきくマスターに、俺はニヤリと笑いながら答えた。はいはいと適当に流しながら、マスターはすぐに注文を通しに厨房へ向かっていった。いつものやりとり、コミュニケーションの一環とでも言うのだろうか。ネロがカウンター前に出てきている時には「野菜も食えよ」と小言と共ににらんでくるが、どちらにせよこのオーダーを受けるのはネロだ。アイツなら何を作ったって美味いという確信がある。今頃文句を言いながら何を作るか考えてるんだろう。アイツはそういうヤツだ。その姿を想像し、自然と頬が緩んだ。
フッとカウンター奥の男がこちらを見た気がした。目があった訳ではないが視線を感じたというのが正しいかもしれない。そういえば、あの男の何かが気になってこの席に座ったのだった。俺は思い出したように観察を始める。
推定年齢30代前半……くらいか。仕立ての良さそうなスーツに綺麗にアイロンがけされたシャツ。見た目は悪くない。新聞を読んでいるが時々カウンターに立てたタブレット端末を操作しているようだ。
――俺は何が気になってるんだ?
少し眺めてみても何が気になったかには辿りつかない。本当に、なんだ?
そんな事を考えている間に肉の焼けるいい匂いがしてくる。少しして、いささか不機嫌そうなネロが厨房から美味そうに湯気をたてる焼きたてのベーコンを持って現れた。とがらせた口に、こちらも思わず眉間に皺が寄る。
「なんで怒ってんだよ」
「べつに」
「べつにって態度じゃねぇだろ」
「……来るなら先に言っとけよな」
「急にお前の飯が食いたくなったんだからいいだろ」
「よくねぇ。下準備とかいろいろあんだよ、バカ」
「はぁ?いつでもお前の飯は美味いから安心しろ」
「そりゃどーも。でも俺の気がすまねぇんだよ……」
どうやら連絡なくきたことに怒っているようだ。下準備とか言われても食いたくなったもんはどうしようもない。急ごしらえだろうとなんだろうとネロの飯は美味い。それ以上も以下もなかった。俺の態度に諦めたのか溜息をつくと、逸らされた目はそのままに、短く問われる。
「夜は?」
「あ?」
「夜は来んの?」
「おぉ」
「わかった。準備しとく」
「あぁ。頼む」
「ん」
機嫌……は直っていないかも知れないがひとまず今の怒りは落ちついたようだ。アイツの怒りのポイントは理解しがたいことが多い。
はぁと溜息をついて顔を上げると、例の男と目が合う。すぐに逸らされ顔を隠されてしまったが、明らかにこちらを気にするそぶりであった。
でも、ひとまずは腹ごしらえだ。美味い飯は一番美味い時に食うべきだろう。
――いつ食べても美味い。今日はここに来て正解だったな。
腹がふくれ、少し上機嫌になった俺は、付け合わせの野菜以外綺麗になくなった皿を前にお冷やのグラスに手を伸ばす。顔を上げればカウンター奥の席が視界に入ってきた。あの男はまだ動いてないようだ。
と、そこへネロが何かを持ってきていた。アイスのようだ。差し出した器をネロがカウンターへ置く前に自分から手を差し出して受け取っている。わざと手が触れるように……。
――これか……。
最初に感じた違和感の正体が少しずつあらわになる。目だ。ネロを見る目が少しおかしい。店員へ向ける目ではない。ドロドロとした熱を含んだような目。新聞を読むフリをしながら厨房のネロを眺めていたのだろう。考えてみれば新聞の持ち方も上の方に持ち上げたように不自然だった。一気に不快感が襲う。笑いながら何かを話しているあの様子ではネロは何も気づいていないだろう。思わず悪態が口からこぼれ落ちる。
「くそ。相変わらず変なのひっかけんだよなぁ……」
以前もこの手の目を見たことがあった。小学校に上がったばかりの頃の学校帰りに遭遇した変質者。卒業前はストーカー被害に遭って流石に警察に届けた。これを機に喧嘩の腕を磨いたのだ。今の俺達は大きなチームになったし、ここらではそこそこ知られている。そんなヤツに手を出す馬鹿はいないと思っていたのだが、甘かったようだ。
そっとマスターにあの男の事を尋ねた。数ヶ月前から毎週土曜にやってくるようになったらしい。引っ越してきたばかりのようで、ネロにはよく話しかけているとのこと。この街のことをあまり知らないのであれば、制服を着てないネロは不良には見えないだろう。
――ほんと、手のかかるやろうだ。そんな笑顔向けてんじゃねぇよ。
「おい!」
これ以上我慢ならずにネロに声をかける。ちょっと強めになったのは見逃してほしい。声をかけられたネロは振り向いて、「なんだよ」と眉間に皺を寄せながら近づいてくる。
後ろからヤツは恨めしそうにこちらを見ていた。少し気分はいい。でも、根本的な解決は後からだ。
近づいてきたネロを手招きし小声で告げる。
「おい、あいつとあんまり話すな」
「はぁ?なんだよ突然」
ネロの疑問は当然だ。でも今はまだヤツがいる。詳しく説明するのは難しい。尚も小声で訴えかけるが、ネロは理解できないと言う顔で困惑するばかりだ。
「いいから、言うこときいとけ」
「俺が客と仲良くしてたら都合でもわるいのかよ」
「ぁあそうだよ」
「俺の勝手だろ。なんだよ、やきもちか?」
「はぁ?……ぁあ、もうそれでいいから。とにかく、あいつとあまり話すな。なるべく距離とれ」
「意味わかんねぇ」
「あとで説明すっから」
「……わかった。あとでちゃんと説明しろよ」
とりあえず、俺がふざけて言っている訳ではない事は伝わったらしい。納得はいっていないだろうが距離はちゃんと置いてくれるだろう。ネロはあの男と話の途中だったらしい。厨房に戻らないといけなくなったからと説明してすぐに奥へ引っ込んでいった。
あとは、この男をどうするか。だ。無意識に詰めていた息を吐き出し、静かに思考を巡らせていった。
つづく?