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    玲歩です。雨が降っているな〜〜〜と思っていたら浮かんだ話。ここまで書いたら最後まで書いても良かったかもしれんと思いつつ……

    「あーあ……」

    玲司はぬるい空気のコンビニの中からざあざあと雨の降りしきる外界を眺める。玲司自身がそれほど濡れることなくこのコンビニに駆け込めたのは僥倖と言って良いだろう。どうにか帰り着くまで雨が降るのは待ってほしいという仕事が終わってからずっと抱いていた願いは儚く散ってしまった。雨は恐らく、日付が変わるまでは降り続けるだろう。

    (傘、また増えんのめんどくせーな)

    もう一度わざとらしく、誰に聞かせるでもないため息を吐く。ここから自分の住む寮までは五分ないし十分も歩けば着く距離だ。そのために傘を買うのはいささか勿体無いが、ずぶ濡れになって帰るのよりはまだましである。仕方ないか、と思いながら顔を上げると、ふとコンビニの時計に目が入った。午後九時半を少し過ぎたところを指す時計を見て、ふと頭に思い浮かぶものがあった。ものというか、正確には人だけれど。

    (……三分。返事来なかったら傘買って帰るか)

    スマートフォンを取り出して画面を立ち上げた先は、今では自身の恋人となった歩へのチャット画面だ。数秒考えてから、文章をぽんぽんと打ち込む。

    『雨降ってきて、今あそこのコンビニにいるんだけど、迎えに来てくんね?』
    『傘持ってなくてさ』

    今日聞いていた予定の限りでは今歩は恐らく寮にいるだろうが、時間的に風呂に入っているかもしれないし、テレビなどに夢中になって気付かないかもしれない。疲れているならうたた寝している可能性もあるだろう。時間が時間だから断られる可能性もある。だから三分だけ。そう思ってチャットを送った画面を見つめて息を吐き、一旦画面を閉じようとしたその瞬間にぱ、と自分の送った文章に既読の表示がついたかと思うと。

    「……はえー」

    思わず漏れた独り言に、数秒後苦笑する。

    『わかったすぐいく』

    それだけ送られてきてからはうんともすんとも言わないチャット画面を眺めながら、玲司は自らの口元を腕で隠す。多分今、普段世間に見せている天羽玲司の顔が出来ていない。何だかふわふわとした心地になっているのは、不要な傘が増えなくて済んだことだけが理由ではないことは、流石にもう自覚している。

    ***

    特に何か必要なものがあったわけではないが、雨宿り代、と思い適当に酒とつまみをいくつか手に取ってレジで会計を済ませる。ピロン、と電子マネーでの支払いが終わったタイミングでコンビニの自動ドアに目をやると、丁度待ち人がガラス越しに姿を見せた。軽く手を上げると歩も気付いたのか小さく頷く。玲司はビニール袋を手に足早に自動ドアに向かった。

    「ありがとな、歩」
    「たまたま、気がついたからな」
    「……歩もついでに何か買い物済ませる?」
    「いや、いい」
    「なら帰るか」
    「そうだな。……はい」
    「ん、ありがと」

    差し出された傘を受け取ろうとした時に丁度新たな客がコンビニに駆け込んできたから、傘を開く少しの間だけ歩の傘の下にお邪魔する。雨の音は勢いの割には静かなもので、肩が触れる距離の相手の息遣いくらいは容易に聞き取れた。

    「……もしかして、急いでくれた?」

    ぱか、とジャンプ傘が勢いよく開く。

    「……早歩きくらいだ」
    「……そっか」

    自らが開いた傘の中に入ると、開いた傘の広さだけ歩との距離が開く。それが寂しいのは間違いないけれど、今は同時に安堵している。深夜に近い雨の夜、足元が悪い中で少しでも急いで迎えに来てくれたのは、それを誤魔化さずに伝えてくれるのは、愛情の証に他ならない。同じ傘の下にいたままだったら、きっと帰り道は手を繋ぎたいのを我慢するのが大変だったろう。僅かに開かれた距離に助けられながら、それでも歩幅は合わせて帰路に着く。下手なことを口走らないように思考を巡らせていると、歩の方から視線を感じた。

    「……買ったのは、酒とつまみか?」
    「そ。雨宿り代、みたいな?」
    「……明日は朝早くないんだったか?」
    「んー、ま、まだ暗いうちから起きる必要とかはないかな」
    「……ならお前の部屋にお邪魔してもいいか」
    「え」

    ぎりぎり裏返らなかったが、情けない響きの声は存外静かな雨の夜に響いた。歩はじとり、と玲司を睨んでから、それ、とビニール袋を指差す。

    「……この間俺が、飲みやすくて好きだと言った酒だ」
    「……あーーー、」
    「つまみもお前が自分で食べるよりは、俺が好きなものが多い」
    「歩さん、ちょっとその辺りで……」

    月明かりがないせいで普段よりやや薄暗いことに救われる。歩の顔を見ていられなくて必死で進行方向に顔を向け、傘を持っていない方の手で顔を隠せばビニール袋の中身ががさりと揺れた。一人分にしては重い缶達はビニール袋を重力に従って引き伸ばしている。
    数秒の沈黙の後、ふふっ、と隣から笑い声が聞こえた。

    「……笑うなよ」
    「悪い。でも、可笑しくてな」
    「うるせー」

    傘と傘がこつんと触れて、二人の間で滴が跳ねる。腕にかかった水滴に目を細めながら、最近こういうことばかりだ、とひとりごちる。歩の前だと取り繕えなくなった。それは玲司に取って不安でたまらない事のはずなのに、胸の奥で感じるこそばゆさはどうしても嫌いになれない。

    「玲司」
    「……なんだよ」
    「もう一度聞くが、お前の部屋に」
    「もうわかったから、……来てください」

    歩の二度目の問いを遮るように答えると、またふふ、と笑われた。

    「わかった。お邪魔させてくれ」

    傘と傘が再び触れ合って滴が舞い散る。目的地まであと少し。雨は静かに二人の周りで降り続けている。

    ***

    ぱちり、と玄関の電気を付けると部屋の入り口だけ世界が明るく照らされた。

    「お邪魔します」
    「ん、傘はそこの傘立て使って」

    家主の玲司に続いて歩も玄関に踏み入れた。玲司が先に傘を入れた傘立てに歩もすとんと傘を入れる。傘の柄から手を放したのが見えた瞬間、玲司は歩を抱き寄せた。

    「……怒ったか?」

    玲司を揶揄ったつもりはあったのだろう。玲司の背中に腕を回してから、歩は尋ねてきた。

    「別に怒ってはねーけど……情けなくて」
    「情けない?」
    「……段々、歩の前で取り繕えなくなる俺が」

    本人の前で言ってしまう辺りもうどうしようもない。今の天羽玲司はこれまで玲司自身が自分ですら気付いていなかった天羽玲司だ。情けなくて、かっこ悪くて、取り繕えなくて。歩と恋人関係になってから段々と酷くなっている。

    「……俺は、嬉しいが」
    「え」

    だからこそ歩からの返答に、また情けない声が出る。

    「……今の玲司は、ずっと俺が見たかった玲司だから」
    「……かっこ悪くて情けないところが?」
    「それもあるが」
    「あるのかよ」
    「あるけど、それだけじゃない」
    「……じゃあ、何」

    尋ね返すと、腕の力が弛められた気配がして、玲司も腕の力を弛める。歩は玲司をじいと見つめてから、そうしてふわりと微笑んだ。

    「……知らなかったお前の姿が、俺の前で増えていくのが、嬉しい」
    「……かっこ悪くて、情けなくても?」
    「かっこ良いのも悪いのも、情けないのも、玲司の全部が見られるなら、だ」

    歩がそっと背伸びをする。背中に回っていた手は玲司の頬を挟んで引き寄せた。触れるだけの柔らかい口付けは、未だ降り続ける雨の匂いをはらんでいる。

    「……歩」
    「なんだ」
    「……晩酌は、また今度でいいか」

    多分今の顔もどうしようもなくかっこ悪いのだろう。それでも、玲司の顔を見た歩は玲司から視線を逸らしながらもどことなく浮き足立っているように見える。

    「……お前のそばにいられるのなら、どっちだって構わない」

    がちゃん。酒の缶が盛大に音を立てた。今度のキスは玲司の方から。力強く抱きしめながら、余裕なく求める。情けないほどに余裕なんてないけれど、首に腕を回して玲司を引き寄せる歩もきっと同じだけ玲司を求めてくれている。

    雨は朝が来る頃には明けるだろう。だから今夜は雨が明けるまでは、情けない姿も雨の音が誤魔化してくれるから。
    でもきっと誤魔化した姿さえも、歩の前では全て引き摺り出されて曝け出してしまうから。

    俺の全部を上げるから、お前の全部を俺にちょうだい。
    深いキスで伝えた玲司の情けない本音は、歩からの力強い抱擁で受け止められた。
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