悪い口には蓋をしましょう戦の神として力を振るう地位にいたせいか、それとも生まれ持った気質ゆえか、セトはなかなかに扱いが難しかった。
男が良かれと思ってやったことでも、ともすれば額に青筋を立てたセトから罵声や物が飛んでくることもある。
それは何千、何万という夜明けを共に迎えた今でも変わらない。
そしていつもならば「怒った顔も素敵ですね」と軽く受け流してしまえるそれも、たまにカチンときてしまう時がある。
男はまさに今全身に浴びせられている罵詈雑言の嵐に、ひくりと頬を引きつらせていた。
いったいなにがそんなに気に入らなかったのか。鬼のように吊り上がった目を見るに、今回は照れ隠しで怒っているわけではないのだろうが、男にはこれといって思い当たるものがない。
恥ずかしがりながら顔を真っ赤にしてキャンキャンと吠える姿はあんなにも愛くるしいのに、これはあまり可愛くない。
男がまともに話を聞いていないことに気づいたのだろう、セトは更に青筋を浮き上がらせ、声にドスをきかせながら男に詰め寄ってきた。
「おいてめぇ、ちゃんと聞いてんのか!」
下から鋭くねめつけてくる瞳を静かに見下ろした男は、すぐにその顔に形だけの笑みを張りつけ、詰め寄ってきたセトの腰に腕を回してグッと自分に引き寄せた。
「っ、なにを……」
途端にセトの顔に警戒の色が浮かぶがもう遅い。男は思惑を感づかれないように仮面の下に隠して、そっとセトの頬に手を当て、その柔らかな肌を指先で撫でた。
「そんな悪いことばかり言う口にはお仕置きが必要ですね」
「は?なに言って……、んっ!?」
訝し気に寄せられた眉間の皺にニンマリと笑みを深め、男はセトに逃げる隙を与えず、薄っすらと開いていた唇に自身のそれを押し当てた。
突然のキスに大袈裟なほど肩を跳ねさせたセトは、男を殴り飛ばそうとすぐさま大きく手を振り上げたが、その手は振り下ろされるよりも先に、男によっていとも簡単に取り押さえられてしまった。
そして男は塞いだ唇の隙間から舌を差し込み、セトの口内に侵入を果たす。舌先に感じるぬるついた粘膜は、素直に男の舌に悦び打ち震え、熱を上げていく。
「んー!!」
最初は大きく抗議の声をあげていたセトだったが、男が舌を動かすうちにそれは次第に大人しくなっていった。
ちゅるちゅると互いの舌を擦り合わせ、引き寄せて突き出させた舌先を柔く唇で食みながら吸いあげると、セトの腰がビクンッと跳ねる。
「は、ぁ、ふぅ、ん……」
熱く濡れた舌を自身のそれでツンツンと突きながら愛撫し、時折つるりとした上顎を尖らせた舌先でなぞるとセトの声はいっそう甘くなった。
可愛らしく鳴き始めたセトに、男は唇を重ねたままニヤリと目を細める。
「ん、んく、ふ」
男はセトの手首を掴んでいた手をゆっくりと上へずらし、快感の波に悶えている細指にそっとその手を重ねた。
そして少しの隙間も許さないようにぴったりと指を絡め、指の付け根にあるポッコリと出た骨をくりくりと指先でいじる。
セトから再びくぐもった悲鳴が上がる。けれど男は舌の動きを止めることはしなかった。
じゅるじゅると何度も角度を変えながら口内を貪り、甘い蜜を啜りながら、男からも唾液を送る。
やがて飲みこみ切れなくなった唾液がセトの口からこぼれて首筋を伝っていくが、男はそれでも口づけをやめることはしなかった。
角度を変えるたびに生まれる僅かな隙間から漏れ出る嬌声さえも逃がさぬようにすかさず唇で塞ぎ、愛撫なんて言葉では済まされないほどの激しさで口内を犯し、互いの味を交差させる。
そしてようやく男が口を離した時、セトは声を上げることすらできないほど荒く息を乱し、ぐったりと男に寄りかかってた。
男は顔に笑みをたたえながら、顔を伏せて肩を上下に動かすセトの顎に手を添え、顔を上げさせる。そこには男の予想通り、真っ赤に染まりながらとろとろに蕩けきった愛らしい顔があった。
口の端からはだらしなく唾液が垂れ、いやらしさに拍車をかけている。男はそれをベロリと舐め上げ、喉の奥でくつくつと笑った。
「おやおや、先ほどまでの威勢はどこにいってしまったんですか?」
「はぁ、はぁ、っ、くそ……」
「フフフ、私とのキスは気持ちよかったですか?可愛い人……」
その言葉にセトが再びキッと強く睨みつけてくるが、今の薄く膜を張った瞳では怖くもなんともない。
むしろもっと蕩けさせて快感の涙を流させたくなってくる。
身を焦がす快楽の波に飲まれて、はらはらと涙を流すセトの姿はそれはそれは美しいだろう。
男は潤む瞳に映る自分の姿に満足そうに笑みを深め、そっと顔を寄せながら、濡れた唇にかぶりついた。