レオナは大きく息を吐いて自室のベッドの端に腰を下ろす。横を見れば、そこにはレオナのベッドで静かに眠り続けるジャックの姿があった。
あの時、会場にやってきた医療チームにジャックを引き渡し、レオナも共に王宮へと急ぐ車の中に乗り込んだ。同乗していた医師はすぐに運ばれてきたジャックの容体を調べ始めた。まず試合のユニフォームを裂き、上半身の怪我を確認する。そして次に下半身へと移っていく。
結果、奇跡的に外傷は擦り傷程度のものしか見つからなかった。しかし、安心することはできなかった。
医師によると、ジャックは頭を強く打ちつけていることにより、なんらかの障害が残るかもしれないとのことだった。それがどんなものなのかは意識が戻ってからでないと検査ができない。
それと同時に、最悪の事態も予想された。それは、もう二度と目が覚めることはない、というものだった。
それを聞いてレオナは目の前が真っ暗になるのが分かった。体の平行感覚がなくなり、ふらりと壁に手をつく。ジャックが目を覚まさない未来。そんなものは到底受け入れられるものではなかった。
二度と交わることがなかったはずのジャックとの時間は、レオナにとってかけがえのないものになっていた。
王宮から医療機関へ。そう話が進んでいる中、レオナは医師の言葉を遮る。
「いい。……俺の部屋に運べ」
「ですが……」
「特に治療は必要ないんだろう。だったら俺の部屋だろうと病院のベッドだろうと変わらない」
医師はレオナを数秒間見つめ、それからそのまま頭を下げた。
「仰せのままに」
そしてジャックはレオナの部屋に運び込まれることになった。動けないジャックを三人がかりでベッドに乗せる。
そしてここまで運んできた侍従達を下がらせたレオナは、そっとジャックのもとに歩み寄った。静かなものだ。すうすうという小さな寝息さえも耳に入ってくる。
こうして眠っているジャックを見るのは久しぶりだ。その姿には、どうしてもあの嫌な記憶が呼び起こされる。
レオナはジャックの顔にかかった前髪を指先で横に払う。そこには、本当にただ眠っているだけのような安らかな寝顔があった。さっさと目を覚ませ。そう念じても、ジャックの目は覚めるどころか、瞼が動くことさえない。
「次はなにをくれてやればいい……」
弱弱しい声が口から吐いて出る。あの時は記憶を失わせれば目覚めさせることができた。だからあの道を選んだんだ。けれど今回は。
レオナがどんなに願おうと、どんなに手を尽くそうと、解決できるのは時の流れだけだ。早く目を覚ませ。レオナは眠るジャックの頬に手を添える。
あたたかい。この温もりだけが、唯一ジャックが生きていることの証だった。
「ジャック。ジャック……」
何度も名前が呟かれる。けれどそれに応えてくれる人は、今もなおこうしてこんこんと眠り続けている。
「ジャック……」
まるで幼子のように滲んだ声が、部屋の中にぽつりと落ちた。