にがよもぎ 雷が、
神鳴りが、鳴っている。
ゴロゴロと。稲光を一足先に落としながら。
見られているようだと思った。
その光に照らされると全てが露わになるようで、とても直視出来たものではない。
誰に?
神に。
そう。神様に見られている。
好きだなどと思ったことは無かった。
でも、隣にいる時間が長くなる程呼吸がしやすくなったのは事実で、だから、どんどん一緒にいる時間が増えた。
一緒にいれば情も湧く。
情が湧けばーーー。
どうなるのが正しかったのか。
今となってはきっともう正しさなんて一生わからないけど、本当は正しいままに踏みとどまりたかった。
天馬司はそう思った。
わかるのは、これが正しく無い、ということだけだった。
「司くん」
稲光に照らされる類の肌は、石膏のように白かった。白々と、硬質な色。彼も又慄いているのだ。
「司くん」
頬に触れる指が、てのひらが、石のように冷たかった。
「司くん」
ギリギリまで身を寄せて類は三度名前を呼んだ。
呼びかけるように。
存在を確かめるように。
許しを乞うように。
司も又類の頬に触れる。白く滑らかで、酷く冷たい。己のてのひらが熱いのだろうか。己ばかりが発火しそうに熱いのか。
とても不公平な気がした。
「類。」
目を逸らさずに名前を呼ぶ。
「共犯者に、なってはくれないか。」
「今更。」
そんなもの、とっくのとうになっている。もう抜き差しならないところまで来ているのに、本当に今更だ。類も司も、もう逃げられないし逃せない。例え身体を繋げていなくても、それは純然たる事実として二人の内に横たわる。
「そうか。ならばいい。」
ゆっくりと瞬きをして、両手を類の首にかけた。
熱くて熱くて堪らないから早く類の冷たい身体が欲しかった。どろどろととけて平熱に戻りたい。
隙間がもどかしくて腕に力を入れると漸く類が接吻をくれた。
冷たすぎて灼けるような痛みが走った。
接吻とは、このようなものだったのか。
冷たくて痛くて柔くて甘い、罪の味。
こんなものを知ってしまっては、もう引き返せない。知らない頃には戻れない。脳髄を痺れさせるような甘さが司を狂わせる。
神さま、神さま。
ごめんなさい。
ぼくはもう、あなたの御許には行けません。
この身体が、この魂が無くては生きていけません。
溺れるように接吻を交わす。
触れて、離れて又触れて。
もっと奥まで知りたいのにどうしたらいいのかわからない。唾液だけが渾々とと湧いてくる。上手く飲み込めなくて、唇の端から垂れてきたそれを類はべろりと舐めた。
予想もしていなかった感触に驚いて閉じていた目を開けてしまう。
飛び込んできたのは、稲光を反射して、いや、稲光そのものみたいにギラギラと光る類の瞳だった。
「…っは。」
司は名前すら呼べなかった。
瞳に神を宿す類に「ごめんなさい、ごめんなさい。」と頭の中で繰り返す。
『苦い。』
司の唇の端から零れた唾液を舐めたら苦かった。きっと蕩ける程に甘いだろうと思っていたのに。
成る程これが罰なのか。
類はもう一生この苦味と共に生きなければならない。野菜の苦味だって受け入れられないというのに。
けれど、毒をくらわば皿まで。
苦味の元である口内へ舌をねじ込む。
その暖かく狭い空間は司が飲み込めなかった唾液で満たされていた。苦い、苦い体液。
類は躊躇いなくそれを啜った。
苦味がなんだ。罰がどうした。司から与えられる苦味で苦しむならば、それはもういっそ類にとっては、本望だ。
司を一生かけて食らい尽くす。
そんなこと位でしか返せないと思っている。
ごめん、ごめんね。
司くん。
君はこんなにも悲しそうなのに、僕はひどく幸せなんだ。
「類、涙が。」
目の縁に司の指があてられた。熱い指先。
「悲しいのか?」
そう覗き込む司の瞳の方がよっぽど悲しそうで、類はまた雫を零してしまう。
指先で拭うだけでは追いつかない。
それほどに涙はほろほろと流れていた。