星空を蹴っ飛ばせ「会いたいなぁ」
ポロリと口から転がり出てしまった。
声に出すと更に思いが募る。言わなきゃよかったけど、出てしまったものはしょうがない。
「会いたい、あいたい。ねえ、会いたいんだけど、司くん。」
類は子供っぽく駄々をこねた。
電子のカササギが僕らの声を届けてくれはするけれど、それだけでは物足りない。
会いたい。
あの鼈甲の目を見たい。目を見て会話をしたい。くるくる変わる表情を具に見ていたい。
絹のような髪に触れたい。滑らかな肌に触れたい。柔らかい二の腕とかを揉みしだきたい。
赤く色づく唇を味わいたい。その奥に蠢く艶かしい舌を味わいたい。粒の揃った白い歯の硬さを確かめたい。
匂いを嗅ぎたい。彼の甘く香ばしい匂い。お日様のような、というのは多分に彼から想像するイメージに引きずられている。チョコレートのように甘ったるいのともちょっと違う、類にだけわかる、と自負している司の匂い。その匂いを肺いっぱいに吸い込みたい。
それから、それから……。
思いは果てしなく、願いは尽きることがない。
短冊なんて何枚あっても足りない。
「お前なあ。」
司が呆れたようにため息をついた。
「だって。」
頬を膨らませてすねてみせたって、その顔を見せたい相手は目の前にいない。
『ピンポン』
インターホンが類を呼んだ。
普段訪ねてくる人なんていないのに、何でこんな時に。
面倒で、この時間を邪魔されたく無くて無視を決めた。
『ピンポン、ピンポン、ピンポン』
それなのにドアの外の相手は諦める様子がない。何度もしつこく鳴らしてくる。
「もう、なんなの。」
根負けして玄関へ向かう。
覗き窓から外を伺うとそこにいたのは、会いたくてたまらないと口にしていた相手。
「は?」
意味が分からなくて音だけが漏れた。
「類、会いにきたぞ。開けてくれ。」
声がする。司の声が。握り締めた電話のスピーカーと、目の前のドアの向こうから。
「え、何?おおかみさん?」
「お前が子ヤギというタマか。なんだ、開けてはくれないのか?」
そう言うと、ドアから遠ざかる気配がする。
「まっ!待って!」
慌ててドアを開けたその先に、司はいた。
夢になんか意味が分からないほど見た相手。その感触を反芻しすぎて昨日も会ったような錯覚を起こさせる程、好きで焦がれてやまない人。
「司くん」
その名を一つ呼ぶと、司は花がほころぶような笑顔を見せた。
腕を引っ掴んでドアの内側に引き摺り込む。
柔らかい皮膚の感触。ぬくい体温。息遣い。かすめる匂い。
全てが、今、ここに天馬司が存在することを主張するからたまらない。
薄くて破れやすい皮膚を、破ってしまうようなキスをした。首の後ろに司の細い指が触れて、背中に痺れが走る。
はた、と思った。もしかしてこれは夢なのではないかと。疑ってしまったら確かめずにはいられなくて名前を呼んだ。
「つかさくん。」
「るい。」
名前を返してくれた声は温度も湿度も伴っていて、ようやく現実なんだと安心する。
「なんでここに?」
だから、今更になって聞けた。
「……。お前、順番がおかしくないか?」
「おかしくない。」
だって、司に会ったらとにかく触りたいと思っていたのだから、全然おかしくない。
「晴れたから。」
「?」
司の答えの方がよっぽどわからないと、類は不思議そうな顔をした。
「今日は、晴れたら会えるんだろう。離れ離れの恋人が。」
「なるほど。」
七夕になぞらえた突然の逢瀬だったわけだ。なんともロマンチストな。
「でも、雨が降ったらどうするつもりだったんだい?」
「帰る。」
危なかった。こんな近くまで来ていて知らずに帰られたのでは悔やんでも悔やみきれないところだった。
「あのねぇ、勘弁してよね司くん。」
抱きしめた腕は全く緩めずに会話をする。類の胸に顔を埋めてしまった司の呼吸が熱いしくすぐったい。これを知らずに帰っていたかもなんて、気が狂いそうだ。
「だって、理由が無いと。」
言い訳がましく胸元で喋る。『会いたいから来た』では理由にならないのだろうか。
でも、そうやって外的要因に理由を求めるのも司らしいと思った。
「あのね、僕、常々思っていたのだけど。」
だから類は例え雨であったとしても会える理由を展開する。
「七夕って雨が多いでしょ。」
「そうなのか?」
「統計をとったわけではないけど。でも梅雨ってことを考えてもそうだと思うよ。それでね、司くん。雨でも織姫と彦星は会っていると思うんだ。僕。」
「え?だって。」
「そう。雨が降ると天の川の水が増えて会えなくなってしまうというのが通説だ。」
「カササギが飛べないと聞いているぞ。」
司は幼い子供のように『なんでなんで?』と顔中で聞いてくる。大きく見開いた目とか、ちょっと開いた口とか。
「そこでだ、発想の転換だよ!」
「はっそうのてんかん。」
「二人は川を渡って出会った後に雨を降らせてるんじゃないか、と僕は思うんだ。」
抱きしめていた腕をほどき、柔らかそうな頬を挟む。口を耳元に寄せて、これでもか、と艶っぽい声を出した。
「だって、一年振りの逢瀬なんて誰にも見せたくないでしょう。」
じわじわと染まる耳殻を見やって、はむりと柔らかい耳たぶを口に含む。
ぴくり、と揺れた肩に満足して付け足した。
「ようこそ僕の星へ。精一杯おもてなしさせて頂くね。一等星殿。」