初めての「どうして逃げるんだ?」
「そりゃあすごい勢いで突っ込んでくる奴を見たら逃げるだろ!」
「大人しく捕まるくらい可愛げがあってもいいだろう!」
森を駆け抜け、木を滑り、体力の続く限り逃げる。ガイアは数十分前の自分に罵倒の言葉を贈りながら必死に足を動かす。
事の発端はエンジェルズシェアで出すドリンクの材料を取りに奔狼領に出かけ、必要分取り終えて一息ついた所でガイアが提案したことだった。
「なあ、追いかけっこしようぜ」
機動力に絶対的自信があるが故なのか、はたまたじゃれたいだけなのか分からないが、ディルックは断るつもりで口を開いたはずだった。
「いや、僕は」
「俺を捕まえられたら……そうだな…煮るなり焼くなり好きにしていいぜ」
「いいだろう」
付き合い始めて三ヶ月。お互い成人した立派な大人であるのに、恋人同士でやることを全て未完遂という初に初を極めた関係を維持したまま今を迎えているディルックにとってその提案は魅力的なものであった。
「範囲は奔狼領全域、神の目は使用禁止で他は……大丈夫そうだな。三十秒数えてくれ」
「わかった」
軽くストレッチをしてよーいドン、と発して駆け出し、ディルックが思いつかない様な場所へと足を進めた。
そして今。思った以上にはやく見つかってすぐに捕まってやろうと思っていたはずだったのに、あまりにもすごい形相で迫ってくるものだから思わず逃げてしまい、引くにひけず全速力で走っているのだが。
「も、もう疲れた…いや、まてディルックおまえっ、あ、!」
体力も限界を迎えてスピードを緩め、ガイアが振り返った瞬間にディルックが突っ込んで来て勢い余って転んだ。ごろごろと転がって木の根元にぶつかって止まり、庇うように抱えられた腕の隙間から顔を出して心配の一心でディルックを見遣る。
「ディルック…、」
「っ…はは、捕まえた」
「くそ、やられちまった……」
昔のように微笑んでガイアの髪を撫で、穏やかに微笑んでいるその頬にもう片方の手を添えた。
「好きにしていいんだろう?僕が勝ったんだから」
ひそひそ話をするようなトーンで確かめるように聞く。ガイアはそろりと背中に手を回してもちろんと頷き、そっと目を閉じて身を委ねて口付けを受ける。
「ん……はは、へたくそ」
かちん、と軽く歯が当たってガイアが笑う。ディルックは照れくさそうに目を伏せながら、今度はきちんと角度を変えてまた口付けを落とした。