Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    ytd524

    @ytd524

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 30

    ytd524

    ☆quiet follow

    五伏版ワンドロワンライ 第45回「撫でる」

    ※現在軸(事変前)
    ※疲れた先生が伏の部屋に突撃する話
    ※大好き扱いをさせたかったお話

    「めぇ〜〜〜ぐちゃぁ〜〜〜ん」
    「うわ」

     ノックもなしに開けられたドアの向こう、真っ直ぐにこちらへと向かってくる大男の姿を認め、俺の口からは自然と低い声がこぼれ出た。また面倒な精神状態でやってきた黒づくめの保護者は、止まることなく俺のベッドまで駆け寄ってくると、そのままベシャリと腰を落とすと上半身を全てこちらへと投げ出してくる。勢いが凄まじい。思い切り頭をぶつけられた太腿に鈍い痛みが走った。

    「いっ、てぇんですけど!」
    「はぁ〜〜……恵の部屋だ……」
    「聞けよ」

     こちらの言葉など聞く様子のない大型犬は、布団越しに俺の太腿の上に頭を乗せると、グリグリと額を擦り付けながら位置を調整し始めた。あぁ、失敗した。こんなことなら、横着してベッドの上で本なんか読むんじゃなかった。普通に椅子に座ってればこいつをベッドに放置したまま飲み物でもなんでも買いに行けたっていうのに。
     吐いたため息は存外深く漏れ出るもので、俺は早々に読書を諦めると、せめて被害が及ばないようにと文庫本を窓側の枕元へと避難させた。そして未だに頭の位置を調整し続けるその毛玉を両手で掴み、動きを静止させる。
     俺の意図が伝わったのだろうか、その人は頭をコロンと横に倒し、どこか不貞腐れたように唇を突き出してこちらを見上げてきた。

    「恵ってさぁ、意外と雑だよね」
    「アンタほどじゃないですね。これ外していいてすか」
    「どうぞ」

     許可をもらってからずり上げたアイマスクの下、現れた双眸は変わらぬ蒼穹を宿している。だが、それを縁取る目元、特に下瞼の部分の彫りがだいぶ深くなっていて。やっぱり相当疲れているんだなと思いながら、引き抜いた布切れをこれまた枕元へと放り投げた。
     横向きに見上げられているから両方の目元をくすぐることができない。左の親指で彼の右目尻をなぞっていると、くつくつと震えるように笑いながら目を細めて「くすぐったいよ」と囁かれた。
     触れる体温も、髪も、全てがひんやりとしていて、あぁ、本当にこの人、任務が終わって真っ直ぐに俺のところに来たんだなということを実感する。そんなの別に珍しくもないし、面倒だと感じることの方が多いのだけど。それでも、どこかで安心してしまう自分もいて、そんな気持ちがひどくもどかしい。

    「あぁー、恵の手が気持ちいーから、このまんま寝ちゃいそう」
    「やめてください。俺の足が痺れます」
    「そこは『五条先生が風邪引きます』って心配するところじゃないの」
    「自業自得でしょうが」
    「相変わらずだなぁ、もう。育て方間違えたかな」
    「育てられてないです。ほら、さっさと上がってくださいよ」
    「はーい」

     太腿にかかっていた重力がすっとなくなるのに合わせて、全身を窓側の方へとずらす。そうしてできた狭いスペースに押し入るようにして、彼はベッドの上へと乗り上がってきた。二人が並ぶとギリギリ、ぎちぎちの状態になってしまうので、自然と俺の頭はその胸の中へと抱き込まれる体勢になる。
     ──これがこの人、五条先生が俺の部屋に来た時のお決まりの状態であった。

    「んふふ」
    「なんですか」
    「恵、ぬくい」
    「そりゃあ、ずっと布団に入ってますからね。シャワーどうしますか」
    「んんー……明日起きてから」

     そう告げる声は若干くぐもっており、この距離だというのにひどく聞き取りづらかった。おそらく俺の頭を枕にしているような状態なのだろう。つむじあたりに感じる弾力は、きっとほっぺたか何かだ。

     抱き込まれる体勢になると、俺の耳には先生の心臓の鼓動が非常に鮮明に聞こえるようになる。
     別に、この人が常人離れした力を持っているとはいえ、『人間じゃない』と感じたことは一度もない。けれど、どうしてだろうか、先生の鼓動音を聞くと、ひどく安心するような、それでいて不安になるような、なんとも言えない感情に襲われてしまう。
     あぁ、この人も人間だったのだ。
     あぁ、この人も心臓を動かしているのだ。
     あぁ、この人も心臓が止まれば死んでしまうのだ。
     そんな当たり前を、どうしてだかひどく実感してしまって、たまらなくなるのだ。

    「……ん? なぁに」

     気がつくと、俺の両手は再びその人の頭を鷲掴みにしていた。指の隙間から飛び出る毛先は、若干汗ばんで湿っている。それでも構わないと、少し力を込めてかき混ぜていると、目の前で彼の喉仏が揺れるのが見えた。

    「恵、ほんと雑」
    「そんなことないですよ」
    「そんなことあるよ。これじゃあ、まるで犬扱いだ」

     そう言いながらも、声色は決して不機嫌さを纏ってはいない。楽しそうに、穏やかに紡がれるその声は、きっと俺の行動に対する嬉しさの現れだろう。なんとも気恥ずかしい話ではあるが、もう何年も続いた関係だ、この人がたったこれだけの行為を喜んでくれるという自覚ぐらい、俺にだってできてしまっている。
     けれど。

    「違いますよ」
    「ん?」

     意図が正しく伝わらないのは、不満だ。

    「これは犬扱いじゃなくて、大好き扱いです」

    「……は?」
    「どんだけ俺が雑でも、犬と同じ撫で方なんてしませんよ」
    「……は」

     あまりにも近い距離から見上げているものだから、今先生がどんな顔をしているかは俺からは見えない。けれど、聞こえてくる声と鼓動の音だけで、だいぶ想像はついている。ついた上で、答え合わせがしたいなと上半身を離そうとするが、逆に抱き込む力を強くされてしまい、より密着度合いが増してしまった。いや、待ってくれ。強すぎる。これは力が強すぎる。

    「っぷ」
    「……」
    「いや、先生……ちょ、くるしい」
    「……いやぁー……」
    「せんせい、先生、まじでくるしいです」
    「いや、むり。ごめん、無理」
    「いや、無理はこっち……ぐぇ」

     触れていた後頭部を容赦無く叩くけれど、それでも力が弱まることはない。一体どうすればいいのだと、頭に血がのぼり始めたタイミングでようやく腕の力が弱まった。直後、思い切り背中をバンッと叩いてみたけれど、特に応えた様子はなかった。理不尽だ。

    「っ、アンタなぁ……!」
    「あー、うん。ごめん」

     苦しさのせいで若干涙に歪んだ視界のまま睨み上げると、俺とは別の理由で顔を真っ赤にした体力バカと視線がかち合う。そうしてへらり、と崩れた笑みで見下ろされてしまい、俺の口からは文句の一言も溢すことができなくなった。
     だってそう、あまりにもその笑顔が、感情に溢れてしまっていたものだから。
     想像していた以上に、あまりにも愛おしそうな色を浮かべていたものだから。

    「ねぇ、もう一回撫でて」

     そう甘えた声を上げる恋人の頭に、俺は再び両手を伸ばした。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😊💕💕👍😭🙏☺👏👏💖😭💕💒😭💖🌋💯
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    ytd524

    DONE※ほんのり未来軸
    ※起伏のないほのぼのストーリー

    伏から別れ切り出されて一度別れた五伏が一年後に再結成しかけてるお話。
    akiyuki様が描かれた漫画の世界線をイメージしたトリビュート的な作品です。
    (https://twitter.com/ak1yuk1/status/1411631616271650817)

    改めまして、akiyukiさん、お誕生日おめでとうございます!
    飛ばない風船 僕にとって恵は風船みたいな存在だった。
     僕が空気を吹き込んで、ふわふわと浮き始めたそれの紐を指先に、手首にと巻きつける。
     そうして空に飛んでいこうとするそれを地上へと繋ぎ止めながら、僕は悠々自適にこの世界を歩き回るのだ。
     その紐がどれだけ長くなろうとも、木に引っ掛かろうとも構わない。
     ただ、僕がこの紐の先を手放しさえしなければいいのだと。
     そんなことを考えながら、僕はこうしてずっと、空の青に映える緑色を真っ直ぐ見上げ続けていたのだった。



    「あっ」

     少女の声が耳に届くと同時に、彼の体はぴょん、と地面から浮かび上がっていた。小さな手を離れ飛んでいってしまいそうなそれから伸びる紐を難なく掴むと、そのまま少女の元へと歩み寄っていく。そうして目の前にしゃがみ込み、紐の先を少女の手首へとちょうちょ結びにした。
    3152