夢の中の司は映画館のような場所にいた。目の前に広がるのは大きなスクリーンと、それを取り囲むようにして座席の並ぶ空間。周囲に人はおらず、司1人だけが席に座っていた。やがて照明が落とされ、真っ暗になる。それと同時に映画が始まった。
最初に聞こえたのは、ピアノの音色だった。美しく、繊細な旋律だ。だがどこか物悲しく、聞いているとかすかに不安になってくる。
スクリーンにはピアノを弾く指だけが写っていた。指を写していたカメラがだんだん上へと上がっていく。そして演奏者の顔が写る。
ツートンカラーの髪、銀色の瞳、涼しげな目元に泣きぼくろ。端正な顔立ちの青年には見覚えがあった。
「……冬弥」
それは、可愛い弟分であり幼少期から親交がある青柳冬弥その人だ。
彼は真剣な眼差しで鍵盤を見つめ、両手を動かし続ける。だがその表情から楽しさを感じることはできない。むしろ苦しげですらある。まるで何かに追い立てられるように、焦っているかのように、切羽詰まった様子で弾き続ける。
演奏が進むにつれ、冬弥の顔色は悪くなっていく。呼吸は荒くなり、額には脂汗が浮かぶ。しかしそれでもやめる気配はない。見ているだけで胸が締め付けられるような、張り裂けそうな気分になってくる。
やめろ、無理して弾かなくていいんだ。逃げてもいいんだ。
そう言ってやりたいのに声が出ない。出たとしてもスクリーンの向こうの彼に自分の声が届くかも分からない。どうしてお前はそこまでしてピアノを弾いている? どうしてそんなに辛そうなのにまだ続けようとする?…………もう、止めてくれ。
司の願いも虚しく、最後の一音を鳴らしたあと、映像が切り替わる。
次に映し出されたのは、フェニックスワンダーランドだった。若者たちの姿で賑わい、あちこちで笑顔が咲いている。一見すればいつも通りに思える。だが、どこかおかしい。その理由はすぐに気がついた。客層が若者ばかりで、家族連れがいないのだ。平日とはいえ子供の姿が全く見当たらない。
カメラは園内を進んで行く。風船を配る着ぐるみがいたが、それは見慣れたフェニーやポチ公ではなくライリー社のキャラクター達で。フェニーの噴水はただの噴水に変わり、子供向けのアトラクションは全て撤去されていて。……ワンダーステージに観客の姿はなく、立入禁止のプレートが下がっていた。司は息を呑む。これは、なんだ。どういうことだ。ワンダーステージは自分たちが守り、フェニックスワンダーランドの経営方針を変えることも阻止したはずなのに!
司の動揺を置いてけぼりにして、また映像が切り替わる。
次に映し出されたのは病院だった。コツ、コツと足音を響かせ、ある病室の扉を開ける。4人部屋のベッドのうち1つを囲むように人がいる。ベッドのすぐ横にある心電図は直線のままで。すすり泣く声がする。司の視線はベッドに向けられたまま動かない。
やだ、やめろ、違う、違う、それだけは病室の中にいるのは、ベッドの上に横たわるのは……。司は飛び起きるようにして目を覚ました。全身汗でびっしょり濡れている。心臓が激しく脈打ち、呼吸が苦しい。今のは、なんだったのだろう。
司はゆっくりと辺りを見回す。そこは紛れもなく司の部屋で、窓の外からは鳥の声が聞こえてくる。
「……ゆ、め」
そうだ、夢だ。あれはただの夢だ。現実じゃない。そう自分に言い聞かせる。だが、それでも、あの光景が目に焼き付いて離れない。
「どう、して……」
なぜあんなものを見たのか。
分からない。だが、見た瞬間に背筋が凍るような感覚がした。