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    t_imukan

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    焼肉とは?

    焼肉ルシ伊私の目の前で傲慢の悪魔が肉を焼いてくれている。しかも、ウィスキーをロックであおりながら、だ。
    「なんだ。あんまり食べてないんじゃないか。まだ食べるだろう?」
    こちらに焼けたロースの肉をよそいながらルシファーは言う。生肉を取る用のトングと焼けたものを取り分ける箸とを片手で器用に使い分けていて、細やかな気配りに舌を巻いた。もう片方の手ではグイグイとウイスキーを飲んでいる。琥珀色の透き通った液体が、グラスの中でゆらゆらと漂っていた。
    人間が同じ飲み方をすれば、強い人でも酔うというのに。デモナスと逆で、悪魔たちが人間界の酒で酔うことはないのだそうだ。
    ものすごくアンバランスな光景なのに様になっているのは、彼の持つ独特の雰囲気のせいでもあるのだろう。
    「ルシファーの方こそちゃんと食べてる?」
    「あぁ、大丈夫だ。…そんなに見つめなくても、肉も俺も逃げたりはしないぞ」
    「み、見つめてなんか!」
    否定の言葉を苦し紛れに投げたところで、彼の余裕の笑みは崩れない。ジワリと身体を侵食している恥ずかしさを流し込むように、レモンサワーを一気に飲み干した。
    「おい、そんなに一気に飲むな。あとに響くだろう」
    「お酒そんなに弱くないから大丈夫だよ」
    「どうだかな」
    ルシファーにだけは言われたくない、という言葉はすんでのところで飲み込んだ。
    彼は上機嫌にこちらを見つめながら、グラスをどんどんと空にしていく。その瞳は、それはそれはとても甘かった。



    酔っている。他の誰がどう見たとしても目の前の彼女は酔っていると言えるだろう。俺以外に見せるつもりはないのだが。
    人間界での視察を終え、打ち上げも兼ねて焼肉屋に入り、飯を食べる。そこまでは良かった。魔界にはないから、とレモンサワーやらハイボールやらを飲みはじめるのもまあ、いい。
    「ルシファー」
    「なんだ?」
    「今日もかっこいいね」
    問題はこれだ。にへら、と彼女は笑う。ほんのりと頬を赤らめて、潤んだ瞳でこちらを見つめている。幾度繰り返したのかわからないこのやりとりに、どう返事をしたものかと決めかねていると、あいつはおもむろにD.D.D.を取り出した。
    視線が画面に向かっている間に、事前に頼んでおいたソフトドリンクと彼女のグラスを交換しておく。あいつがそれに気付く様子はない。
    彼女はD.D.D.を真剣に見つめて、画面をスクロールしている。一体何をしているのだろうか。時折、目を細めたり、緩みそうな口元を必死に堪えたり、と、表情が忙しなく動いていた。
    素直に自分の感情を顔に出すおまえのことが愛おしいと思う。だが、画面に意識が奪われているというのは、正直に言えば面白くない。
    ほんの少し悪戯心が湧いた。頬杖をついて、空いている片方の手を彼女の頬に伸ばす。目を丸くしてこちらを見る伊吹の姿がいじらしい。手の甲でするりと頬を撫でてやれば、猫がじゃれつくようにそのまま俺の手に擦り付けてくる。
    甘ったるい目線が絡み合う。
    人間界には茶葉がたくさんあり、茶菓子も豊富だ。紅茶が好きらしい彼女に勧められた、ひとつの茶菓子を思い出す。見た目の小ささに反して、舌に乗せた時の甘みが強いものだった。お茶と一緒に楽しむことが前提のお菓子なんだよ、と得意げに話していたな。そういう、とろとろとした甘さを秘めた目線だ。それが俺だけに向けられている。
    目を細めてじっと見つめると、彼女はこてんと首を傾げてみせた。
    「どうしたの、ルシファー」
    「この俺と同じ時間を過ごしていると言うのに、随分とD.D.D.に御執心だな。俺のことは構ってくれないのか?」
    「え?」
    数回ほど瞼をぱちくりとさせた後、彼女は恥じらいを顔に咲かせた。意味を持たない言葉を漏らしながら、こちらを睨みつけている。
    怒っているというよりかは、拗ねているという感じか。唇を突き出している姿も愛おしい。
    「ルシファーのこと忘れてた訳じゃないよ」
    「なら、何を見ていたんだ?」
    「これを見てたの!」
    勢いよく差し出された画面には、見覚えのない写真が映されていた。これは、マダムスクリームだろうか。ショーケースに目を向けている俺が居た。だが。
    「俺の記憶が正しければ、おまえと共にこの店を訪れたことはないはずだが」
    「マモンに貰ったんだ」
    「…マモンに?」
    「あっ」
    口を滑らせたことを自覚したらしい。やらかした、とでも言いたげに手で口を覆った。マモンに写真を貰うとは、どういうことだ。それに、マモンには後程きっちりと問い詰めて、場合によっては吊さなければならない。
    「伊吹。もう一度聞くぞ。これは何だ」
    「ルシファーの写真です……」
    「それで?」
    蚊の鳴くような声で、ポツリポツリと話し始めた。
    マモンとレヴィと彼女の3人でダラダラと喋っていたこと。取り止めのない話は、D.D.D.のカメラロールへと移っていったこと。マモンのカメラロールを覗き込んでいたら、俺の写真が混ざっていたこと。それを、欲しいと思ってしまったということ。
    その写真は、人間界での視察の帰りに、弟どもの土産を物色していた時のものだ。確かに、あの時、俺はショーケースを眺めていた。
    「どうしてそれが伊吹のD.D.D.にもあるんだ?」
    「……だって、ルシファーが格好よかったから」
    「ほう?」
    頬杖をついたまま、じとりと彼女を見つめる。
    「俺が格好いいのが悪いのか?」
    「悪くない!違うの。えっと、その、好きな人の写真が欲しかったっていうか」
    「ふむ」
    「…………勝手にごめんなさい」
    悪戯が見つかって叱られる前の小さな子供のようにしゅんとしている。そこまで気に病む必要はないのだが。むしろ、俺のいないところでも俺を求めていることを知ることができて気分が良い。それに。
    「伊吹」
    そっと名前を呼べば、彼女はゆっくりとこちらに視線を向ける。酔って熱が燻った瞳に、俺の顔が反射している。
    頬杖をやめて、テーブルの上に置かれた彼女の手に触れる。ぴくりと震える小さな彼女の手を無視して、手首を撫でる。そのまま流れるように、するりと指を絡めた。
    目を丸くして、彼女は俺の手をギュッと握り返す。じんわりと汗ばんできた感触に口元が緩みそうになる。
    「別に俺の写真を撮ってもいいが。その代わり、おまえの写真を俺にもくれ」
    「私?」
    「そうだ。おまえのカメラロールにだけ俺の写真があるのは不公平だと思わないか?」
    「う、うん」
    こくこくと必死に頷く彼女に、決まりだな、と声をかけて立ち上がる。彼女は、不思議そうな顔をしてこちらを見上げていた。どうしたの、という疑問がありありと浮かんでいる。
    「行くぞ。今日はおまえの時間を全て俺に寄越せ」
    「行くってどこに」
    「ホテルだ。俺がいない時も寂しくないように、と俺の写真を求めたかわいい恋人を甘やかしたいと思うのは、俺のわがままか?」
    「…ッ!」
    今度こそ、しっかりと身体を固くして動かなくなってしまった。嗚呼、口には出さない彼女の望みを暴いた時の、この反応がたまらない。
    席から立たせて、エスコートするように彼女を導く。愛しい恋人をたっぷりと甘やかしたい。そうして、最後に、彼女の寝顔を俺のカメラロールに収めよう。
    恋人との今日はまだ終わらないのだから。
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