ドラロナ前提の、ヒヨロナヒマの話
2021年12月27日(月) 17:16
同居人である吸血鬼の話を聞くのは楽しい。話を聞く、というのは彼が朗々と此方を揶揄したり馬鹿にする言葉を聞いているのではなくて、ロナルドが知らない時代や世界の話をするときのことだ。
歴史の教科書でしか知らない、世界を巻き込んだ人間の世界での戦火は吸血鬼の世界にも大いに影響を与えたという話だし、この国の、なんなら物心ついてから旅行や依頼以外でほぼシンヨコから出たことのないロナルドにとって彼の母国であるルーマニアをはじめとした国外の文化や風習、気候や季節の変動についての話を聞くのは好きだった。
あまり自分の過去については「つまらない」「特段特徴もない」と語ることは少なかったが、それでも自分の関与しない部分での話について、ドラルクは情報を出し惜しみすることはない。
凍てつく冬も、絢爛の春も。
どこかドラルクの口調は喜びに満ちていて「あぁこいつはこの世界が好きで、生きていることを楽しんでいるんだ」と感じるものだった。
「きみ、私の話を聞くの、結構好きだよね。そのわりにはゲームの話とか全然乗ってくれないけど」
「共感が全く出来ない事柄について熱っぽく語られても『はぁ』としか言いようがねぇだろうが」
ミートボールがたっぷりはいったトマトシチューを口に運びながらロナルドは言う。ドラルクは料理がうまいと思う。テレビで見たりSNSで見かけた料理を「おいしそう」というと「ふん、私のがうまく作るね」と鼻を鳴らして数日後の夕食の席にはそのメニューが並ぶ。
数日、眺めていた長編アニメーション映画に出てきた「肉団子」「ラピュタパン」を美味しそうだとジョンと話していたら、翌日にはくだんの目玉焼きとベーコン能政のバターがしみこんだパンをドラルクは用意し、そして数日後の今日は大きなミートボールが入ったトマトシチューを作った。ただうっかり調子にのって寸胴たっぷりに作ってしまったということで今日はヒナイチやヒマリも同席している。
食事中、ヒナイチはあまり言葉を発することはなく「おいしい、おいしい」と繰り返すだけで、ヒマリは例のごとく口数が少ない。
それでも一口トマトシチューを食べて「おいしい」と小さな声で口にしたし、控えめに「おかわりをお願いしても?」とも言った。
「ドラルクさんは、じょうず」
「そうだろうそうだろう、妹君のがきみよりも舌が上等に出来ているらしいね!十分に畏怖してくれてもいいのだよ、それでもし気が向いたときに指先でいいからほんの少し血液をスナァ」
調子に乗る吸血鬼の脛を蹴飛ばすと簡単に塵へと変異するが、日常茶飯事だ。ジョンは優しいので毎度のこと嘆くが、ヒナイチもヒマリもスプーンを手放さずに食事を続ける。
「ラピュタの中だと『肉だんご』って言われてたからスタンダードにミートボールでもいいかなって思ったんだけどさぁ、あの話の炭鉱街の舞台って」
「ウェールズって節があるんだろ、知ってる。お前の師匠ンとこじゃん」
ノースディン卿の名を出すと微かにドラルクは機嫌を悪くした表情を浮かべたが、師匠本人へと話題が移動しなかったこともあり、数度瞬きをしながら頷いた。
「あぁ、うん。そう。だからあの辺の郷土料理っていわれるような野菜のシチューをベースに。それで、きみたちならトマトシチューが好きかなって」
その選択は正解で、爽やかだが甘みの強いトマトシチューは若者たちのお腹に粛粛と納められつつある。
「トマトというと私はスペインとかイタリアのイメージが強いが、イギリスでも食べられるんだなぁ」
「南米から持ち帰ったのはスペイン人だろうけど、そのあと覇権握ったのがイギリスだからそういうこともあるんじゃねぇの?」
ロナルドの相槌言葉にドラルクが不思議そうな顔をしながら言葉を引き取る。
「よくそんなこと5歳児が知っていたな」
だが、再びロナルドの足がドラルクの脛を蹴る前に言外に揶揄するドラルクの言葉をさらりと打ち消したのはヒマリだった。
「にい兄、本、たくさんよんでたから」
「ひ、ヒマリが二文節以上話してる……!」
見当違いの感動を見せる兄は捨て置いて、ドラルクは静かに食事を続けていたヒマリを見やった。暖かい食事かそれとも十分に温められた室温か、微かに上気したヒマリの頬と瞳の輝きは食事だけでなくて兄に対するたしかな信頼からきている表情だ。
「本をたくさん読んでいたから知ってるって?ロナルドくん、たしかに最近の若者にしては読書家だけども」
それは一応のこと、文筆家の端くれだからと彼がいう理由がそのままだとドラルクは思っていた。だが、ヒマリは「読書家なのは昔から」だという。
「へぇ、きみってどちらかというと日が暮れるまで外で遊んでいるタイプだと思ってたけど」
「ヒマリのがよっぽど本読んでたし勉強も出来たよ」
高卒で退治人業をしている自身と大学生のヒマリとは違うだろうとロナルドは返す。
「でも昔から本は読んでいたんだろう?私は家が剣道の道場で、昔から練習一辺倒だった。他の子供とも学校外で遊ぶこともあまりなくてな。他の家のことはあまり知らないんだ」
だから知りたいというヒナイチの言葉にロナルドとヒマリは顔を見合わせる。それから「別に面白い話でもないと思うし、記憶違いとかもありそうだけど」と前置きをし、それからヒマリに「間違えてたら教えてくれ」という趣旨の言葉を成年は口にした。
「よく言うじゃん、一番最初の記憶みたいなやつ。それが俺は結構大きくなるまで曖昧で。覚えているのは公団の冷たい鉄製ドア」
それが、小学生の自分にとっては大層重いものだったとロナルドはゆるゆると食事をしながら話し始めた。