濡れた瞳は君のサイン じゃあまた、と送り届けた玄関の先で踵を返そうとすると、そっと袖を引かれた。見ると俯いたミツキの指が、肘の辺りを控えめに掴んでいる。
「…………」
柔らかな髪の間から覗く耳が、安っぽい蛍光灯の明かりでもよく解るほど赤く染まっていた。
「どうした?」
我ながら意地が悪い、と思いながらわざと問いかける。顔を覗き込まなかっただけまだ自制した、と思って欲しい。
「あの……」
普段これでもか、とはっきり自分の思っていることや要望を口にするミツキが言い淀んでいるのは、何故か解らないほど鈍くはないつもりだ。それでもまだまだお子ちゃまの彼女から、たまには欲しくて堪らないのは自分だけではないと思えるような何かが得たい、と感じることだって俺にもある。
「明日仕事なんだろ? 早く寝ろよ」
「まだ一緒にいたいの!!」
被せるようにして小声で叫んだミツキは、玄関ドアを潜ろうとした俺の腕を今度ははっきり掴んだ。意を決して上げられた顔は茹で蛸みたいに真っ赤で、まあ一応そうねだることが男にとってどう言う意味になるかは解った上での言葉らしい。
「…………」
「あ、ゴメン……閃光にも都合があ」
「俺ぁそれで手出ししないほど優しくねえけど?」
言えば、泣き出しそうにくしゃりと顔が歪む。ああ、今すぐ噛みつきたい。俺のものだって印をこれでもかと言うほど刻みたい。
反対側の手で頬を口唇をなぞって、今にも触れそうな距離で押し留まる。
間近で見つめた蒼い双眸は、最近覚えた衝動を反芻するようにじわりと蕩けた熱に濡れていた。近づいた分だけ怯えたように後退ったミツキの背中はとん、と壁に阻まれる。
「それでもいい、って解釈するぜ」
首筋、肩、胸、腹、と手を滑らせる間も、視線は逸らされなかった。そのまま腰を引き寄せて口唇を奪うと、熱い吐息が溢れる。背中に回った腕が、もっと、と言う言葉の代わりに俺を掻き抱いた。
「私にもそう言う日くらいあるもん」
絶え絶えの呼吸の合間にそんなことを宣うミツキに、思わぬご褒美をもらったような気分だ。さて、どうやって甘やかしてやるものか、とぺろり口唇を舐めながら、俺は玄関の鍵をかけた。