2025-03-27
「おっすおかえりフリック」
「……おう」
相部屋の扉を閉めたとたん、フリックは大きくため息をついた。
ノースウィンドウで兵を上げた。ゲンカクの養子を軍主と仰ぎ、シルバーバーグの薫陶を受けた交易商を軍師に迎え、ハイランドを打ち破った。もう都市同盟は頼りにならない。彼らこそがハイランドを打倒し、平和を回復してくれる。
そう人々が思うように仕向けたし、人々はシュウの思惑通りに自分たちへ期待を寄せている。サウスウィンドウやミューズから落ち延びた軍人たちも自分たちの国のために、と集まってきていた。
彼らはいい。いやもちろん、帰属意識をいつまでも元の市国にもたれたままでは困るが、いますぐにどうこう出来るものでもない。
問題は、血気盛んな市民たちだ。軍に入れてくれと熱望する者たちの数は若者を初めとして数多い。ありがたい話ではあるが、それをまとめあげるとなると面倒ばかりが先に立つ。
それそれの市軍に組み込んで派閥が出来ては元も子もなく、そもそも市軍の方にも余裕がない。どうにか一通りの事を教え込んでからこちらへ寄越してくれと言われてしまえば、軍師としても頷くしかないのだろう。
それは分かる。理解している。
「今日は多少進んだか」
だからと言って、その教育を一手に引き受ける羽目になったフリックの苦労が少なくなるわけでもないのだ。
「進むわけねえだろ。義勇軍ってのはさ」
プライドばかり高くって。
その言葉を飲み込み、フリックはまたため息をつく。深い青の外套をむしり取って、乱暴にベッドサイドへ投げつける。虚勢でもこけおどしでも、明確な旗印としての青色をまとっている姿を見るのは久しぶりだ。
「お疲れさん」
「おう」
俺を見ろ、俺の命に従え。そう見せつけるための装束だ。敵にも味方にも鮮烈な印象を与えてしかるべきもの。こと、英雄譚を好むような好戦的な市民たちにとってみれば、自らもその英雄の一部になったような錯覚さえも覚えるだろう。
そういうものが必要な時期だ。青い装束のなにもかもを脱ぎ捨てたフリックは、卓におかれたビクトールの酒を何も言わずに奪い取った。瓶の底にわずか残った酒を一息であおると、また大きくため息をつく。
もめているという話は聞かないが、それでも何もかもうまく進んでいないのだろう。だからと言って、軍を組織し、兵を育てるなどそうそう代われる職務でもない。
ビクトールに出来る事と言えば、黙ってもう一本酒を取り出してやるぐらいだ。
「ちょっと遠乗りとか行きたいな……」
「いいな。昼寝にいい場所知ってるぜ」
コルクを抜いて、ワインをグラスに注ぎ入れる。今は叶わぬ望みだが、近いうちに連れ出してやりたい場所はたんとある。このグラスを干したら、もう寝かせてやろう。そして寝坊をしないように起こしてやる事も、ビクトールにも出来そうだ。