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    ジェイ←フロに見せかけたジェイ→←フロが番になるまでとそれに嫌々巻き込まれるアズールのよくある話です。フロイドの記憶力や音楽の才能を拡大解釈し表現しています。彼はきっと海の魔物。無名のモブが沢山喋ります。
    R4.12末現在までの原作ゲームの内容は一通り履修していますが、忘れている部分があるかもしれません。色々捏造を含みます。某ミュージカル映画を批評する目的で書いたものではありませんのでご容赦を。

    #ジェイフロ
    jeiflo

    束縛の咬魚は誘惑と番いたい【2】*****


    トントンと食材を切る音。ジュワっとフライパンで料理を仕上げる音。カチャカチャという食器を片す音に流水音。それにタンタンと軽やかにリズムを奏でる楽しげな尾鰭の靴音。これまでずっと共にいた片割れにとっては聞き慣れている優しく軽やかな歌声が作業音に彩りを添えている夜のラウンジのキッチンで、ジェイドは目的の人物に声を掛けるタイミングを計り兼ねていた。

    『〜〜♪ 〜♪ 〜♪』

    今夜の気まぐれなシェフはご機嫌麗しいらしく、歌を口遊みながら明日のための仕込み作業をするのに夢中のようだ。ホールへの出入り口に背を向けて台に向かっているフロイドは、少し前から様子を窺っているジェイドにまだ気づいていない。代わりに他のキッチンスタッフの一人がジェイドを認め、わざわざ近くにやって来て小声で話し掛けてきた。何事かあったのだろうか。

    「…副寮長、お疲れ様です」
    「はい、お疲れ様です」
    「えっと…もしかして、…フロイド先輩に御用、ですか?」
    「そうなんです。が、フロイドが楽しそうにしているので、つい話し掛けるタイミングを見失ってしまいました。随分ご機嫌のようですね」
    「はい、今のところは。…ありがたいことに」

    末尾の方はほぼ消え入りそうなくらいの音量だった。どうやらこのオクタヴィネル寮生のスタッフは下手にフロイドの歌を邪魔したりして機嫌を損ねることを恐れて声量を絞っているらしい。健気なことだ。かく言うジェイドも彼とは理由こそ違うものの、楽しそうなきょうだいの妨げになりたくないという意見には賛成である。なのでここに来てすぐにはフロイドに声を掛けられず、その背中を見守る運びになっているのだ。そんなジェイドの様子を見て、お手伝い出来ることはなさそうだと判じた後輩スタッフはペコリと軽く会釈をして皿洗いの作業に戻って行った。
    すると後輩に次いで、入れ替わるように同じく今晩はキッチンに配置されている同輩のスタッフがそそくさとやって来た。そちらの方は何やら切羽詰まった雰囲気で、今度こそ何事かあったようだった。そんな彼もやはり出来るだけ声を落としてジェイドに話し掛けてくる。

    「ううっジェイド…良いところに!頼むからフロイドの歌やめさせてくれよ…!」
    「おや、どうなさったのです?そんなに涙目になって。玉ねぎの微塵切りにでも勤しんでらしたのでしょうか?」

    彼が玉ねぎを刻んでいなかったことはさっきから見ていてわかっているくせに、ジェイドは意地の悪い微笑みを浮かべ、瞳をうるっとさせた同級生をわざと揶揄う。「お前ってほんっといい性格してるよな…」と半ば諦めたように呟き軽く項垂れたが、そんなことよりも別の問題を抱えているらしい彼は気を取り直してジェイドに助けを求めた。

    「それが、今フィッシュ&チップス作ってるんだけど、さっきからフロイドが情感たっぷりに『パート・オブ・ユア・ワールド』を歌っててさ…なんか、俺……魚をフライにすんの、切なくなってきちまって…!…ウッ…」

    その歌は、昔々人魚のお姫様が陸の世界に憧れる気持ちを歌い上げたものだと伝わっている、珊瑚の海では音楽の教科書にも載っているようなとてもポピュラーな一曲だ。その人魚姫の伝承は陸でも映画や舞台になっていて劇中歌として取り上げられているそうなので、人間の中にもこの曲を知っている者もそれなりにいるだろう。特にここは海の魔女の精神に基づいた寮なので。彼もその内の一人だったらしく、もう胸がいっぱいといった様子で天を仰いで、今はもう物言わぬ屍となってしまった鱈に心を痛めていた。鱈は陸に上がったら人間ではなくフィッシュ&チップスになってしまったのだから、この同級生にとっては悲劇的と思えたのかもしれない。とはいえそもそも人間には魚の考えていることなどわからないものであるし、鱈が人間に憧れていたかは預かり知るところではないので、痛めるだけ無駄だと思うのだが。二年生に進級して新たに学ぶべきこともやるべきことも増えたことで、疲れもあって彼は少々ナイーブになっているのかもしれない。幼い頃からその辺を泳いでいる魚を腹の虫の求めるままに捕食し、沢山いたきょうだいが捕食される光景も見て生きてきたジェイドにとっては、元よりその感傷自体に共感し兼ねるのであまり真剣には聞いていなかった。だが己の立場上、困っている寮生を放っておくのもよろしくないだろうとは思う。ジェイドは哀れな同僚の気持ちを軽くして差し上げるために、努めて明るく元気付けるようにそのお悩みに答えた。

    「お可哀想に…ですがご安心ください。貴方がフライにしなくても、衣の付いたそれは既にただの肉片です。今更どうすることも出来ませんので、一思いにカラッと美味しく仕上げてあげてくださいね」
    「言い方がだめ…!慈悲のオーダーが通ってねぇよ、ホールリーダー!」
    「そんな、人聞きの悪い…。散らしてしまった命を無駄にしないよう、せめてお客様に美味しく召し上がっていただこうというのは慈悲あるアドバイスでは?」

    血も涙もないかのようなあんまりな言われようにホールリーダーことジェイドは「しくしく」とセルフで擬声語を付けた。何の因果かナイトレイブンカレッジの生徒はどいつもこいつも実力はあるが他人に無関心というか、共感力の低い若者が集まりすぎている。この人魚は中でも質の悪い部類に入ることで一部では有名だ。
    同級生のジト目が見守る中、急にスイッチを切り替えあまり周囲に効果のない泣き真似をあっさり止めたジェイドは口元に薄ら笑みを浮かべて、今は別の歌をハミングしている片割れを何となしに眺めている。

    「…貴方、もしや今お悩みを抱えてはいませんか?特に何か…罪悪感を伴うようなものだとかを。フロイドの歌声や演奏は少し特別ですから、ね」

    フロイドから再び同僚へ視線を移し、自慢のきょうだいを誇るようににっこりと満面の笑みを向ける。その笑顔に同輩はゾクッと背筋を震わせた。何かを知っているような、またはこれから何かを暴こうとしているようなジェイドの揺さぶりには知らない振りをするのが一番だ。その場凌ぎでしかないかもしれないが、この双子と必要以上の関わりを持つことはなるべく避けるのが吉なのだとこの一年で学んでいる彼は、当たり障りのないような言葉を返すことにした。

    「…と、とくべつって、特別上手いって話か?相変わらずお前ブラコンな…。…たしかに俺もスゲェ上手いって思ったけど。なんか知らんが泣けてくるくらいに」
    「ふふ、僕のきょうだいはすごいでしょう?そしてそんな貴方に朗報です。この後から僕、フロイドとポジションを交代になりますので、お仕事中急に涙腺を緩ませなくて済みますよ」
    「あー…そういや始業の時の業務連絡でそんなこと言ってたよな。当のフロイドは聞いてなかったけどさ。…ウン」
    「おかしいですねぇ、あまり嬉しそうではないようにお見受けしますが…」

    同輩は「ははは…」と乾いた笑みを浮かべる。関わり合いになりたくない奴らのどちらかがキッチンいる運命は結局のところ変わらないので、それは朗報か悲報か正直ちょっと微妙なところだなと同級生は何とも言えない気持ちになった。せめて作業がてらの暇潰し感覚でジェイドにこちらのことを詮索されませんようにと心の中で願う。何はともあれ話はついたことだし、フロイドのことは任せて自分は調理作業に戻ると一言ジェイドに断って同輩はまた鱈の肉片と向き合いに行った。
    金色の左目は探ればお悩みの出てきそうな同僚を一先ずはそのまま見送ることにした。キッチンスタッフと話し込んだために少々時間を使ってしまったとジェイドはこっそり溜息を吐く。いい加減フロイドもジェイドがキッチンにいることに気付いていただろうが、小魚たちと話をしていたため、自分に用事があるわけではないと判断したのか、依然として囁くように歌いながら仕込み作業を続けている。フロイドのメローな声はいくらでも聴いていられてしまうので、この後の段取りに響かせないためにも心苦しいがそろそろ話し掛けなければとジェイドは漸く腹を据えた。

    「…フロイド、作業中にすみません。この後から僕と交代してクローズまでホールに出てもらえますか」

    やはり歌はぴたっと止まってしまった。実に惜しいことだ。暫しキッチンが各種作業音に支配される。ゆっくりと振り返ったゴールドとオリーブがじろりとジェイドの姿を捉えた。案の定、先程までご機嫌そうだった彼の周囲の温度が一気に降下し、調理担当と洗い場担当のスタッフに緊張が走った。

    「…は?なんで?ヤダ。オレ今日ホールの気分じゃねーもん。しかも今そっちめちゃくちゃ暇じゃね?…テンション下がんだけど…」

    フロイドは表情をくしゃりと歪ませて不満全開で抗議の声を上げる。思っていた通りの反応を示した相方にジェイドは一つ苦笑を漏らした。
    出勤するなり「ジェイドー、オレ今日料理の気分だから!」とスタッフミーティングも聞かずさっさと厨房に入ってしまったきょうだいを咎めなかったツケが回ったとも言えるが、前提としてジェイドがフロイドの勝手を許さない場合の方が少ないのだ。それに、フロイドの調子が悪くないならば彼の気のままに任せてしまった方が場が順調に回ることをモストロ・ラウンジで働く皆はよく知っている。実際、今晩もピーク時の客足は多めだったにも関わらず料理の提供スピードは上々だった。何よりフロイドと共に働くジェイド以外のスタッフの心労が少なくて済む。このまま彼の好きなようにさせてあげたいのは山々であるのだが、今回はそうもいかなかった。ジェイドは本心から心苦しそうな表情で事情を説明する。

    「水を差してしまって申し訳ありません。ですが今日はこわ〜い寮長からキッチンの備品と各種在庫のチェックを仰せつかってまして…。ついでにそのまま僕がキッチンの締めまでやってしまいますから、フロイドにはホールの方を頼みたいんです」

    今夜のジェイドはアズールから直々に仕事を命じられていて、客の波が落ち着いたこのタイミングで交代を申し出たのだった。予定通りであったなら、今日はオープンからジェイドがキッチンでフロイドにはホールを任せるつもりだったのだが、それを今言っても仕方がない。寮長の指示だと聞けば、よくよく“教育”されたスタッフたちは直ちに従ってくれるのだが、規格外の自由人はその限りではないらしい。依然として合点がいかないフロイドは反抗をやめるつもりがないようだ。

    「あ?それくらいオレもできるんだけど。何でわざわざジェイドが代わんの?」

    彼の言う通り、項目は多いがただそこにあるものの数を数えてリストに書き込んでいくだけの作業なので、交代の必要があるとは言い難い。しかしアズールがジェイドを指名したのにはそれなりの経緯があるのだ。その原因たる人物は心当たりがないような口振りだが。この天才肌は興味がないことは例え一般的に大事なことであったとしてもすっかり忘れてしまうのだから困ったものである。高確率でひと月前の出来事は忘却の彼方だと思われるが、話してみれば思い出して納得してもらえるかもしれないので、ジェイドはとりあえず説明を試みることにした。

    「貴方この前チェック作業の途中で飽きてしまってリストに適当な数字を書き込んで、アズールに大層怒られたでしょう。ですので、今回は僕がやるようにとのご指示なんです」
    「んー、そんなこと…も、あったかもね…?」
    「おやおや、忘れちゃいましたか。ふふふ…困りましたね」

    やはり忘れていたし、例のことは思い出すこともできないらしい。アズールは怒り損だが、今日も今日とてフロイドらしさが溢れていてジェイドは楽しそうに笑みを深くした。適当やらかされて怒らないのはお前くらいなもんだよとすっかり空気に徹した同僚のスタッフは心の中で突っ込んだが、それが本人に伝わることは一生ないだろう。

    「そういうことですので、お願いしますね。ちなみにフロイドはデザートとドリンク担当ですよ」
    「……チッ、わかったよ」

    機嫌はどうあれ、説明責任はしっかりと果たしたとばかりにジェイドは無情にもフロイドにポジション変更を言い渡した。愛するきょうだいといえど仕事は仕事なのである。ホールの中でもまだキッチン寄りな配置にしている点、つくづくジェイドは身内に甘いが、フロイドの下がったテンションを持ち直させるには至らなかったようだ。しかし在庫確認程度の仕事を任されなかった原因が自身にあったらしいということも一応は理解したフロイドは、態度は良くないものの比較的大人しくジェイドの言うことを聞き入れた。

    ジェイドとフロイドは一旦スタッフルームに戻って、身なりをホール用とキッチン用にそれぞれ整えながら並行して口頭で作業の引き継ぎを行う。その間ずっとぶすっと拗ねた顔をしたフロイドは、首に引っ掛けただけになっているボウタイを結ぼうとしたジェイドの手を避けて先にスタッフルームを後にして行った。


    *****


    席はそこそこ埋まっているものの、やはり表は暇そうだった。
    フロイドはホールに出て、とりあえず指示された通りドリンクとデザート担当のホームポジションであるバーカウンターに入る。バーカウンターは堂々たる風体だが、勿論学生相手に酒類などは提供していない。マジカメ映え狙いのノンアルコールカクテルを置いている以外はジュース類やコーヒー、紅茶等の普通のカフェにありそうなものをラインナップしている。あとは加熱調理の必要がないタイプのデザートもそこで作ることになっているが、せいぜいパフェをグラスに盛り付けたり、予め用意のある数種類のケーキに生クリームやフルーツ、ピューレといったものをトッピングして体裁を整える程度の作業なのでフロイドにとっては退屈なものでしかない。
    別に自分一人がいなかったところで今の状況ならば店は十分回るのではと思い、自主早退の文字が脳裏をチラつくが、勝手に帰るとまたアズールに怒られることは目に見えている。さっきまで楽しく料理をしていたというのに追い出されてしまって、その上アズールにも怒られるなどという事態になったら気分最悪なんてものではない。想像しただけで更に落ち込みそうだった。
    ピークの時間帯は過ぎているので、新しく来店する客はまばらだ。今のところ入っている食後のデザートや飲み物の注文も、それを持って行くべきテーブル番号も、伝票を改めて確認する必要はない。キッチンで一度目を通していたので、既に頭の中に入っているからだ。調子によってはその限りではないが、その日入ったオーダーの全てをフロイドは眠りにつくまでは忘れない。支配人に「今日一番注文の入った品は?」と聞かれたらすぐに答えることも可能である。本人としては客に料理を提供してしまえばその後も覚えている必要はないのでさっさと忘れたいと思っていても、昔から記憶力に関して少々面倒が付き纏っていた。一時的にでも気になったり覚えようと思って物事を見てしまうと、脳を整理するまでうまく記憶を取捨することができない難儀な造りの頭をしているのだ。人によっては羨ましいと感じるかもしれないが、良いことばかりではない。フロイドにとって、自分を構成する全てが気まぐれで調子次第なのは面白く好ましいものであるが、その儘ならなさをたまに煩わしく思うこともあった。だからといって特に思い悩んでもいるわけでもないのだが。

    とにかくフロイドに言わせれば、やることがあるようでないというのが現状である。それでもアズールに怒られないために仕事を放り出すのはやめたので、とりあえず今入っているデザートの注文分の盛り付けはやって冷蔵庫の中にストックしてしまおうと早速作業に取り掛かった。
    手は動かしつつもやはり思考の方は暇だ。誰か面白いヤツでもいないものかとホール全体をざっと見渡すが、フロイドが面白いと思う人間など多くはない。何かとトラブルに巻き込まれている一年生トリオと魔獣や、つつけば烈火の如く怒ってくる同級生などはモストロ・ラウンジで滅多にお目にかかれる顔ではないのだ。フロイドがあだ名も付けないような心底興味のない小魚たちが群れになって岩陰で飲食しながら談笑していたり、ホールを巡回して泳ぎ回っているばかりでつまらない。アズールに怒られないようにしようくらいのモチベーションでは、いつ全てがどうでもよくなってしまってもおかしくはないので、これは大問題である。そうこう考えている内にデザートの盛り付け作業が終わってしまって、ケーキを皿ごと冷蔵庫に戻しつつフロイドは機嫌の悪さを隠すこともせず深く溜息を吐く。ホールを周遊しているスタッフの小魚がビクッと身を引き攣らせた。
    暇なホールに出ているくらいならいっそ、今は奥の部屋で書類の束に向き合っているだろうモストロ・ラウンジの支配人の傍らで事務作業を手伝いがてら構ってもらうのはどうだろうかという案が一瞬過ったが、それは無理だろうとすぐに結論付けた。まず今日はじっとできるようなコンディションではない。それに優秀かつ几帳面な彼が事務処理程度のことでフロイドの手を借りるとは思えなかった。自分でホールの仕事を見つけてこいと追い出される結末しか考えられない。
    どうしてもこの退屈の出口を見つけられなくて、フロイドはぐうっと小さく唸り声を上げながらカウンターの内側でしゃがみ込んだ。段々と頭の中のどこかから警告音のような耳鳴りが聴こえてくる。帽子を目深に被り軽く頭を振って、重怠さが足元から這い寄ってくるような感覚を誤魔化そうとしていると、頭上から呼び声が降ってきた。

    「…イドさん、…フロイドさん」
    「!……なに」

    ホールを泳いでいた小魚がカウンターの外から少しだけ心配そうに名前を呼ぶのが聞こえて、フロイドははっと顔を上げた。思っていたよりは不機嫌をぶつけて来られなかったのでそのスタッフは小さくほっと一息吐く。しかし今話し掛けた相手は手早く要件を伝えなければいつ苛立ちを爆発させるかわかったものではないので、急いで口を開いた。

    「二番テーブルの食後のデザートとドリンクをお願いします」
    「…あー、うん。りょーかい…」

    フロイドは多分後輩だったような気がする小魚の要請に緩慢な動きで立ち上がり、怠そうにドリンクの用意を始める。不発弾のような先輩に了承を取り付け、後輩スタッフは空いた皿を回収するため一度カウンターを離れて行った。
    完全に落ち込みそうになった精神をなんとかギリギリで抱え直したフロイドは二番テーブルのオーダーを脳内から引っ張り出す。ティラミスとチーズケーキ、セットのドリンクは週替わりブレンドティーのホットとアップルジュースだ。ケーキの盛り付けは既に終わっているので、湯を沸かしながらティーポットとカップ、冷やして置いたジュースのグラスを手早く準備する。今週の紅茶をブレンドしたのはジェイドだ。アズールと一緒にフロイドも試作段階で何度か試飲し、忌憚ない感想をぶつけまくった。茶葉が保管されている缶の蓋を開けると、柑橘類のフレッシュで爽やかな香りがする。ジェイドも仕事が終わるまで遊んでくれはしないのだろうと今日何度目かの溜息が出た。沸かしたお湯をティーポットに入れ、くるくるとポットごと揺すって一度捨てた後、茶葉を適量加えてまたお湯を注いで四、五分蒸らす。その間、カップも同様に温めてトレーにその他ティーセットと共にスタンバイさせた。手順はしっかり踏襲しているのに、なぜか自分が淹れたものよりジェイドに淹れてもらったものの方が美味しいのだから不思議だとフロイドはポットが冷めないようカバーを掛けながら思う。最後にアップルジュースをグラスに注いで飾り用の花と薄めにカットした林檎を縁に添えれば完成だ。先程の小魚に声を掛けて、デザートとドリンクを一緒にテーブルまで運ぶ。そしてまた一仕事終えてしまってカウンターに戻ったフロイドに暇という名の虚無が襲いかかった。

    このポジションで手の空いた時ってジェイド何してたっけ、とフロイドは壁面の棚に軽く凭れながらぼんやり考える。なんだかさっきからずっと片割れのことを思い出してばかりだ。誰よりよく物事に気が付く彼は、たしかこういう手隙の時はカウンター内を整理したりシルバーやグラスを曇りのないよう拭き上げたりしていた気がする。暇潰しとはいえよくそんな地味な作業を黙々とできるものだときょうだいながらに思う。しかし、他にやることも思いつかないので、フロイドはとりあえずジェイドに倣ってグラスをピカピカに磨く作業でもやってみることにした。
    モストロ・ラウンジには客に出すための実用的なものから店を飾るためのものまで様々な大きさと形のグラスがカウンターには取り揃えられている。グラスだけでなく、客の目や手に触れる全てのものを拘り抜いて選んでいるのはアズールだ。彼の持つ逞しすぎる商魂や手に入れたいものを絶対に諦めない貪欲さは一緒にいてとても愉快だと感じる。そう思えた他人はフロイドもジェイドも初めてだった。彼はフロイドが存在を認識した時からずっと面白い。この学園にもすごく強くて面白い奴は思っていたよりいたが、それでも結局アズールには敵わない。ここで働いていれば、興味を引くものからどうでもいいものまで色々な悩みを抱えた小魚たちが勝手に訪れてくれる。そして深海の商人にどんな対価を払ってでも慈悲を求めるのだ。そんな人々の悩みを元本に彼が次々と生み出す面白いアイデアに乗っからせてもらうため、フロイドは今日もこうして指紋や水垢一つないよう丁寧にグラスを拭いているわけである。我ながら健気ではないかと退屈で堪らない作業に勤しむ自分を慰めた。
    ――キュ、キュ、キュキュ
    大小様々なグラスを拭いてみると、実に個性豊かな音がする。軽くコンと爪を当ててみてもグラスそれぞれからは違う音色が聴こえてきた。
    そういえば、とフロイドはふと思い出す。陸の音楽の中にはこのグラスを使って演奏する技術があった。…そう、たしか『グラスハープ』と言ったか。色んな大きさのワイングラスに音を調整するためにある程度の水を入れ、グラスの縁を濡らした指先で擦ったり弾いたりすることで音を出す。陸でなければ出来ない演奏法だ。以前動画で見かけて、本当にそんな上手いこと音が出せるものなのかと疑問に思っていたのだった。そう思い至るとむくむくと好奇心が湧いてくる。手元には多種多様なグラス。今の自分は手持ち無沙汰。扱うなら打楽器や管楽器の方が経験は多いが、この状況でやらないという選択肢はあり得ない。
    グラスは大きいほど低い音、小さいものほど高い音を出すのに適していたはずだ。いやグラスの厚みや深さも左右していたか。しかしグラスの大きさや形状もさる事ながら音の微調整は水の量が大切だったと記憶している。とにかくやってみればわかることであるので、何となく手に取ったワイングラスに適当に半分ほど水を入れて、飲み口に濡らした人差し指をぐるりと一周させてみると、幻想的で澄んだ高音が響いてフロイドはふわりと気分が高揚するのを感じた。まずは基本となる『ド』の音を作るところから始めてみようか。音程は調律済みのピアノ等で音をもらわなくても感覚でわかっていた。『ド』の音を作ったら、他にも水の量を変えた異なる形のグラスを並べてみたりしてどんどん音階を作って増やしていった。自分で欲しい音を一つ一つ作っていくのが面白くてどんどん集中力が上がっていく。そうだ、水に色を着けておいた方が色んな色彩が並んで見た目にも楽しいし、音の目印にもなるかと思い、透明な水を色変え魔法で様々に着色する。配色はなんとなく、この音はこの色っぽいなくらいのノリであったが。店の中は薄暗いので、グラスを光らせてもっとキラキラにするのもいいなとマジカルペンをもう一振りした。さっきまでの沈んだ気持ちなどすっかりどこかに行ってしまって、フロイドはグラスで奏でる音の世界にどっぷりと浸っていった。

    店内のBGMに紛れて客席の方に微かに聞こえる程度ではあったが、急にカウンターの中から楽しげなフロイドの鼻歌と何か楽器のような音が漏れてきてホールスタッフは上司に報告するべきか、彼の好きにさせておくべきか大いに悩んでいた。フロイドがホールに出てきた時の不機嫌が持ち直ってきているんだから触らぬウツボに祟りなしだと本能は声高に主張するが、理性は仕事をサボりだした愉快犯が何か問題を起こす前にキッチンの副寮長か奥の部屋にいる寮長に予め報告しておくべきだと反論してくる。しかし一介の寮生にとっては、あの究極の自由人を放置することによって起きるかもしれないリスクも、上に告げ口して嵐のような気分屋のテンションを地に落とすのも、どちらにしても怖すぎるのだ。ほんの少し前まではデザートの準備をしていたり、グラスの手入れをしていたり、大人しく真面目に仕事をしている様子だったというのにどうしてこうなってしまったのか。

    (あ〜フロイドさん『アンダー・ザ・シー』演奏し始めちゃったよ〜、えー何なのめっちゃ上手いな…綺麗な音〜…)

    美しい音色に耳を傾けつつホールの後輩は遠い目になる。理性と本能の狭間で揺れながら現実逃避をしていた忠実なる無辜のスタッフは、災害が擬人化したような猛獣ならぬ猛魚がいつの間にかじーっとそちらを見つめていることに気づいてはいなかった。

    「ねーえ、そこの小魚ちゃん。ちょっと裏行って店のBGM切ってきてくんない?」

    小魚ちゃんは魚雷に撃たれて沈む船の気持ちがわかったような気がした。断っても引き受けても恐ろしい予感しかしない要求に体が小刻みに震える。なんだかもう泣きそうだ。それでも何とか二つ返事でお願いを呑むことはせず、まずは目的を聞いてみるくらいはしなくてはと自身を奮い立たせた。

    「でも、そんな…勝手に…。フロイドさん、一体何を…?」
    「あはっ。オレに言われて仕方なく〜ってアズールに泣いて縋れば、オマエは許してもらえるだろーし怖くないでしょ?ね、そんなことどーでもいいからさぁ……さっさとしろよ」
    「っひぃ…!は、はい!!」

    フロイドの甘く蕩けそうな声音から最後にドスの効いた低音でとどめを刺された哀れな後輩スタッフは大慌てで店内のBGMを切りに走る。その背中を見届けたフロイドは満足そうに笑みを溢した。
    今日はことの他調子は悪くなかったらしく、初めから曲の演奏は無理かと思われたグラスハープが、ド素人が奏でる割にまあまあ言うことを聞いてくれて気分は最高だ。なのでこれをキッチンにいる想い人に聴いてもらって、驚かせたいと思ってしまったのだ。どうしても拙い部分もあるので歌も歌ってカバーするとしよう。

    さて曲は何にしようかとフロイドは数多あるレパートリーの中からジェイドに聴かせたい一曲を選考する。番になってほしいと話を持ちかけアズールを巻き込むことになって以来、こちらからこれといってわかりやすいアプローチを仕掛けていない。ジェイドは真剣に考えてくれると言っていたし自分も待つことを約束したが、あれからきょうだいの域を越えるようなことは何もなくいつも通りの日々を過ごしていた。待つのも吝かではないものの、この際だから彼の気を引けるような曲を歌いたい。
    今、彼に向けて歌うなら『True Love's Kiss』なんてどうだろう。この曲はいつだったかまだ海の学校に通っていた時に芸術鑑賞の授業で観た、眠気に抗うのも一苦労なほどつまらないと思ったミュージカル映画の作中に歌われるものだ。いつの日か運命の王子様と出会い真実の愛のキスを交わして、愛する人と永遠に幸せに暮らすことを夢見ているヒロインが、作品の最初に歌い上げる乙女の憧れを詰め込んだような一曲。ジェイドは覚えてないかもしれない。フロイドも映画の内容はほとんど忘れてしまったが、この曲は海の魔女の伝承にも関連のあるワードが入っているのでたまたま頭に残っていた。
    いつか何かの授業の後にジェイドとオンボロ寮の監督生とで“本当の愛のキス”の話をしたことがある。海の魔女が提示した中でも達成難易度が高過ぎるとても意地悪な条件の話題だった。“本当の愛のキス”なんて眉唾モノの歌をジェイドに歌ったら、彼はどう受け取るだろう。番の話ごと冗談だったのかと疑うだろうか?それともこんならしくない歌を歌う自分の言葉を尚信じようとしてくれるだろうか?あの時はジェイドを試すつもりはないと言ったが、向こうはこちらを試す気満々なのだから遠慮することもないだろう。どんな反応が返ってきたとしてもただジェイドが今何を思っているのか、その心に触れてみたいと思った。

    BGMが途切れ、ラウンジには来店客のカトラリーの音や話し声だけが残る。可哀想なほどブルブル震えていた小魚ちゃんはしっかりミッションを達成してくれたようだ。多分すぐにあの後輩スタッフはボスに報告を入れて、アズールがホールまで怒りに来るだろうが、なんとか一曲歌いきるくらいの時間があってくれることを期待する。

    グラスを倒さないよう接地面に固定魔法を、ジェイドの耳へちゃんと届くようにグラスハープの音を増幅させる魔法をかける。そしてグラスの縁に指を添え、演奏を始めた。


    *****


    「……おや?」
    「なんか、ホールの様子が変だな…」

    聞き慣れない流麗な音がホールから流れてきてジェイドとキッチンスタッフはぴたりと作業の手を止めた。
    また奇想天外な半身が何かを始めたようで、ジェイドの表情が無意識に緩む。厨房から追い出してしまった時はとても気落ちしたようだったので、仕事が終わった後にお望みであればたっぷり甘やかそうと思っていたのだが、今回はどうやら自分で自分のご機嫌取りに成功したようだ。聴こえてくるのは何の音色かわからないが、その明るく輝くような演奏を聴けばフロイドが今とても楽しい気持ちなのがよくわかる。
    彼の歌や演奏はそれを聴く者の精神に作用する特別なものだ。誰でも好きなアーティストやジャンルの楽曲を聴けば多かれ少なかれ気分に何らかの効果が現れるだろうが、フロイドの場合は無差別で影響力が強いのである。彼自身が意図的にしているのではなく、彼から奏でられる音楽が自然と相手の心を揺さぶってしまう。それによって、フロイドのその時の気分をオーディエンスに伝播させ同調を促すこともあれば、先程の同僚のスタッフのように聴き手の深層に隠された心情を引き出すこともある。魔法士であれば音に魔力を乗せて同じような効果を与えることも可能であるが、フロイドの場合は魔法に頼らず自然体でそれが出来るのだ。今では彼も狙って効果を付与する時は魔法を使うものの、魔力が発現していなかった稚魚の頃は、その歌声で窮地を切り抜けられたこともあった。とはいえ本人の調子に左右される上に、害意を抱いてしていることではなくコントロールもできないので、魔法ほどの確実性はない。効果も効力も相手によってまちまちだし、聴き手の自己意識が強固であったり、フロイドのペースが乱されたりすれば、彼の歌や演奏もただの音の群れとなって無効化される。しかし音楽や踊りといったものは元来、人の心を無防備にしてしまうのである。それが魅入ってしまうほど素晴らしいものであるなら尚更だ。不確かだからといって侮ることはできない。よってジェイドが今するべきことは決まっている。

    「フロイドが何か始めているようですので、少々ホールの様子を見て参りますね」

    ジェイドは困ったような微笑みでキッチンスタッフたちに一言断り、ギャルソンエプロンを解いた。そしてマジカルペンをサッと一振りして瞬時に寮服を完璧に整え、ホールへと歩を進める。
    フロイドの演奏に心乱されるかもしれないお客様の動向を監視しに行かなくては。厨房まで聴こえてくる音の感触からして、調子は良い方のようだから。オーディエンスの数が多いほどその対処は難しくなる。いい意味で影響されるなら問題はないが、どう転ぶかは誰にも予想できない。そう、きっと今ホールに出れば、キッチンでアズールに頼まれている仕事をこなすより断然面白いものが見られるはずだ。音楽でなくともフロイドは生まれつき多くの他者を巻き込んで影響を与えてしまう生き物であるので、彼が何か行動すれば絶対に興味深い事象が起きることをこれまでの人生がよく知っているのだ。他人にはあまり見せないギザギザの歯を薄っすらと晒して、ジェイドは人知れず抑えきれない喜色で顔を歪ませた。

    ジェイドがホールに出るとすぐにバーカウンターへ視線を遣った。すると目が合ったフロイドはパァッと瞳を輝かせて嬉しそうに満面の笑みを向けてくる。どうやら彼は相棒を待っていたようでジェイドは早速驚かされて目を見張った。カウンターの外から片割れの手元を覗き込むとカラフルで半透明な液体の入った沢山のワイングラスたちが所狭しと並べられ、その指先から幻想的な響きの音色が生み出されているではないか。これはたしかグラスハープという演奏技術だったろうか。フロイドがこれを練習しているところは見たことがないので、もしかすると今ぶっつけで見事に奏でてみせているのかもしれない。ずっと一緒にいるというのに、このセンスの塊のような人魚は何を仕出かしてくれるか全然予想がつかなくて本当に愉快だ。フロイドの演奏を邪魔しないようにジェイドは笑顔で小さく両手を叩くジェスチャーをし、きょうだいを称賛する。するとフロイドはジェイドへ悪戯な微笑をニッと浮かべて、すうっと大きく息を吸い、歌をその唇に乗せた。

    『〜〜〜♪〜〜〜♪』

    『真実の愛のキス』を夢見てきた、などという歌い出しにジェイドはまた驚かされて瞠目する。これはまさか愛や恋といったものの曲か。曲調からして普段のフロイドなら全く興味を示さなそうな系統だと思っていたが、グラスハープの音の雰囲気に合わせて曲を選んだ以外にも意図がありそうだ。ジェイドがフロイドらしからぬジャンルの選曲に戸惑っていると、いつの間にかVIPルームから出てきていたアズールが焦りの滲む忙しない足取りでカウンターへ向かっていた。

    「すぐにやめなさい、フロッ…!」
    「待って、アズール」

    演奏を止めるためアズールは口を挟むが、ジェイドはそれを反射で食い気味に阻止した。フロイドも歌を中断しグラスハープも一端手を止めて、不貞腐れたような表情でジェイドに向かってアイコンタクトを取り「邪魔させないで」と訴える。フロイドはどうしてもこの曲を演奏する意志を曲げるつもりはないようだ。ジェイドは小さく頷いて、カウンターを遮るようにアズールの眼前に割って立つ。

    「…ジェイド。あれの歌は無用なトラブルを生む可能性があります。続けさせるべきでないと、わかっていますよね?」
    「はい。でも、一曲…この曲だけ、お願いします」

    BGMの切れた店内で既に来店客からの注目が集まってしまっているが、それでもなるべく騒ぎ立てないよう声を絞り、モストロ・ラウンジの支配人として右腕を諭す。眼鏡の奥の冴えた双眸が威圧するように二人を射貫くが、ジェイドもフロイドも引く気は毛頭ない。ジェイドはお願いをしている側とは到底思えないような眼光の強さでアズールを真っ直ぐ見つめる。寸刻睨み合ったが、この双子が団結している場面でまとめて気勢を削ぐ面倒さを身に染みて知っている幼馴染みはスッと目を閉じて、肩を落としながら大袈裟に溜息を吐いた。そしてジェイドに少し屈むように指で指示し、大人しくそれに従い前傾姿勢になって顔を寄せた己の補佐役にひっそり耳打ちする。

    「一曲だけ、許可しましょう。…ですが、何か起きた場合はあなたたちが責任を持って処理するように。いいですね。僕は奥に下がりますが、フロイドにこの後すぐこちらへ来るよう伝えなさい」
    「承知しました。感謝します、アズール」

    ジェイドは愛想の良い微笑みを理解ある上司に向ける。それを向けられた上司は心底忌ま忌ましそうに眉を顰めて奥にあるVIPルームの方へ踵を返し、足早にその場を去って行った。
    来店客たちは急に生演奏が始まったかと思ったら、オクタヴィネルのツートップの間に何やら不穏な空気が流れたことでザワザワとさざめいている。フロイドに気持ちよく歌ってほしかったのだが、アズールに許可を求めるためとはいえ、結果的に会場の雰囲気を乱すことになってしまった。この騒がしさで彼の集中力が削がれていなければいいが、とジェイドはちらりと相方の様子を窺う。しかし当のフロイドは依然としてご機嫌なままのようで、グラスハープを奏でるため指先を濡らしたり声を調整したりしてコンディションを整えていた。フロイドにとっては店に来ている客のことなどどうだっていい。だってこの曲を聴かせたい相手はただ一人なのだから。小魚たちはあくまでついででしかないのだ。どうやらこのまま彼のやりたいように任せてしまえば大丈夫なようだと判断したジェイドは、静かにバーカウンターの側に立って控えていることにした。

    フロイドは再びグラスに指を添え、演奏を始める。そしてグラスハープの透き通った音色に似合う麗しい歌声がホールに響くと、面白いように喧騒は収まっていき、来店客の誰もがその夢幻的な音楽に聴き入った。

    わかっている上でした行動であったが、やはりジェイドはフロイドの好きにさせようと動いてくれる。稚魚の時に彼に誘われその手を取ってからずっと変わっていない、とても居心地の良い場所だ。それが、きょうだい以外の情を向けたとしても同じかどうかは定かではないけれど。フロイドとて変化が少しも怖くないわけではないのだ。でもジェイドが何に興味を持って、何を好きになっても構わなくても、彼にとってのあらゆる『特別』は自分だけであってほしいという家族の枠を越えた願いに、ある時気付いてしまった。『家族』も『双子』も『恋人』も『番』も、ジェイドの隣に無条件で居られる大義名分が立つ関係は他の誰にも譲りたくない。それを叶えたいと思ったから、怖くても手を伸ばさずにはいられなかった。だから夢見がちで何も知らない少女のように、独善的な希望を心のままにジェイドへ歌う。あなたが私に永遠の幸せをもたらしてくれる“運命の番”になってくれますようにと。この先数年のきょうだいとも恋人とも言い難い時間が、いつか二人の間で笑って話せる思い出になりますようにと。そう願いを込めて歌った。

    グラスハープから奏でられる最後の一音が鳴り止むと、モストロ・ラウンジは拍手に包まれた。演奏された曲はNRCの生徒であれば余計にこそばゆい感覚になる一曲であったが、それを差し引いても驚嘆に値する出来栄えであった。特に歌声に一等感情が籠っていて、聴いていた誰もが未だ夢見心地でいる。純粋な恋への憧れでいっぱいのいじらしい歌を、あの暴虐の化身と言っても過言ではないフロイドが甘美に歌い上げたことが、何よりオーディエンスを動揺させていた。
    ジェイドもまた少なからず動揺する聴衆の中の一人になっていた。あの曲は他でもないジェイドに向けて歌われたものだったので。だって、本当に恋をしているみたいに聴こえたのだ。昔から片割れはその時の素直な感情をそのまま歌に乗せるので、そう聴こえたのなら多分勘違いではない。フロイドの「番になってくんない?」という言葉を疑っているつもりはなかったのだが、どうやら自身の中であまり実感が湧いていなかったらしいということをたった今自覚した。言い訳のようだが、番の話を持ち掛けられた以外だとアプローチらしいことは今が初めてであった思うので。頭の芯がぼんやりとして、聴衆達の拍手が遠くから聞こえてくる雨音のように感じる。それでも不思議とフロイドの声はしっかりジェイドの耳に届いた。

    「ねぇ、ジェイド。アズールなんて言ってた?」
    「……あっ、はい。許可するのは一曲だけで、終わったら貴方は直ちにアズールのところへ行くようにと」
    「ん、わかった」

    フロイドは濡れた手を拭き、寮服で指定されている白い手袋を嵌めて、この場から退散するため支度する。すると店内からはアンコールが巻き起こった。既に自身の目的を達成し、支配人からのお許しは一曲だけと告げられているフロイドは至極面倒臭そうに渋い顔をする。グラスハープのようにお綺麗な演奏などポムフィオーレ寮生相手ならばまだしも他の生徒には受けが悪そうなものだが、今回は愛の歌だったので聴衆に対して魅了効果が現れているのかもしれない。とはいえそんなことはフロイドからしたら知ったことではない。これ以上の勝手はどうしたって許されないのだから、アンコールはまるっと無視してバーカウンターを抜け出し、客席を通ってアズールの待つVIPルームへ向かうため長い足を動かす。その間もずっとアンコールを望む声がそこかしこから上がっていて、フロイドは小魚たちへ手を振りつつ適当にかわしながらホールを進んだ。
    しかしフロイドが席の合間を抜ける間際、客の一人に右手首をぐっと引かれ二本の尾鰭を止められる。煩わしさを隠さないままにそちらへ視線を投げると、掴まれている手首に力が込められた。フロイドは僅かに顔を顰め、軽く抵抗して自身の腕を捩るが、相手は簡単に離してくれる気配がない。絡んできている客と同席している連れの生徒はソファーに凭れながら一緒になってニヤニヤとフロイドを見上げている。面倒ごとの予感に舌打ちしたい気持ちを抑え、フロイドは一先ずマニュアル通りの台詞をなぞることにしてみる。以前アズールに読まされたトラブルの際の手引き書に書かれていた一節を思い出しながら平坦な口調でそれを諳んじた。

    「お客様ぁ、荒事は困りますー。従業員への接触はお控えくださーい」

    本当は多少手荒になってでも腕を振り解いてしまいたかったのだが、これから従順に支配人に怒られに行くところなのにわざわざそのネタを増やすべきではないだろう。フロイドなりにここは穏便にやり過ごそうと試みるが、どうやら相手の方は強気な態度を貫き通すつもりらしい。掴んだ手首をカウンターの方へと強く引っ張った。

    「この空気でもう演奏しないなんてつまんねぇじゃねーか。もう一曲くらい歌えよ。減るもんじゃないだろ」

    「この空気」も何も、その客がフロイドの手首を掴んで足を止めさせた時点で、大半の聴衆たちは荒事の気配を感じて身を固くしてしまっていて、アンコールなど鳴り止んでいる。
    客の放逸な振る舞いと横暴な命令に、フロイドは機嫌が緩やかに悪化していくのを感じていた。自分が飽きてしまうまで好きな曲を楽しく歌って演奏したいだけなのに、聴いていた人々はいつも「もっと聴かせて」と勝手な要求をしてくる。一度だけリクエストに応えてやったとしても、更にもっとと求めてきて結局のところ際限がないのだ。この客もまたその手の輩かと、トラブル対応マニュアルなど早々に頭の片隅に追いやって、素のままの話し言葉が口を突いて出る。

    「はぁ?嫌だけど。他人に命令されて歌いたくねぇし、アズールにも怒られるもん」
    「お客様が歌ってほしいって言ってるんだぜ。ご希望には沿った方がいいんじゃねーの?」

    お客様だからどんなに横柄な振舞いをしても許されるとでも言わんばかりの態度をとられ、フロイドから完全に表情が抜け落ちた。コンサートに来ているわけでもないのに、当然のようにアンコールに応えてもらえるとでも思っているのだろうか。客の要望が全部通ると考えているのだとしたらとんだ思い上がりだ。特に今絡んでいる相手には。
    おっとりした印象を与える垂れ目がゆっくり細められる。フロイドは優しげな目元とは正反対の凶悪な鋭い歯を口角を吊り上げて剥き出し、傲慢な客を容赦なく威圧した。

    「そっちこそ、オレがオキャクサマ扱いしてあげてる内にこの手離した方がいいかもよ?じゃないとアンタの腕、使いものにならなくしちゃうからさぁ!アハハハッ!」
    「んだと、テメェ…!」

    見事に挑発に乗った客はカッと目を見開いてフロイドの手首をこれ以上なく強く握り締めた。それでもフロイドは痛みなど全く感じていないかのように余裕の笑みを崩さない。手首の痛みよりもこの命知らずがこれからどれくらい粘って自分を楽しませてくれるかの方に関心が向いていた。客はそのまま掴んでいる腕を引き寄せ、顔面に一発入れるために拳を固めて振りかぶる。対するフロイドは、簡単に躱せる見え見えの攻撃パターンに欠伸が出そうだと思った。わざわざ腕を引いて距離を詰めてくれているわけだし、相手の脛に一発蹴りでも入れてバランスを崩して地面とチューさせてやろうかなと思惟する。するとその刹那、突然目の前に誰かが割って入った。――誰か、といってもこんな場面で間に入ってくるような酔狂な奴をフロイドは一人しか知らない。
    ジェイドはフロイドの手首を掴んでいる客の手を片手で器用に外し、飛んでくる拳をもう一方の手で往なして威力を受け流した。きょうだいを自分の身で隠すようにして粗暴な手合いから数歩下がり距離を取らせる。そしてジェイドは左手を胸に添え背筋を伸ばして佇まいを正し、客に向かって優美な微笑みを作った。

    「失礼。お客様、当店での揉め事はご法度となっております。ここからは僕が代わってお話を伺いますので、ご理解の程をお願い致します」
    「あぁ?俺はそいつに用事があんだよ!邪魔すんじゃねえ!」

    頭に血が上ってしまって、尚も吠え続ける愚か者に、ジェイドはやれやれと心の内で嘆息する。しかしそんなことよりも、フロイドの手首は大丈夫だろうかということの方が気掛かりだった。肩越しに振り返り片割れの様子を窺うと、腕組みして大層不服そうな面持ちでジェイドを見据えている。
    フロイドからしたらさっきは手出し無用の局面だったのだから気に食わないことこの上ない。この騒ぎが起きる前には艶麗な歌声を大衆に披露していたと思えない、少し怒気を帯びた低音で相方の名を呼ぶ。

    「…ジェイド」
    「フロイドはこのままアズールのところへ行って。始末はお任せを」

    ジェイドは先方に聞こえないようにフロイドとの距離を詰め、肩口に顔を寄せて事態の処理を申し出た。
    行く末をフロイドに任せたら、おそらくはヒートアップして店の備品に被害を出し兼ねない。ただでさえフロイドは勝手をしてアズールに呼び出されているところなのだ。双子は暫し無言のまま視線で鍔迫り合いを繰り広げるが、ジェイドの気遣いがわからないフロイドではない。自分が置かれている状況などすべて無視して喧嘩を売ってきた客を直接絞めてしまいたいのが本音だが、今回はジェイドの判断に従うべきだと頭の中の冷静な部分が囁く。フロイドは苛々を宥めるため瞼を閉じて視界を遮り、数回小さく呼吸を繰り返した。そうしてゆっくり目を開いて、改めて少々ムスッとした顔をジェイドに向ける。

    「……買って出るからにはちゃんと収めろよ」
    「それはお客様の出方次第かと…ふふっ」

    いまいち信用できない応答が返ってきてフロイドは呆れたが、それでも自分で対応するよりは多分マシなはずだ。ジェイドならアズールに怒られない範囲には収められるだろう。フロイドは片割れの脇腹に軽く肘鉄を食らわせてから、今度こそVIPルームへ向かうため長い足を一歩踏み出した。

    「…っオイ!待てよ」
    「さて、お客様。大変お待たせ致しました。ここでは他のお客様の目が気になりましょう。場所を変えて“お話”をおうかがいします。お望みであれば、お連れ様もどうぞご一緒に」

    未だ怒りを鎮められていない客は、客席を素早く抜けようとするフロイドに再び手を伸ばすが、ジェイドはその前に立ち塞がってあっさりとそれを阻止する。そして愛想の良い笑顔を貼り付け、態とらしいほど丁寧な所作で店の外への通路を示した。ホールの奥の方へ消えて行くフロイドの背中を、客は未練がましく睨み付けていたが、打つ手がないことを悟ると今度はジェイドに焦点を絞る。

    「クソッ、あんま調子に乗ってんじゃねーぞ!」

    まんまとフロイドを逃がされてしまった暴漢はよく似た顔の奴で妥協することにしたらしい。その客は同席している仲間の生徒も引き連れて、ジェイドと共に店外へ消えて行った。

    そして数十分後にモストロ・ラウンジへ戻ってきたのは副支配人ただ一人だった…とその日シフトに入っていたスタッフたちは震えながら語る。副支配人曰く、お客様とはよーく“お話”をして丁重にお帰りいただいたのだとか何とか。やっぱりリーチ兄弟とはなるべく関わり過ぎないようにしよう、と寮生たちは決意を新たにした。


    *****


    「契約違反です」
    「アハッ、まだ違反じゃねーし。騒ぎは起きてもジェイドがあの場を上手く収めてくれるから、店に『被害』は出ねぇもん」

    珍しくちゃんと入室前にノックをして返事をもらってからVIPルームの扉を開けたフロイドに、アズールは開口一番でジャブを仕掛けるが、予想していた攻撃だったのかいとも簡単に言葉を返された。屁理屈スレスレのような気がするものの、契約の際の文言は『一切問題を起こすな』ではなく『被害を及ぼさないこと』なのだ。アズールにも言えることだが、単なる口頭での契約であったというのに、全くよく覚えているものである。流石はオクタヴィネル寮生といったところか。

    「あなたは適当でありながら嫌なところにはよく頭が回りますよね。非常に腹が立ちます」

    アズールは手にしていた書類を横に寄せて、お気に入りの万年筆を所定の位置に戻す。指を束ねて両肘を机に突き、組んだ手の上に顎を乗せて長嘆した。このウツボの双子は大変有能だが、それがもたらす恩恵と同じくらいの厄介さがいつも付き纏う。彼らが求めているものを差し出せなければ、残るのは莫大な損失だけだろう。
    フロイドは上司に促されてもいないのに、勝手に応接用のソファーへ腰を落ち着け、両腕を上げて頭の後ろへ回して組み、背凭れにだらしなく重心を預ける。それでもローテーブルに足を上げず、緩く脛の辺りでクロスさせているだけに留めているのでまだ彼の態度としては良い方だ。

    「だってさ、さっきすっげー暇だったんだよねー。だからジェイドに早くオレと番いたぁいって思ってもらえるように色々してみようかなって思っちゃって。ジュクリョキカン最低でも三年とかダルすぎるし、オレから何かしちゃだめとは言われなかったもん」

    許可なく勝手にリサイタルを始めておいて、フロイドは悪びれもせず言い放った。彼に余計なことをさせないためには、その時の気分によって細やかに対応を変えてやる必要があるので、実に維持コストの掛かる部下なのだ。今回は退屈にさせてしまったことが過ちだったらしい。因みに一見手間のかからなそうなジェイドも従順な振りをして個人的な愉悦のためだけに要らぬことを仕出かしてくれるので面倒さはどっちもどっちである。
    しかしアズールにはそんなことよりも、今回の一件について文句を付けたくて仕方のないことがあった。ウツボたちの色恋沙汰より商いをする者にとってはこれが一番大事なのだ。

    「だからって…それが、あの…もう少し練習を重ねれば料金が発生して然るべきの歌と演奏って…!…なんっって勿体ない!!」
    「いや、しっかり聴いてたんじゃん。アズールもブレないよねー。マジで」

    アズールは事務処理をする際に用いている高級感漂う重厚なデスクに掌を勢いよくバンッと振り下ろした。フロイドの演奏は本人にその気さえあってくれれば、とても金銭の匂いがする上等なものなのだ。聴く者に影響を与える特殊効果がある音楽でも、アズールの管理下で対策を講じさえすればある程度は観客の行動を統制することも出来るだろう。だというのにフロイドをその気にさせる条件に不確定要素が多すぎるので、演奏会といった具体的なイベントを組むにはリスキーなのが悔やまれる。あれほどの才能を1マドルにもならない求愛に使うなど、アズールからしたら勿体なさすぎて眩暈がした。
    突発で開催されたグラスハープリサイタルを商業利用できなかったことを本気で惜しんでいる生粋の商人の姿を見て、フロイドから思わずクスクスと笑いが込み上げる。つくづくこの幼馴染みは怒るポイントが独特だ。雑魚に絡まれた挙句ジェイドに獲物を譲る流れになってしまってテンションが下がっていたが、アズールのお陰で少しだけ立て直すことができた。
    アズールの方もクレームを本人に直接ぶつけてメンタルリセットが出来たのか、居住まいを正して軽く咳払いをする。そして一瞬、フロイドの顔色を窺うような素振りを見せ、少々遠慮を滲ませながらも口を開いた。

    「というか…本当に、怒らないんですね」
    「んんー?」

    急に不明瞭で独り言のような言葉が飛び出てきて、フロイドは背凭れから上体を起こし組んだ足の膝上に片肘を立てて頬杖を突きながら首を捻った。
    アズールはここまでの会話の感触からして、今のところこの究極の気分屋に応答の意思がないわけではなさそうだと推察する。本来は他人がずけずけと口を挟んでいい事柄ではないため質問を躊躇ってしまったが、巻き込んできたのは寧ろこいつらの方だと思い直すことにした。立会人の依頼を受けた際フロイドに確認できなかった要綱を質すため、アズールは意を決する。

    「あんなに堂々と『これから時間を掛けてあなたが本気かどうかを試します』と宣言されたのに、ですよ。甚だ以て無礼で狡いじゃないですか」

    フロイドの言動はいつも突拍子もなくて、どのような経緯を経てその結論に至ったのかなど身内にだってわかりっこない。ジェイドの言っていた「本当に番になれるかどうかを試す」というのは結局、フロイドの決意の固さを試したいというところが大きいのではないかとアズールは推測した。
    契約は誰でも自分にとって有利に働くような内容に決めたがるものだ。この騒動の発端は聞いている限りフロイドからだったとはいえ、条件をジェイドに譲りすぎているようにアズールには思えた。交渉次第ではもう少しイーブンに寄せることもできただろうに、敢えてなのか彼はそうしなかった。
    ウツボたちはいずれも狩りの際は慎重を期するが、フロイドの方は偵察に加えて時に自身の第六感も行動を起こす根拠として含むのに対し、ジェイドの方は執拗なまでに対象を観察し得られた事実に基づく情報のみを信じて判断することを徹底している。つまり『熟慮期間』とはジェイド自身の心情は伏せながらも、フロイドには開示を求めていると解釈することができないだろうか。勿論ジェイドの真意など簡単に推し量れるものではないので見当違いかもしれない。しかしすぐに番の話を断るつもりがないなら、フロイドの告白に拒否感を示している様子もなかったし、お試しで付き合ってみようかと提案してもよさそうなものをそうしなかったことが、公平さに欠ける印象を与えている。というか、そうしてくれていれば話は当事者同士だけで済むので、アズールが欠片の興味もないし得もしないような恋路の見届け役などやらなくてもよかっただろうに。仮にでも恋人という形に収めなかったということは、一定の線引きをしたかったからだとも推察される。アズールにはフロイドがそれについて何も思うところがないとは考え難かった。

    「あ〜…んっふふ〜。ジェイドのそういうビビりなとこ、かぁわいーよねぇ」
    「いや全然可愛くないが?…不利な提案を飲まされたというのに、あなたには随分余裕があるように見えるのが僕には疑問です」

    フロイドはなぜか機嫌が上向いたようにニコニコと破顔する。好きになった奴の趣味が悪くないだろうかというアズールの思いは果たして相手に届いているんだかいないんだか。ジェイドが選んでフロイドが応えた時からずっと共にいる仲だ。手の内は互いに熟知しているからこその余裕なのか、アズールにはフロイドがどのくらい熱心にジェイドを番にしたいと望んでいるのかがよくわからない。実のきょうだいを番にと求めるくらいなのだから意志は強いようにも思えるし、態度を見るに必死さが滲んでいるわけでもないものだからあまり切実ではないようにも思える。この恋が成就しようがしまいがアズールには関係のないことだが、無理矢理巻添えにされたという立場なのでもし当事者双方が遊び半分ならば、こんな犬も食わない話はさっさとご破算にしてしまいたいのだ。

    「そお?オレに余裕があるかどうかは正直微妙なんだけどさ。蹴るなら最初に番の話を切り出した時点で蹴ってたでしょ。回りくどくてもオレのふざけた話に付き合ったってことは、少なくとも…ね?」
    「…なるほど。彼にとって完全に対象外だったなら、年単位にも及ぶ多くの時間をかけて貶めるような無駄をする性格ではない、と。まあ、流石にきょうだいのその方面の感情をおもちゃに暇潰しするほどジェイドも下衆ではないでしょうからね」
    「そーゆーこと。そのへんは信用してるよ」

    どうでもいい奴の恋心なら場合によっては平気で遊び道具にしてしまい兼ねないが、ジェイドがフロイドを故意に傷つける可能性は低い。少なくとも悪意があって熟慮期間を設けたわけではないとフロイドは信じている。とはいえ、ジェイドがそれをどう活用するつもりなのか具体的な方針がまだ見えてきていない。フロイドの側も今は相手の考えを探っている段階といったところなのだ。とりあえずアズールが危惧していたように不真面目な態度で臨んでいるわけではないらしい。少なくともフロイドは。

    「オレが番になりたい〜って言ったから好奇心が刺激されてまあまあ興味を持ってくれてるってのが、わかる範囲での現実的な読みなんだけど…。ジェイドもオレが本気だったらいいなってどっかでちょっと期待してんじゃね?って気もしてんの。これは勘ね」

    不意に遠くの景色をぼんやりと眺めるような、自身の考えを整理するために独り言ちているようなトーンでフロイドはぽつりぽつりと言葉を零す。

    「…でも、あんま深入りしないように予防線も張ってるっつーか……整理がつくまではきょうだい以上のことしたくないって段階なんじゃねーかなぁ、今は。…なんかいろいろ判断材料集めてるんでしょ、慎重派だし。何が欲しいか言ってくれりゃ楽なんだけど」

    今は別件で隣にいない片割れのことを想いながら話すその横顔は愛おしそうにも寂しそうにもアズールには見えた。今日の歌を聴く限り、フロイドの本気度はそれなりに高そうだとは思ったが、これは考えていた以上に溺れているのかもしれない。おそらくジェイドの方も先刻の件でフロイドの思慕の片鱗には触れることになっただろう。それをどう受け取り、どう考えるかは求愛された側がこれからきょうだいとどうなりたいかによりけりだが、関連の面倒ごとはまだまだ尽きなさそうだとアズールは辟易した。古今東西、恋の悩みは怨恨の念と同じくらい根深くありふれたものである。それらを商売の種としている深海の商人ではあるが、自分に近しい者のそれなどできれば扱いたくも関わりたくもないことだと言うのに。

    「十中八九お前の信用問題のような気が……ああ、失礼。僕としたことが口を挟み過ぎました」
    「あはっ、アズール話聞いてくれたりなんかして妙に優しいじゃん。もしかしてオレのこと心配してたりするとかー?」
    「いや、なんでそうなる」

    どこをどうしたらそういう解釈になったのか、的外れもいいところな発言にアズールは呆れた表情を作った。この悠々自適のウツボは掴みどころがなくてたまに反応に困る。アズールにとって会話の調子が同じくらいなのは圧倒的にジェイドの方だが、そのジェイドはフロイドとの意思疎通に苦心しているところなど見たことがない。やはりこのネジの足りない双子はたまたま同じ言語を扱えるだけで、根本的に別の世界の生物なのだろうとすらアズールには思えた。陸の者たちに言わせるとアズールも双子と同じカテゴリーにしか見えないと思われているのだが、それを教えてくれるような軽率な知り合いは彼にはいないのだ。

    「んー…臆病ジェイドのやり方にちょっと怒ってくれてるみたいだから?」

    先程までの話に感情を乗せたつもりは一切なかったアズールは虚を突かれた。自分のことを言われたというのに、思い返してみてもすぐには実感が湧かない。語り口に情動が伴って聞こえたのだとすれば商人としてまだまだ半人前だなと内省する。たしかに立会人になるよう頼まれた時、何だその宙ぶらりんな提案は…と熟慮期間について感じた覚えがあった。フロイドが踏み出した一歩に対してジェイドが提示したのは、策にもよるが極力自身の腹は痛まない条件なのが商売人として気になったのだ。今日フロイドと話をしてみたことできょうだい間の信頼の上に成立しているらしいと、ある程度は納得したが。

    「…あいつのやり方が少々気に食わないと思ったのは否定しません。しかしあなたの素行がジェイドの懸念事項の一つでしょうから、別段同情もしてないですよ」
    「ド正論なんだけど!ウケるー。とにかくオレとしては分の悪い勝負じゃないと思ってっから〜、そうよくないハナシでもないって」

    おおよその決定権を向こうに譲ったからと言って、フロイドに大人しく待つだけでいるつもりはない。様子を見ながら一石を投じつつ徐々にジェイドをその気にさせていくのもなかなか楽しそうだ。今日歌を聴かせた時の想い人の驚いた顔を思い出すと愉快な気持ちになる。あの後のジェイドの態度は求愛を迷惑がっているようには見えなかった。やんわり受け流されることはあるかもしれないが、自己本位にことを進め過ぎなければ強く拒否をされることもないだろう。とはいえ本心を打ち明けるならば、ジェイドが同じ気持ちではなかったことにほんの少しだけガッカリしたのも事実だ。初っ端から告白を拒絶されたわけではないのだから、これは我儘だとも自覚しているが、願わくば自分と同じように何かきょうだい以外の情を感じてくれてはいないだろうかと思っていたのだ。実際はそんな都合のいい展開にならなかったけれども。これからチャンスがあるだけ上々といったところではあった。

    「…あ、そーだ。グラスそのままにして来ちゃったから片付けてくるわ」
    「その前に、フロイド。首を突っ込みついでですので、もう一つだけ聞きたいことがあります。俗な質問ですから答えなくても結構ですが…」
    「なぁに?いま機嫌いいから何聞いてもいいよぉ」

    ホールにある什器たちと同じくこれまた支配人拘りの良質なソファーから腰を浮かせて持ち場へ戻ろうとするフロイドへ、アズールは掌を向け軽く制して引き留めた。中途半端に上げた腰を再び沈めてソファーに受け止めてもらいつつ、フロイドは機嫌がいいと申告する通りの柔らかい表情で幼馴染みの方を見遣る。いつもこんな顔をしていたら純真で無害そうなのだがとアズールは少しだけ思考を横道に逸らした。今から口にしようとしている問いは差し出がましい上に、回答者にとってあまり得意ではない部類のものであるから、明確な答えを得られるかといえば望み薄なのだ。

    「…もしこれが期待に沿う結果にならなかったら、どうするおつもりです?」
    「え~?そういうのってフラれてから考えることだと思うんだけど」
    「あなたはまた…そんな、無計画な…」

    きょとんとした顔で予想通りの返答を寄越されてアズールはこめかみに指を当てた。彼が本気で懸想しているには違いないのだろうが、どうにも緊張感が足りないと思うのはアズールが考え過ぎなだけであろうか。きょうだいに求婚するなどという大それた事をしておいてあらゆる可能性に備えていないのかと呆れ返ってしまう。他人に求愛をして不成立になったならそれまでだが、相手が身内では全然話が変わってくるだろう。だがこんなにも計画性がないというのに、自分たち三人の中で最も勝負強いのはフロイドだということもまた事実だった。運任せは大嫌いなアズールではあるが、そこには謎の信憑性があるのだ。そうは言っても勝負運を頼りにするには今回の事案は危険すぎる。近いうちこのウツボたちの間に確執が生まれる恐れがあるとするなら対策を立てないわけにはいかない。ゴシップ好きのようで気は進まないものの、これも寮長としてのリスクマネジメントの一環である。

    「あー、アズールが聞きたいことって、もしジェイドがオレを完全に拒絶したらどうすんのっていうサイアクの場合の話とか?」
    「極論すれば、そうですね。あなたたちのきょうだい仲は常軌を逸していますので、常識に当て嵌めることは難しいですが、…結末によっては関係が大きく拗れる可能性も想定して然るべき事案だと僕は思います」
    「ふ~ん…そういうもんかぁ」

    軽薄そうに見えてもフロイドは勘が鋭く頭が回る。発想力の点では二人は方向性が全く違うので会話が上手く進まない時があるものの、フロイドは本質を見極める力に優れており他人の言いたい事をしっかり拾うことができる。そういう意味ではアズールも話が早くて助かっていた。
    言葉の通りこの双子は常識の外にいる存在なので、予め行動と結果を計算しておくことが大変難しい。特に尾鰭の方が。なので本人から直接意見を聞いておくに越したことはない。

    「もしそうなったら、ジェイドがオレを殺して食べてくれんのがサイコーなんだけどさ。『番になってくれないなら死んでやる~』って言ってるみたいで、超ダサくてなんかハズいから本人に頼むつもりは今んとこないんだよね。断られる気もするし」
    「いやいや、それ気恥ずかしいとか言う類の話じゃないでしょう…」

    フロイドは斜め下に目線を外しつつ薄ら頬を染めて決まりが悪そうに身体を揺らしながらとんでもない台詞を吐露する。この勝負で最悪の失敗をした場合に想定している代償が思っていたよりも大きすぎて、アズールは突っ込みを入れつつエグゼクティブチェアの背凭れに身を預けて脱力した。
    アズール自身も然りなのだが、生まれてこの方生活の中で死の危機に直面することが様々あったからなのか、自分たちはその価値があると判ずれば命を懸けること自体にはあまり躊躇いがない。稚魚の頃は死に方を選べるほどの力などなかったが今は違うのだ。ただ、そのカードを切るタイミングは三者三様である。フロイドの場合はあまり出し惜しみはせず己の持てる全てを賭して勝負し、豪快に勝ちに行く手法を取る。しかし恋愛にまで命を懸けるのはいかがなものかとアズールは近頃で一番頭が痛くなってきて、手の甲を額に当てて深く肺の空気を押し出しながら目を閉じた。たしかに一世一代の恋だとか、これが最後の恋だとか、そういう覚悟で誰かを好きになる人種は、事実そうなるかはさておきそれなりにいるだろう。でも彼の口からそれを聞くと、地元の生活環境も相まって真実味が感じられてしまう。質問をしたのはアズールだが、一旦ティーブレイクを挟みたいと思わずにはいられなかった。

    「つまり…あなたが仰りたいのは、…ジェイドの隣でなければどうしても生きられない、ということでしょうか」

    アズールは崩した姿勢を正しつつ掻き回された情緒もなんとか立て直して、今までの話を総括しフロイドに投げかける。
    垂れた眦の視線がゆっくり下に落ちて行き、何事か考えを巡らせているのか暫くの沈黙が続いた。緩慢な動きで何度か瞬きをした後、フロイドは懊悩たる思考を噛み砕くように重々しく口を開く。

    「うーん…なんていうか…。オレが言いたいのは…ジェイドが将来別のヤツを番に選んだら、オレからジェイドが減るってことでしょ。それって“オレ”の半分が欠けるってことだから、多分生きてくには無理が出てくるっていうか…。少なくとも今とは違う何かになっちゃうんだろうなって思う」
    「………」

    二人で一つのように育ってきたとはいえ別の個体である自覚はあるのだろうから、それは流石に大袈裟な表現なのではとアズールは頭の冷えた部分で考える。しかし反面、双子だけで完成された世界の隣人として過ごしてきた今までが、フロイドがそう口にしてしまうのも決して大袈裟じゃないと嘯いていて、幼馴染みとしては何も言葉にすることができなかった。

    「何年かしたら案外その変化も受け入れられるかもしんねーけど…。でも、オレはジェイドにずっと『特別』だと思っててもらいたいんだよねぇ。…まあ、何にせよ先のことはわかんねーって」

    瞳の奥が深海のような色に沈んでいたかと思えば次の瞬間には急浮上していて、フロイドはにっこりとあどけない笑顔を見せた。
    いくら言葉を交わしてもアズールには目の前の存在を真に理解できる時は終ぞ来ないのだろうと改めて思う。本人の緩い空気感と話している内容の重さがちぐはぐで会話していて思考が混線しそうだった。そしてもう片方は一層質が悪い。あたかも話が通じているかのように振る舞ってくるので、知らぬ間に掌を返されないようにしなければならず気を抜けないのだ。とにかくこの二人は揃いも揃って異質で不気味な存在であるので、この話がどう決着するかなど誰にも分かるはずがない。彼らの関係がどちらに転ぶとしても、全ての面倒はせめて学園を卒業してからにしてもらいたいものだとアズールは行く末を憂いた。

    「…あー、もう…お前たちきょうだいは……これだから…」
    「やっぱアズール心配してんじゃ~ん。あはっ」
    「心配しているのは将来僕が被るかもしれないリスクのことです。あなたがたの仲など知ったことではありませんよ」

    それもアズールの本音だとわかっている。でもフロイドはそれが彼の憂いの全てではないということを知っていた。身近にいる人魚たちの中に素直な奴はいないのだ。

    「でも、もしどうしようもなくなったら助けてくれるんでしょ?」
    「対価によっては考えて差し上げますが、関わりたくはないのでそちらで解決なさい」
    「あははは!アズールのそういうところ好き~。本ッ当ブレねーわ」

    口ではつれないことを言いつつも話の場は設けてくれる幼馴染みの心配りに少しは報いてやらなければ。フロイドは残りの仕事を片付けに今度こそソファーから立ち上がって扉へ歩み寄り、ドアノブに手を掛けようとして、はたと動きを止めた。くるりとドアに背を向け、アズールの方へ振り返る。そして中折れ帽を取って胸に当て足を揃えて恭しくお辞儀をした。ここにはいない片割れの仕草を真似するように入室した時より遥かに丁寧な動作で挨拶をする気まぐれな部下に、部屋の主はうんざりした顔でシッシッと片手を払い退室を促す。支配人に素気ない態度で追いやられて、フロイドはくぐもった笑い声を漏らし手を振りながらVIPルームを後にして行った。
    アズールは恋する愚かな人魚の姿を見送るとずしりとした重みが背中に圧し掛かったような心地がして、今日は早めに仕事を切り上げて部屋に戻ろうとこの後の予定を決め、残りの書類を再び手元に引き寄せた。


    *****
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    Replies from the creator

    k_Salala

    TRAININGジェイ←フロに見せかけたジェイ→←フロが番になるまでとそれに嫌々巻き込まれるアズールのよくある話です。本編では触れられていない魔法の概念を捏造しまくっておりますのでその辺りは頭を緩くしてご覧いただければと思います。
    R5.6現在までの原作ゲームの本編・イベント・各キャラPSは一通り履修していますが、忘れている部分があるかもしれません。色々捏造を含みます。あんまりにもな誤りはこっそりご一報ください。
    束縛の咬魚は誘惑と番いたい【3】(上)*****


    休日にオクタヴィネル寮の談話室を利用する人はあまり多くなく生徒の姿はまばらである。部活動に励む者、各々の部屋でゆっくり過ごす者、麓の街などに出掛ける者、モストロ・ラウンジで働く者の四つのパターンに大体の寮生が分けられるからだ。
    この週末のジェイドはオープンから夕方までのシフトに入っていた。夕方以降はアズールと交代なので、本日の業務の引き継ぎと来週の予定の大まかな打ち合わせを済ませて、やっと部屋に戻ろうかというところだったのだ。休日ということで日中のカフェはなかなかの盛況振りであったが、そのわりに疲労はあまり感じていない。だというのに、ジェイドは閑散とした談話室の強化ガラスの向こう側の海でのんびり泳いでいる魚たちや華やかな珊瑚礁をぼんやりと眺めながら暫し立ち尽くしていた。ここのところ気付けば何度もあの日の夜のことを思い返している。
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    k_Salala

    TRAININGジェイ←フロに見せかけたジェイ→←フロが番になるまでとそれに嫌々巻き込まれるアズールのよくある話です。フロイドの記憶力や音楽の才能を拡大解釈し表現しています。彼はきっと海の魔物。無名のモブが沢山喋ります。
    R4.12末現在までの原作ゲームの内容は一通り履修していますが、忘れている部分があるかもしれません。色々捏造を含みます。某ミュージカル映画を批評する目的で書いたものではありませんのでご容赦を。
    束縛の咬魚は誘惑と番いたい【2】*****


    トントンと食材を切る音。ジュワっとフライパンで料理を仕上げる音。カチャカチャという食器を片す音に流水音。それにタンタンと軽やかにリズムを奏でる楽しげな尾鰭の靴音。これまでずっと共にいた片割れにとっては聞き慣れている優しく軽やかな歌声が作業音に彩りを添えている夜のラウンジのキッチンで、ジェイドは目的の人物に声を掛けるタイミングを計り兼ねていた。

    『〜〜♪ 〜♪ 〜♪』

    今夜の気まぐれなシェフはご機嫌麗しいらしく、歌を口遊みながら明日のための仕込み作業をするのに夢中のようだ。ホールへの出入り口に背を向けて台に向かっているフロイドは、少し前から様子を窺っているジェイドにまだ気づいていない。代わりに他のキッチンスタッフの一人がジェイドを認め、わざわざ近くにやって来て小声で話し掛けてきた。何事かあったのだろうか。
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    k_Salala

    TRAININGジェイ←フロに見せかけたジェイ→←フロが番になるまでとそれに嫌々巻き込まれるアズールのよくある話です。まだ起承転結の『起』の段階までなので左右がはっきりしてませんが、今後ジェイフロになります。
    R4.12末現在までの原作ゲームの本編・イベント・各キャラPSは一通り履修していますが、忘れている部分があるかもしれません。色々捏造を含みます。あんまりにもな誤りはこっそりご一報ください。
    束縛の咬魚は誘惑と番いたい【1】*****


    「ねぇオレさ〜、ジェイドのこと好きなんだけど」

    故郷の海を離れ、晴れて名門ナイトレイブンカレッジに入学することが叶い、入念な下準備の甲斐あって貪欲な幼馴染みが寮長の指名を受けて、次いで学園長から飲食店の営業権を千切り取るため大手を掛けようかという頃。海の底のオクヴィネル寮の、学園内でちょっとした有名人である双子の人魚の私室にて。ベッドに片肘を突いて腹這いになり、見るともなしに雑誌をパラパラと捲っていたフロイドの何の脈絡もない一言によってその場の静寂が破られた。
    部屋に備え付けられた貝のような意匠を施された椅子に座って読書に勤しんでいたジェイドは、読みかけの本から自身の片割れへ視線を移す。

    「番になってくんない?」
    11930

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    ジン(R18の方)

    DONEジェイフロです

    お疲れジェイドにフロイドが料理を作ってあげるお話
    なんて事のない日常な感じです

    ※オリジナル寮生割とでます
    ※しゃべります
    ジェイドが疲れてる。
     副寮長の仕事とアズールから降りてくる仕事、モストロラウンジの給仕と事務処理、それに加えて何やらクラスでも仕事を頼まれたらしく、話し合いや業者への連絡などが立て込んでいた。
     普通に考えて疲れていないわけがない。
     もちろんほぼ同じスケジュールのアズールも疲れているのだが、ジェイドとフロイドの2人がかりで仕事を奪い寝かしつけているのでまだ睡眠が確保されている。
     まぁそれもあって更にジェイドの睡眠や食事休憩が削られているわけだが。
    (うーーーーん。最後の手段に出るか)
     アズールに対してもあの手この手を使って休憩を取らせていたフロイドだったが、むしろアズールよりも片割れの方がこういう時は面倒くさいのを知っている。
     一緒に寝ようよと誘えば乗るが、寝るの意味が違ってしまい抱き潰されて気を失った後で仕事を片付けているのを知っている。
     ならば抱かれている間の時間を食事と睡眠に当てて欲しい物なのだが、それも癒しなのだと言われてしまうと 全く構われないのも嫌なのがあって強く拒否できない。
     が、結果として寝る時間を奪っているので、そろそろ閨事に持ち込まれない様に気をつけな 6656

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