帰宅後によくある風景 ただいまー、と誰にともなく言いながら玄関のドアを潜る。かち、と音を立てて自動的に鍵が閉まった。右手にシューズボックスと傘立て、その上には無香料の消臭剤が入った置物。いつもと変わらない部屋が、人の気配を感知して明かりを灯す。
下のポストに入っていた郵便物と鞄を抱え直したところで、がちゃりとリビングのドアが開いた。向こうからのそり、と閃光が顔を出す。
「お帰り」
「あれ、今日出かけるんじゃなかったの?」
「リスケになった」
「じゃあ暇してたでしょ」
「ん」
オフモードの恋人は珍しくラフな服装だった。もしかしたらうたた寝でもしていたのか、若干ぼんやりした表情をしているのも稀有なことだ。
狭い廊下、その傍らを通り抜けようとして、伸びて来た腕がぐいとミツキを抱き寄せる。突然こうしてぎゅう、と抱き締められるのもいつものことだが、今日は不意に閃光の鼻がすん、と鳴った。しかも一度ではなく数度。
「………え、私汗臭い?」
「いや? 何でだ?」
「だって……クンクンするから」
指摘されて初めて気づいたのか、閃光の顔が一気に赤くなる。それがマナーとしていただけない自覚はあるのか、わずか視線を逸らしながら、
「悪ぃ……完全に無意識だ。お前の匂い、その……安心する、から。普通は多分解らんから気にするな」
閃光はヒトの数倍嗅覚が鋭い。
それ故にか、こうした事故のような出来事が多々ある。何度も遭遇する内に、ミツキはあまり驚かなくなってしまっていた。
「外のニオイ」
「お昼何食べたかバレちゃうね」
ぐりぐりと、額を擦りつけるようにするのも無意識なのだろうか。よく犬や猫が外から戻った飼い主に自分の匂いをマーキングする、と言う話を思い出して、ミツキはふふ、と笑いをこぼした。