1と2のエトセトラ 魔界の空はいつも暗いが、今日の夜は普段以上に闇がたち込めているような気がする。
目前に広がるは黒い海。そこに、嘆きの館から漏れる淡い光がひっそりと差し込んでいた。
バルコニーの手すりに座り、遥か遠くの暗闇をじっと睨みつける。飛ばしておいた使い魔がそろそろ戻ってくるはずだった。
不意に後ろで扉が開く音がする。同時に響くゆったりとした低い靴音。わざわざ振り返らずとも分かる。我らが長男のお出ましである。
「マモン。そんなところに座っていたら危ないだろう」
「そこかよ!大丈夫だっつーの!俺様をなんだと思ってンだよ」
彼の気配が近くなったかと思えば、フ、という鼻で笑ったような声が隣から聞こえてくる。自信と傲慢が滲んだ静かな笑いだった。
そして、手すりがギシリと音を立てる。どうやらもたれかかっているようだ。だが、視線を合わせることはしなかった。合わせる必要すらない。
「それで。どうなんだ」
「俺は知らねぇよ」
「ほう」
若干の苛立ちが返事に乗せられているのがわかり、思わず噴き出しそうになるのを堪えた。
「俺は、な」
「……なるほどな」
深いため息がバルコニーに充満した。眉間に皺が寄っているか、腕を組んでいるか。呆れ返ったルシファーの様子が容易に想像できる。というか、もうちょい主語とか使って話せよ!わかる俺も俺なンだけどよ。信頼されているからこそのやりとりなのは理解できる。だけど、もう少しアイツが抱えているものを俺に分けてくれてもいいんじゃないだろうか。
おっと。使い魔のカラスの帰還だ。闇を切り裂いて、一直線に俺の元へと帰ってきた。何往復かの言葉のやりとり。コイツが集めてくれた情報をきちんと聞き出していく。
「何か成果はあったか?」
「アー、前に送ったチャットとあんま内容変わンなかったわ。次は俺が出る」
「わかった。引き続きよろしく頼む」
「おう!」
ひょいっとバルコニーの手すりの上に仁王立ちする。実地調査とでも洒落込むとするか。足にグッと力をこめて、思いっきりジャンプする。そのまま悪魔姿になって夜の海へと飛び込んでいった。