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    heartyou_irir

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    heartyou_irir

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    記憶喪失ジャクレオ。仮5-4(タイトル未定)。記憶が戻ったジャックとレオナの話。これにて完結。

    あれから三日が経った。未だにジャックは目を覚まさない。

    レオナはその横で書類整理に追われていた。下から上げられた報告書に目を通し、サインをしていく。

    あの時は咄嗟のことで冷静さを欠いていた。いくら目をかけているマジフト選手といえども所詮はただの一般人で、こうして王宮に置いておくのにも限界がある。そろそろ医療機関に移さなければならない。

    走らせていたペンを置き、レオナはチラリとジャックを見る。そこには三日前と変わらない姿があった。
    視線を戻し、ふぅと一息吐いて机に置かれていた水差しを手に取った。グラスに注いだ冷たい水を一気に呷る。すると少しだけだが頭がスッキリした。

    「ジャック」

    この三日間でもう何度呼んだかも分からない名前が口から出ていく。その時だった。

    「……んっ」

    微かなうめき声を耳が捉え、レオナはその場に立ち上がった。急いで側に駆け寄り、眠っているジャックの胸に手を添える。トクン、トクンと手に伝わってくる脈動。そして震える瞼。

    やがてそこはゆっくりと開かれた。夢と現を彷徨う蜂蜜が色を覗かせる。ぼんやりと開いた瞼が、確かに瞬きをした。そして傾けられた顔はレオナをその瞳に映す。

    レオナはすぐさま顔を上げ、扉の前で警備をしている兵へ声をかけようとした。口が開き、声を乗せた息が吐き出される瞬間、なにかがレオナの服の袖を掴んだ。
    目を下げると、そこには弱弱しくも袖を引っ張るジャックの手があった。目が覚めたばかりで力なんて全くこもっていないそれは、けれど確かな意志を持ってレオナを引き留める。

    しかしレオナも黙っているわけにはいかなかった。すぐさま意識を警備兵へと移す。再び口を開けたオナを止めたのは、ともすれば少しの物音にですらかき消されてしまいそうなほどの小さな声だった。

    「レオ……ナ、せんぱ」
    「っ、お前……」

    レオナはジャックの口から出てきた呼び方に息を飲む。ジャックは体を起こそうと肘をつき、無理やり上体を起こそうとしていた。

    「すんま、せ……オレ、あんたの、こと……」
    「待て」

    レオナはジャックを支えてやり体勢を整えさせる。そして自分の飲んでいたグラスに新たに水を注いで、ジャックに手渡した。

    震える指で落とさないように両手でグラスを握る。そしてまずは唇を湿らせるように、ちびちびと口をつけ始めた。何度かそれは繰り返され、ようやくグラスは傾けられる。
    少量ずつ含まれた水が、こくこくと喉を流れていく。半分ほど中身が減り、ようやくグラスは元に戻された。

    ベッドの縁に腰を落ち着けたレオナは、首を傾け下からジャックを覗きこんだ。

    「思い出したのか?」
    「はい。なんでレオナ先輩のことを忘れていたのかは分かんないっすけど」

    そしてグラスを握っていた手の片方をグラスから離し、側に座るレオナの手の上に重ねる。


    卒業してから約四年。在学中のことを考えれば、もう少し長い期間だ。ジャックはその時間、レオナをたった一人で残していたことになる。

    これまでたくさんの魅力的な女性からアプローチを受けてきた。けれどどれも自分の中でしっくりくることはなかった。あったのは身の内を引き裂かれそうになる不快感。ここではないどこかに自分の半身があるような違和感。

    最初はそんな自分に戸惑っていた。嬉しくないわけではなかったが、正直なところ、困るという感情の方がその何倍も大きかった。それが不思議で仕方がなかった。
    けれど今ならば分かる。彼女達の誘いを受け入れられることなど、到底できるはずがなかったのだ。何故なら、自分にはとっくの昔にたった一人の大事な人ができていたのだから。

    ジャックは重ねた手に力をこめる。この人と、こうして触れ合えるのは自分だけだ。

    「あんたとずっと一緒にいるって言ったのに、忘れちまっててすいません」

    その一言に、レオナの瞳がぐらりと揺れた。いつも爛々と輝いている瞳が、じわりと、滲む。

    たった一人で全てを背負い込ませて、どれほど辛い時を過ごさせてしまっただろう。思い返せば、この人の卒業さえもジャックは見送ることができなかった。
    それから一人で国へ帰って、国に尽くして、そしてジャックがいない一人きりの時間を過ごさせていた。

    もしこれが逆の立場だったら、自分は辛くて、悲しくて、身を裂かれる思いに幾度となく涙を流していただろう。そんな思いをレオナにも味わわせていたと思うと、ジャックは自分が不甲斐なくて情けない。

    ジャックの手に重なったなめらかなレオナの手。記憶を失っている間にも何度かああして会ってはいたが、装飾品が腕や首元を飾っていても、この指に指輪が嵌められているところは一度として見たことがない。

    あの時贈った指輪は今はどうしているだろうか。まだ子どもだった自分があげた精一杯の贈り物。
    今のジャックならば、あの時よりもっと良いものを贈ることができる。

    「俺は、あなたにまた指輪を贈ってもいいですか?」

    指輪は二人にとっての大切な思い出だ。
    レオナはジャックのその言葉に顔を歪めた。そして目を閉じ、そっとジャックの肩に額を預ける。

    「お前以外のなんて、いらねぇよ」

    吐き出された言葉は甘くジャックの鼓膜を揺らす。その声に、その響きに、ジャックはレオナの手を握ったまま、肩にかかった重みに頬を擦り寄せた。
    もう一人じゃない。
    ジャックは震える背中に腕を回し、愛しいその人を胸に抱きしめた。


    END
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