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    Yukimiti12_

    @Yukimiti12_
    劣情ポストの葬儀場

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    頑張れアタイ

     頭に花冠。腕の中に果実や酒の入った紙袋を抱えたファイノンはそれじゃあと言葉を残し、雲石市場にある青果店を後にした。
     骨董品を取り扱う賊の手の前にある大通り。ファイノンは、山の民たちが営む鍛冶場とは逆方向に進み、上へと向かう階段を上り始めた。屋根を伝い、細い路地を抜け、また何段もの階段を上っていく。すれ違う人が段々と少なくなって、いつしかその道を歩くのがファイノンだけになった頃、ようやく彼だけの秘密の場所にたどり着いた。
     ここまで来るともう人は来ない。というより忘れ去られたという方が正しいのだろう。人2人分ほどの狭い通路。ここがファイノンがオクヘイマで見つけた数ある秘密の場所のうちの1つだった。壁には蔦が這い、ひび割れ欠けている。石畳もあちこち剥がれ、その隙間から野花や草が生い茂っていた。風が吹くたびにそれらが揺れて、さあさあと音を奏でる。オクヘイマのどこよりも静かで、流れる時の穏やかさがファイノンに故郷を思い起こさせた。積まれた麦の山に寝そべって考え事をした幼い頃のように、ここはファイノンが誰にも言えない悩みを抱えた時に訪れる、お気に入りのスポットでもあった。



     だから、ファイノンはすっかり油断していた。口に出すには勇気がでない悩みのことで頭がいっぱいだったし、ここを見つけて数年、自分以外の誰かが訪れることはなかったから。
     最後の一段をのぼり、暖簾のように生い茂る蔦をくぐった先に、思いもよらない先客がいてファイノンは思わず声をあげそうになった。どうしてここに。咄嗟に口を手で押さえて声は出なかったものの、紙袋に積まれた果物が動いたはずみで飛び出し、床に転がり落ちた。床の窪みに引っかかったそれを慌てて拾おうとしてまたひとつ、果物が落ちる。赤い実がころころと転がって、それは先客の足元にぶつかって動きを止めた。
     僕は一体何をやっているんだ。いくら予想外だったからとはいえ、よりにもよって一番見せたくない相手に慌てふためいた姿をみせてしまって、ファイノンは恥ずかしさから熱が集まった顔を伏せながら、窪みにはまった果物を拾い上げた。視線を向ける勇気がないファイノンの視界に風に靡く金色の髪がちらつく。 頭の中で目の前にいる先客が偉そうに腕を組んで、「何をやっている」「間抜けな姿だな」などと小馬鹿にしてくる姿が容易に想像できる。ああもう、いっそのこと早く指摘してくれたらいいのに!

    「……黙ってないでなんとか言ってくれよ、君」

     熱くなった首を触りながら、いつまでたっても黙ったままの相手に痺れをきらしてファイノンが言う。
     しかし、ぽんぽんとファイノンの頭の中に思い浮かぶ声が現実のものとなって聞こえてくることは一向になかった。あれ、と不思議に思ったファイノンが恐る恐る相手の方へと目を向けてようやく気付く。

    「モーディス、君……」

     名前を呼んだのと同時に、一際強い風がファイノンと先客──モーディスの間を通り抜ける。風に煽られ、ファイノンの服の青い布飾りやミハニの白光に照らされてきらきら輝くモーディスの髪がぶわりと舞い上がった。男性にしては少し長い髪に隠れ、俯いていてよく見えなかった顔が今この瞬間、ファイノンの目にはっきり映った。

    「……驚いた。明日は雨でも降るのかな」

     壁に凭れかかり、片膝を立てて座るモーディス。厳しい印象を与える切れ長の目は閉じ、普段はファイノンの前で不敵な笑みを浮かべる形の良い口からは今、穏やかな寝息が漏れている。モーディスという男が人前で決して見せることのない、何ならこれから先も見せる予定はなかったはずの隙を偶然にも見つけてしまって、ファイノンは口元を緩ませた。
     足音をたてないよう、ファイノンはそっとモーディスに近づいた。幸いなことに脆い石畳も柔い草花も彼を起こしてしまうような音を鳴らすことはなかった。
     荷物を自分の脇に置いてしゃがむファイノン。ミハニの恩寵照らすオクヘイマの中でも警戒心を怠ることは一切なく、人の気配にどこまでも敏感な男のかんばせを覗き込む。ここまでしてもモーディスが起きることはなかった。
     長期遠征から帰ってきたばかりで疲れが出たんだろうか。それともオクヘイマが彼にとって心安らぐ場所になったのだろうか。どちらにせよこんなところで寝ていては休まるものも休まらないだろうに。起こしてあげなければと思う反面、ファイノンはこの瞬間を壊したくない思いにも駆られ、動けずにいた。心を射止められた少女のように彼から目を離せずにいるファイノンが、「ふふ」とほほ笑む。細めた青の視線にこめられた熱の熱さを知っているのは彼だけだった。


     いつからか、恋に落ちていた。
     はるかかなた水平線、炎のように揺らめく太陽を思い起こさせる髪が、
     暗闇の中では宝石のように輝く金色に見える、琥珀色の目が、
     自国の民を、世界の人々を守ろうと幾度となく訪れる死をはねのけ戦う姿が、
     王としての気高さが、
     人としての情の深さが、
     剛直さが、
     面倒見の良さが、
     モーディスという人を構成するすべてがたまらなく愛おしかった。
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    Yukimiti12_

    SPUR ME頑張れアタイ
     頭に花冠。腕の中に果実や酒の入った紙袋を抱えたファイノンはそれじゃあと言葉を残し、雲石市場にある青果店を後にした。
     骨董品を取り扱う賊の手の前にある大通り。ファイノンは、山の民たちが営む鍛冶場とは逆方向に進み、上へと向かう階段を上り始めた。屋根を伝い、細い路地を抜け、また何段もの階段を上っていく。すれ違う人が段々と少なくなって、いつしかその道を歩くのがファイノンだけになった頃、ようやく彼だけの秘密の場所にたどり着いた。
     ここまで来るともう人は来ない。というより忘れ去られたという方が正しいのだろう。人2人分ほどの狭い通路。ここがファイノンがオクヘイマで見つけた数ある秘密の場所のうちの1つだった。壁には蔦が這い、ひび割れ欠けている。石畳もあちこち剥がれ、その隙間から野花や草が生い茂っていた。風が吹くたびにそれらが揺れて、さあさあと音を奏でる。オクヘイマのどこよりも静かで、流れる時の穏やかさがファイノンに故郷を思い起こさせた。積まれた麦の山に寝そべって考え事をした幼い頃のように、ここはファイノンが誰にも言えない悩みを抱えた時に訪れる、お気に入りのスポットでもあった。
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